第四十七章 地震
エマは高台の回廊に立ち、夜景を睥睨していた。
灯りの連なる他国の都を前に、唇を噛む。
「……私の国だけが飢饉だなんて、悔しいわね」
吐き捨てるように続ける。
「東帝国の首都を、燃やしてきなさい」
側近が一歩前に出る。
「その手の仕事に特化した“ゴロつき”がおります」
少し離れた場所で、コインが呆れたように呟いた。
「放火犯みたいなことを言い出したぜ」
アルバは静かに目を細める。
「……それは聞き流せないな」
そのとき、エマは中庭の闇から突き刺さるような視線を感じた。
思わず振り返る。
「――アルバ?」
反射的に杖を掴むが、遅かった。
アルバは淡々と告げる。
「プタハの祝福」
次の瞬間、震度七。
首都直下型の激震が都を引き裂いた。
石畳が跳ね、建物が悲鳴を上げて崩れ落ちる。
エマは逃げる間もなく、倒壊した柱の下敷きになった。
「エマ様!」
「ご無事ですか!」
部下たちが駆け寄る声を横目に、
アルバはすでに背を向けていた。
帰路につく彼の手には、白い杖が静かに握られていた。
通信兵は玉座の間で膝をついた。
埃と血にまみれた姿のまま、必死に頭を下げる。
「我が国は未曾有の大地震に見舞われました」
「……自力で立ち上がる力は、もはやありません」
ナーサは一瞬もためらわない。
「では、取り次ぎましょう」
通信兵は戸惑ったように自身の姿を見る。
「このような、汚れた格好で来てしまったのですが……」
ナーサは穏やかに首を振った。
「緊急の要件なのでしょう。我が殿は、そのようなことは気にされません」
アルバはすでに状況を把握していた。
「ナーサから概要は聞いた」
「すぐに緊急支援を行おう」
通信兵の目に涙が浮かぶ。
「この恩は……帝国は一生忘れません」
アルバは肩をすくめた。
「前皇帝にも、まったく同じ文言を言われたんだがな」
「帝国さんは、どうも物忘れが激しいらしい」
通信兵は、何も言い返せなかった。
彼が去ると、コインが皮肉混じりに言う。
「自分で壊して、自分で救済か」
アルバは小さく息を吐いた。
「……悪いとは思ってるんだよ」
帝国の街角。
「なあ、なんで漆黒の騎士が帝国内にいるんだ?」
「犯罪防止らしいぞ」
「あの禍々しい姿を見たら、悪さしようなんて気も失せるだろ」
別の兵が噂話に声を潜める。
「聞いたか? 東皇帝の神のみわざ」
「呪文を唱えただけで、次の朝には家が元通りだと」
「まるで童話のアラジンに出てくる城だ」
「……帝国、どうなるんだろうな」
「ついこの前まで敵国扱いしてた国に、助けてもらうなんて」
「兵糧庫は空っぽだったって話だぜ」
「いっそ東に吸収された方が、国民は幸せなんじゃないか?」
「おい、それは口が裂けても言うなよ」
だが、その言葉に反論できる者は、誰もいなかった。




