八話 ルナとスーマン
銀色髪の娘、ルナは紅茶を啜りながら、スーマンの話を聞いていた。
アンジェラが殺害された事件と、ルド=ハミルトンの一件の関連性を。
「勿論、これはプライベートでの質問で、僕が知りたいだけなんですが」
「知りませんね。あの変態はそんな蛮族の如き女に関わるとは思えません。そんな事も理解できないのかしら」
頼りなさ気に笑うスーマンに、ルナはふぅ、と溜め息を吐いて立ち上がった。
「どういう意味で変態か、という事をもっと詳しく教えてあげましょう」
こちらへ、と彼女はスーマンの手を引いてリビングを出て二階へと足を進めた。
二階にあがって、一つ目のドアの前で立ち止まった。
「あれは、私を『娘』として考えなかった。私があまりに美しすぎてしまった故に、あれは『人』を『物』としか思えなくなった。と、いう事です」
娘はドアを開いて、荒れた絵画部屋を見せた。
最後に画かれたと思われるそのキャンパスには、肌の綺麗な、銀色の髪がばっさりと切られた彼女が縛られたデッサンが描かれていた。
「――お父様に、虐待を――?」
スーマンの言葉に、ルナは首を横に振った。
「虐待、ではありません。屈辱でも、ありません。犯された訳でもなく、只あれは私の絵を描いて、小説を書き上げただけの話です。私が美しすぎた所為で、そうなったのです。ですがあれも飽きたのでしょうね」
そう言って、机に置かれた原稿に手を置いて、彼女は冷たい笑みを浮かべて、いつしか私では満足しなくなった、と冷たく言った。
「そして四日前、忽然と姿を消して新しい美女を探しに行ったのでしょう。そして、きっとあれはそれを見たのでしょう」
彼女は清々とした顔でスーマンに視線を戻した。
スーマンは何を言っていいのか、わからなかった。
「愚者が、憐みの花束でも差し向けてくれるのですか? そんな物は必要ありません」
「貴女は、お父様を愛していたんですか?」
彼女はくすりと笑うと、スーマンに微笑んで言った。
「いいえ全然。あれを愛す必要性も必然性もないですから。愛せと言うなら貴方を愛した方がまだマシでしょうね」
きょとんとした顔でスーマンは少し反応を忘れてしまうと、彼女はすぐさま近付いて銀色の瞳でスーマンを覗き込んだ。
「心配に及ばないです。私は貴方を愛さないでしょうから。――あれは、さぞ醜い死に方をしたのでしょう?」
彼女は首を傾げて訊いた。
スーマンは頷くと、彼女はふふ、と笑ってスーマンの身体に抱きついた。
足を絡め、振り解けぬ様にしっかりと身体を重ねて――彼女は言った。
「貴方も、醜い死に方をしてみたいですか?」
「――貴女は、そんな事をする気は全く無いでしょう」
そう言って、スーマンは身を預けてみせた。
彼女は無邪気に笑って、絡めた身体を自ら振り解いた。
「貴方は少し理性が強いみたいですね。愚者としては中々良好ですよ。けれど、貴方は二つの事件がどこで繋がっているのか、理解できていない事が、愚かですね」
彼女はくすくすと笑って、机に座って足を伸ばす。
スーマンはその言葉に、どういう事かと問う。
「本当に愚かなのですね。いいでしょう。教えてあげます。貴方の知ってるアンジェラという女は武術に過剰な迄に執着していて、貴方達が来た瞬間に部屋を出て行って、練習していたのでしょう? それ程までの過剰な執着、としたらあれと同じ部分が見えて来ませんか?」
彼女はスーマンに大きくヒントを与え、暫くしても答えの出ないスーマンを見てくすくすと笑った。
「そう、もし『犯人が同一』と断定するのなら、それは殺人鬼か、または、その共通点によっての連続殺人です。貴方が知らない一点は、その共通点の部分なのでしょう? では、あれの事件。あの変態は私に何をしましたか?」
「美の追求によって小説を書く……?」
そうです、と彼女は相づちを打つと、スーマンを指差して言った。
「過剰な執着ですよ」
「……え?」
「あの変態は美に過剰な執着を、そしてその殺されてしまった女は、武術――力に過剰な執着を持っていた。ではないでしょうか?」
そう言われて、スーマンは気付いた。
彼等の、実に奇妙で、奇怪な共通点。あまりに曖昧でわからない、その共通点に。
「ただ、あの変態と共に殺されていたと思われるもう一人の被害者がどうかは、残念ながら私は存じ上げません。ですから、そこまでは予想できません。それでも、貴方の説明が実に事細かで、彼女の性格等も含まれていた為に私はこの答えに辿り着けました。ありがとうございます」
それはこちらの言う台詞だ、とスーマンも彼女にお辞儀をした。
「さて、お腹が空いたでしょう? どうですか? ランチでも」
と、彼女はスーマンの手を引いた。
楽しそうにする彼女に、少しスーマンはときめいてしまった。