第四十八章 奇跡は無料
帝国の朝は、静かすぎるほど静かだった。
瓦礫の山だったはずの通りには、
すでに仮設の道が通され、倒壊した家屋は影も形もない。
昨夜まで裂けていた大地は、何事もなかったかのように塞がれている。
人々は呆然と立ち尽くしていた。
「……夢、だったのか?」
「いや、俺は確かに家の下敷きになった」
「じゃあ、これは何だ?」
修復された家屋の壁を、恐る恐る叩く者。
土を掴み、震えながら泣き出す者。
そこへ、東帝国の旗を掲げた部隊が静かに進軍してきた。
先頭に立つのは、東皇帝――アルバ。
民衆は一斉にひれ伏した。
「神だ……」
「東皇帝の神の使いだ……!」
アルバは歩みを止めない。
祈りも、感謝も、すべて無視して進む。
背後でコインが囁いた。
「なあ、完全に宗教始まってるぞ」
「……想定内だ」
アルバの声は低い。
宮殿の仮設広間。
ナーサは報告書を抱え、眉をひそめていた。
「各地で同様の現象が起きています」
「“東皇帝の名を唱えると病が治る”」
「“東に祈れば家が守られる”と」
アルバは椅子に腰かけ、指を組む。
「止められるか?」
ナーサは首を振った。
「いいえ。むしろ止めれば暴動になります」
そのとき、復興責任者が口を挟む。
「問題は、支援物資です」
「帝国民は“施し”ではなく“当然の恵み”として受け取り始めています」
コインが鼻で笑った。
「出たよ。奇跡のインフレ」
アルバは目を閉じた。
「……代価を、払わせる時期か」
同時刻、帝国の裏路地。
倒壊を免れた小さな礼拝堂に、人が集まっていた。
中央には、粗末な東皇帝の紋章。
「東皇帝に祈れ」
「祈らぬ者には、次の地震が来る」
誰かがそう囁き、恐怖が連鎖する。
そこへ、漆黒の影が落ちた。
「――違う」
低く、しかしはっきりとした声。
人々が振り返ると、アルバが立っていた。
白い杖を地面に突き、言い放つ。
「東皇帝は、祈りの代わりに行動を求める」
「働け」
「立て直せ」
「隣人を助けろ」
ざわめきが広がる。
「奇跡は、貸しだ」
「返済は、国を立て直すことで払え」
沈黙。
誰かが震えながら問いかける。
「……払えなければ?」
アルバは迷わず答えた。
「次は、助けない」
その夜。
帝国の宮殿で、報告を聞いた元皇帝は短く笑った。
「信仰に利子をつけたか」
アルバは一礼する。
「奇跡は無料にすると、毒になります」
皇帝は頷いた。
「帝国はどう動く?」
「自立を選ぶ者だけが残ります」
「選ばぬ者は、自然に脱落するでしょう」
コインが肩に乗り、呟く。
「やれやれ。神よりシビアだな」
アルバは静かに答えた。
「神じゃないからな」
窓の外では、再建された都に灯りが戻り始めていた。
その光は、祈りではなく――
代償を理解した者たちの手によって灯されたものだった。




