第零話 世界が大きく変わった日 1945.8
西暦一九四五年八月、第二次世界大戦が終結し、世界各国で喜びの宴が始まる。国民は世界が平和への道に進み、二度と過ちが起こらないだろうと感じていた。ここネールランド共和国にある小さな町、グレム村にもその知らせが伝わってくる。街中の大人が喜び騒ぎ、至る所で酒を飲み踊る……。
ようやく静まりかえった翌朝、まだ八歳だったルーク・アンジールはいつものように両手にバケツを持ち、水を汲みに出かけようと家を出る。
普段はにぎわう村の市場も人の姿は見られず、同じ年ぐらいの子供たちが遊んでいる風景が広がっている。
「おいルー。こんな時にも水を汲むのかよ。母ちゃんが言ってたぜ、今日は何もしなくていいって。これから教会でみんなと遊ぶんだ。だからお前も来いよ」
こう言うのは近所に住むヘス、いつもルークと一緒に水を汲みに行く一番の親友だ。
「わかった。でも一回だけ汲みに行かせて、親が一晩中飲んでいたからすぐ水がなくなると思うし……」
「ルーも相変わらずだな。ま、そういうところがルーのイイとこだな。じゃあ帰ってきたら必ず来いよ」
ルークは手を振りヘスたちと別れ、町を出て行った。
水汲み場は町から南西に二キロほど歩いた所にあり、往復一時間ほどかかる。さほど坂道もなく、ルークでもなんとか運べる距離だった。いつもなら途中にある牧場で一休みするのだが、今日はそのまま止まらずに目的地に向かって必死に歩く。
「……フー、いつも行列ができるぐらい並ぶのに今日は貸切だ。昨日はよっぽどのことがあったのかな?」
ルークはまだ昨日の出来事を理解できる年でなかったし、詳しいことは聞かされていなかった。だから特に今日は特別のようには感じられない。ただ、雰囲気がいつもとは違うという事ぐらいにしか感じなかった。ルークは周囲の状況を把握するのが得意中の得意なのだが。
「…なんだか、一人だと薄気味悪いな、ここ……」
水を汲み終え、周囲をあらためて見渡すと、木の葉が渦を巻きながら散らばり、木々は風で揺れ、薄黒い雲が日差しを遮り、辺りは暗くなってくる。
突然、カミナリのような轟音とともに、大地が大きく揺れた。ルークはビクリと体を奮い立たせ、ふと我に返り後ろを振り返る。そこには、高い教会の塔から出る大きな黒い煙が見える。そして、塔はそのまま真下に崩れ落ちていった。
「な、何が……」
すると次々と爆音が続き、町からでた複数の黒煙はあの薄黒い雲の所まで伸びていく様子が確認できる。
ルークは慌てて町まで走り出す。ルークの脳裏には親や近所の子供たちが遊んでいる風景、町の人たちの顔が浮かぶ。まるで悪夢を見ているかのようだった。
無我夢中で走る。下を見て、涙をこぼし、必死に感情を抑えようとした。そして気づいた時には町まですぐの距離まで来ている。あの爆音はおさまり、かわりにカミナリの大きな音がし、ドシャブリの雨が降り出す。
ルークは足を止める。
町をみると、辺りは暗闇に包まれ、赤い炎から黒煙が伸び、そこに雨が降りつけている。本当に悪夢を見ているようだった。何度も目を覚まそうと努力するが、何一つ変わることはない。それは夢ではなかったから。そして何もかもがなくなっていた。
町のみんなは神様に祈る時間すら与えられる事はなかった。それは突然のことだったから……。
ルークの運命は大きく変わる。