第四十四章 脱出
ソフィア
「黃帝は、まるで戦に勝ったかのような勢いで――
三万の兵に補給物資を持たせ、帰国しました」
「……これで、良かったのですか?」
アルバ
「かの国の事情は、コインが教えてくれるだろう」
「三万の兵から武器はすべて回収した」
「関を陥とされることは、まずない」
ソフィア
「お甘いですね。潰してしまえばよかったのに」
アルバ
「コイン、どうだ?」
コイン
「帝国には顔を潰され、東帝国では面目を立ててもらった」
「今なら、簡単な頼み事程度なら何でも聞くだろうな」
「黃帝は帝国よりも、東帝国と手を結びたいようだ」
「交易だ。トルコ石、ラピスラズリ、香辛料――
輸入したいと話している」
ソフィア
「自分の国にしてしまえば、そんなことは簡単です」
アルバ
「……そうだろうな」
「僕はどうしても、帝国の人間に甘くなる」
ソフィア
「それが、命取りにならなければ良いのですが」
ほどなくして、帝国から書簡が届いた。
エマ
「即刻、黃帝との貿易を取り止めよ」
「そして我が娘サーナを正妻に迎えなさい」
「その折には、民衆の前で私に跪くこと」
アルバ
「……東帝国と黃帝が手を組んだのが、よほど気に入らないらしい」
ソフィア
「そんなことを言われても……」
アルバ
「海のシルクロードも、陸のシルクロードも」
「すべての道は、今や東帝国で完結している」
「帝国からの人の流出も止まらない」
「そこで――正妻をエマ様の次女サーナ様にし、
私に頭を下げろ、と」
ソフィア
「前回、黃帝が跪いたことで民意を得た」
「今度はあなたにやらせたい、というわけね」
アルバ
「同じ頃、ユリアナ様からも書簡が来た」
「正妻をシスティナ様にしろ、と」
「……エマ様への対抗心だろうが」
確約できぬ場合は、婚約時に与えた領土を返還せよ――
そう、明確に記されていた。
アルバ
「正妻は、ソフィアしかいない」
ソフィアは一瞬、言葉を失い――そして、わずかに頬を緩めた。
ソフィア
「……妻としても、軍人としても」
「とりあえず、元老院に相談してきます」
アルバ
「元老院は、エマ様とユリアナ様に相当怒っていた」
「いっそ、領土を手放してはどうか、と」
「……ということで、手放す」
ソフィア
「そんな簡単に、領土は捨てるものではありませんよ」
だが決定は早かった。
その週のうちに旧王国領は放棄され、
東帝国は旧東帝国境界線まで撤退した。
居場所を失ったシスティナ、サーナ、ジェシカは、
それぞれ故郷へと帰っていった。
後日届いた、ユリアナ・エマ連名の書簡には――
「本当に、私たちと縁を切ってやっていけると思っているの?」
「思っているなら、つけ上がりすぎよ」
と、書かれていた。
その直後、黃帝からの使者が現れる。
黃帝
「友好の証として、我が娘――西姫を送ろう」
アルバ
「……俺を挟んで、兄弟喧嘩を始める気か」
一方、王国では――
元老院政治から王権復古へと舵を切ったことで、
反対派の国民が暴動を起こしていた。
シグレット
「我々だけでは、もう抑えきれません」
ユリアナ
「なんとしてでも抑え込みなさい」
「もうすぐ、エマ姉の軍が到着するわ」
シグレット
「兵の半分が、敵に回っています」
「兵の給料削減は、無理があったのでは?」
ユリアナ
「……あいつは、どうやって給料を払っていたのよ」
ジェシカ
「ご存じなかったのですか?」
「建国当初、新コインを発行し」
「すぐにラピスラズリなどの産業を立ち上げていました」
ユリアナ
「なら、新コインを作ればいいじゃない」
ジェシカ
「どこで?」
「その技術は、この国にはありません」
「アルバ様のものです」
ユリアナ
「出来ないなら、騒がないでちょうだい」
「……ああ、イライラする。誰も彼も使えない」
システィナ
「お母様、新しいドレスが合わないの」
「仕立て屋も、来てくれないのよ」
ユリアナ
「今は、あるものを着なさい」
システィナ
「女王の娘には気品が大事だと言ったのは、お母様よ」
「このドレスに、いくらかかったと思っているの?」
そこへ――
シグレット
「エマ様が、ご到着です」
エマ
「私の魔法で、殲滅してきたわ」
シグレット
「……市民を、殺したのですか」
エマ
「他に、どうやって抑えるのよ」
シグレット
「暴動は、さらに加速します」
ユリアナ
「うるさいわね」
「エマ姉が来たのだから、あなたはクビよ」
「出ていきなさい」
シグレット
「……今まで、お世話になりました」
執務室を出て。
シグレット
「ジェシカ様、私たちは……」
ジェシカ
「コイン君、助けて」
コイン
「ご主人に、聞いてみる」
第一王妃
「もう国民軍が、そこまで来ているわ」
「逃げなくて大丈夫なの?」
ナーサ
「外も、市民に封鎖されています」
第一王妃
「一度逃げたら……戻れないのよ」
シグレット
「この国は、近いうち帝国に吸収されるでしょう」
アルバ
「――みんな、準備はいいか?」
ジェシカ
「遅いわよ。来ないのかと思ったじゃない」
アルバ
「じゃあ、東帝国へ行こうか」
扉が、勢いよく開いた。
エマ
「……頭を下げる気に、なった?」
ユリアナ
「あなたのせいで、国民は――」
言い終わる前に。
アルバ一行は、目の前から消えていた。




