第八話 冬の夜空の戦い 1955.12
コレットたちがスタンピアまで戻り二日たった頃、ようやくルークが目を覚ました。
「ここは……どこだ?」
見たところ戦闘訓練棟二階にある安静室のベッドの上にいた。あたりは夜中で暗く、部屋の中にある小さなライトだけ灯り、部屋の状況がわかった。
ルークの右側には椅子に座りながらベッドにもたれるように寝ているミラの姿があった。ミラはルークの右手をぎゅっと握っていた。
「すまないな。心配させちまって。こうなるんなら隠さなきゃ良かったよ」
ルークは左手でそっとミラの頭を撫でてやった。
「それにしてもあれからどれくらいたったんだろ? 夜中だし、今起こすのは迷惑だよな。また朝に訊けばいいか……」
ルークは冷めてしまった目を閉じて心を落ち着かせた。
少し時間が流れた。眠りにつけなかったルークはミラの異変に気付いた。ミラの呼吸は乱れ始め、汗をかいていた。
「ミラ、大丈夫か? ミラ」
ミラは意外と早くに目を覚ました。
「ん、あれ? ルーク、起こしちゃった?」
「またあの夢を見たのか?」
「う、うん。……それにしても起きたんだね」
「あぁ。ちょっと前からな。そ、その……すまなかったな、心配かけて」
「別に気にしないで、お互い様よ。それで具合はどう? 足とか大丈夫そう?」
「今は何とも平気だけど、どうして?」
「え? ううん。大丈夫ならそれでいいから」
ミラは立ち上がって部屋の大きなライトを灯す。
「ところで俺ってどのぐらい寝てたんだ?」
「うーんと、二日ほどかな。でもたいしたことは起こってないから安心して。……何か飲む?」
「いや、今はとりあえずお腹が空いてるんだけど」
「そっか、じゃあ食堂に行って何か持ってくるから」
ミラは扉を開けると部屋から出て行った。
「ふう。良くか悪くか起こしちゃったな。……ん? これはカルテか」
ルークはミラの座っていた椅子の横にあるカルテに手を伸ばしそれをとってみた。
「……病名は、破傷潮。破傷風より人体への影響は少ないものの初期のうちにできれば治療…か。俺に医療はさっぱりだ」
ルークはカルテを元の位置に戻した。
「そういや上層部について何もつかむことができなかったな。俺ってどの辺で意識飛んだんだっけな?」
すると部屋の扉が開いてミラがたくさんのパンを持ってきた。
「おまたせ。なんかすごい量があったから大変で大変で……」
そういうとルークの上にパンがいっぱい入ったバスケットを置いた。
「ありがとう。ミラもいらない?」
「ありがとう。でも私はいいから遠慮せずに食べて……」
ミラは考え事をしながら応えた。
「……さっきの、夢の事かい?」
「…………私ね、実は」
その瞬間施設内にある鐘が鳴り響いた。
「総員起床せよ、敵部隊の侵攻が確認された。繰り返す、敵部隊の侵攻が確認された。オペレーションレシウスβ発令。各部隊長は至急司令部に出頭せよ」
「敵襲か?」
「ルークは動かなくていいから、今のブルー小隊の隊長はコゼット大尉に一時的に引き継いであるから。……ルークは先にその怪我を治しなさい」
「そ、そんな……」
ミラはルークにそういうと駆け足で部屋を出ていった。
ミッション情報 ミッション名「スタンピア防衛作戦」 1955.12
ネールランド正規軍及び戦闘訓練科全七部隊に出撃命令。COCBのあるスタンピアに向かって敵の動きが確認された。すでに国境線を越えていたと思われ、まもなく敵が到着する模様。敵の数は不明。今回のミッション内容はスタンピア中心にあるCOCBの司令部の防衛。または敵部隊の撃破。
配置は正規軍を都市の内側、戦闘訓練科を都市周辺に配置。敵を発見次第交戦を許可する。
また、現時刻は夜であるため射程が短くなっている。注意せよ。今回の指揮はCOCB最高司令官カーネル・ポッターが全指揮を委任する。
作戦開始予定時刻は一〇〇〇時。各自全面戦闘配置で防衛目標を死守せよ。
以上。Kernel Potter
クロウ大尉「ミッション内容は聞いての通りだ。俺たちゃスタンピアの北東にある北東ゲート付近の配置を任されてある。ジャックはここから北側、クジャは北東側、フレッドは東側の偵察だ、他の奴らは北東ゲートにいる俺の近くだ。気ぃ引き締めて行けよ。……オイール、本部との通信状況は?」
オイール准尉「良好です。ジャミング障害はありません」
クロウ大尉「ネオ、敵の動きは確認できるか?」
シャドゥール准尉「異常はない……! いや待て。ここから寅の方に大きな動きを見つけた」
クロウ大尉「寅の方? クジャとフレッドのいる方角か……。クジャ、何か見えないか?」
K.コーズ少尉「こちら発見できません」
クロウ大尉「くそー。暗くて何も見えねーや。……いったいどうすれば敵の動きを」
アンジール少尉「見るのではなく予測するんだ」
いきなりルークがケーニッヒ号の扉を開けて入ってきた。
クロウ大尉「お、おい大丈夫なのかルーク? それにお前いつから目ぇ覚ましてたんだよ?」
アンジール少佐「説明は後です。……それより敵はクジャ少尉とフレッド中尉の間を通り、そのまま南西に向かいます。そのまま直進すればこの戦車と遭遇するでしょう。しかし敵はここを通りません」
クロウ大尉「まて、俺たちは今北東ゲートの真ん前にいるんだぞ。ここに来なけりゃ敵はどこからスタンピアに入ってくるって言うんだ?」
アンジール少佐「実はこの北東ゲートとクジャ少尉たちのいるところの中間には古い水道管の入口があり、それはCOCB内部まで一本道で伸びてきています。おそらく敵はそこから中に入ってくるでしょう」
クロウ大尉「そんなところに水道管とか、初めて知ったぜ。……わかった。ならそうなる前にクジャとフレッドに攻撃するよう――」
アンジール少佐「だめです。今いけばクジャ少尉とフレッド中尉は確実にやられます」
クロウ大尉「ならどうすればいいんだ?」
アンジール少佐「まず、クジャ少尉たちはその場で待機。敵が通過したのを確認して、ばれないように後をおいます。そして、敵が水道管の中に入ったのを確認して本部に水道管の逆の入口から部隊を送ってもらうように要請します。その後に全員で水道管の中に入って挟み撃ちをするのです。この水道管はCOCBにしか繋がっていませんから敵に出口はありません」
クロウ大尉「なるほど…。挟み撃ちか。全員聞いていたな。少しずつ水道管の方に近づいてくれ。それからクジャとフレッドは敵が発見でき次第動きを報告してくれ」
K.コーズ少尉「了解」
クロウ大尉「どこでこんなこと知ったんだ?」
アンジール少佐「いろいろ勉強してますから……」
ルークはニコッと笑った。
K.コーズ少尉「こちらクジャ、予想どおり敵が通過したのを確認した」
F.コーズ中尉「こちらも確認ができた。また敵の数も判明した。2中隊で歩兵30、戦車などは見つかりません。以上です」
クロウ大尉「了解した。気づかれないよう尾行を開始してくれ……。それにしてもお前すげぇな。見直したぜ。……ところでいつ目覚めたんだ?」
アンジール少佐「三時間ほど前です。ご心配かけて申し訳ありません」
クロウ大尉「別に心配はしてねぇよ。だがミラにはちゃんと言っとけよ。あいつ24時間付きっきりで看病していたんだからさ」
アンジール少佐「それはわかっています」
クロウ大尉「……それで、おまえらどこまでいったんだ?」
アンジール少佐「えっ?」
クロウ大尉「だから、どこまでミラとは進んだんだって訊いてるんだ」
アンジール少佐「えーとそれは……」
クロウ大尉「しらばっくれんじゃねえ。この前朝早くにお前の部屋に入っていくミラの姿だって見たんだからよ」
全員「えっ!?」
アンジール少佐「そ、それは……」
ファミリア准尉「いい加減にしてください大尉。ミッション中ですよ。……そ、それにこの通信、ブルー小隊全員が聴いてるんですから……」
クロウ大尉「それはすまねえな、ミラ・ファミリア准尉」
ファミリア准尉「……」
ネイソン准尉「それなら俺も知ってますよ。この前の遠征の時もテントの中で二人で――」
K.コーズ少尉「敵が予想通り水道管に入りました」
クロウ大尉「ちっ。いいとこだったのによ。……よしクルガ、本部に連絡しろ」
オイール准尉「了解しました」
クロウ大尉「よし、全員一斉に水道管の中に入れ。敵を追い込みながら援軍と挟み撃ちだ」
全員「了解」
K.コーズ少尉「……敵はどうやらこちらの動きに気づいた模様。敵は走って中の方に進んでいます」
クロウ大尉「了解。それからこの後地下深くに潜ることになる。だから通信もここまでだ。盾を張りながら前に進んでいけ。では健闘を祈る」
オイール准尉「本部が要請を許可しました。まもなく地下水道管に増援部隊が入ります」
クロウ大尉「わかった。で、俺たちゃこれからどうすんだ?」
アンジール少佐「ここの戦域を任されている以上このゲートから離れることはできない。水道管での戦闘が終わるまでは待機――」
ドッカーーン
アンジール少佐「今のは爆発か」
クロウ大尉「まさか地下から爆発して出てきたってわけじゃねよな」
アンジール少佐「どうやらスタンピアの中からのようだ。俺が様子を見てきますので大尉はここで見張っててください」
クロウ大尉「お前こそ、そんな怪我してんだから動くなよ……って、もう聞こえないのか? おいクルガ、悪いがアイツが無理しないようについて行ってくれ」
オイール准尉「わかりました」
アンジール少佐「これは地下からじゃない。別部隊だ。……中の正規軍はどこに行ったんだ?」
敵兵A「動くなっ」
アンジール少佐「!」
敵兵B「戦場に丸腰とは、いい度胸じゃねぇか。……こちらCチーム。身柄一人確保、少佐と思われる。……あぁ……了解。さあおとなしく捕まってもらおうか」
アンジール少佐「くっ……」
ルークは敵兵二人に手を縛られて拘束された。その瞬間ルークは敵のうちの一人を蹴り上げたのが、右足の痛みから力が入らず敵は倒れなかった。
敵兵B「てんめぇよくもやったな」
敵兵はルークの顔面をおもいっきし殴った。ルークの鼻と口からは血が流れ出た。
アンジール少佐「ペッ……」
敵兵B「お前はおとなしく捕虜になっときゃいいんだよ!」
ルークは目隠しをされて、乗り物にのせられた。
オイール准尉「ハァハァ、…あれ? ルークはどこに行ったんだ? それに正規軍の姿が見れないけど……」
クルガは誰もいないところに一人だけ立っていた。
―冬の夜中は凍えるほど寒かった―