第四十三章 戦後賠償
後続部隊の補給地には、山のような物資が積み上げられていた。
アルバはその量を一瞥し、静かに言った。
「……秋の収穫、すべてを持ってきた量だな」
ソフィアは肩をすくめる。
「それだけ必死だった、ということでしょう」
アルバは地図に指を走らせる。
「ここに関を設けるのはどうだろう」
「――シルクロードは、我々が管理する」
ソフィアは迷いなくうなずいた。
「あなたの思うままに」
黃帝の宮殿では、重苦しい沈黙が流れていた。
黃帝
「……なぜ国庫に、物が無い」
大臣
「軍師様が、万が一の長期戦に備えてと……」
黃帝
「未だ秋口だぞ。これでは一年ももたぬ」
「餓死者が出る」
「短期決戦だと読めなかったこと」
「陣形とやらが、まるで機能しなかったこと」
「――その軍師は、どこにいる」
自らが漆黒の騎兵に追われた時点で、
あの男はすでに死んでいたのだろう――
黃帝は、そう感じていた。
大臣
「それが……一万の兵とともに、投降していたようで」
黃帝
「敵の追撃も妨害せず、そのまま投降した、か」
吐き捨てるように言い、黄帝はあきれ果てた。
共に都へ逃げ帰れた兵は、八千あまりしかいない。
大臣
「身元引き渡しで、一万の兵は戻ってきそうですが……」
「多額の戦後賠償を求められるかと」
黃帝
「奴らは、大量の物資を手に入れただろうに」
大臣
「物資の件については、何も言及がありませんでした」
黃帝
「……東帝国は、何か言ってきておるか」
大臣
「帝国とは正反対で」
「まるで、戦争自体なかったかのように静かだそうです」
黃帝
「……逆に不気味だな」
大臣は一歩踏み出し、声を落とした。
「お父上ぎみに膝を折り」
「戦後賠償だけでも、減らしていただけませんか」
黃帝
「あれだけの補給物資だ」
「一日二日で運べる量ではあるまい」
「どこへ運ばれたかも、分からぬのか」
大臣
「終戦翌朝には、すでに堅牢な関が設けられており……」
黃帝
「確認にも行けなかったか」
大臣
「帝国から戻った商人によれば、確かに関が設けられていたと」
黃帝
「……そこを奇襲すればよいのか?」
大臣
「滅相もございません!」
「戦後賠償を、どれだけ吊り上げられるか」
「帝国は、戦勝国として」
「陛下のお越しを、喜んで迎えるとのことです」
謁見の間。
黃帝
「なぜお前が、そこに座っている」
「皇帝は、どうされた」
エマ女帝
「父は引退されました」
「娘と孫を殺され」
「ご自身も暗殺されかけたのです」
「……自分は、甘く見られるようになったのだろう」
そう言って、ため息をつかれておいででした」
黃帝は、苦々しい表情を浮かべる。
「なぜ、お前が皇帝なのだ」
エマ女帝
「今回の戦争の総指揮官は、私」
「東皇帝は娘婿です」
「――私以外に、継げる者はいませんでした」
黃帝
「……なるほど」
「戦後賠償を、少なくしてはもらえぬか」
エマ女帝
「では」
「観衆の前で膝を折り」
「私に、頭を垂れていただきましょう」
黃帝は歯ぎしりし、雷公鞭を握りかける。
それを大臣が必死に制した。
「お国のためです……今は、耐えてください」
エマ女帝は杖を握り、
溢れんばかりの魔力を解放して、黃帝を見下ろした。
(――この女に、私は、恐れをなしたのか)
黃帝
「……分かった」
「お前の、気の済むようにしよう」
エマ女帝
「“お前”ではありません」
「――“あなた様”です」
黃帝は、観衆の前に立った。
「私は敗れた」
「帝国兵の前では、手も足も出なかった」
「ここに、謝罪する」
「……どうか、許してはもらえないだろうか」
聴衆は歓喜し、
自国の名誉が示されたことを喜んだ。
その後、一か月にわたり、祭りは続いた。
大臣
「よく、耐えられました」
「おかげで、戦後賠償は当初の三分の一で済みそうです」
一息置いて、続ける。
「ただ、帝国は草原の合戦で勝利し、兵を引いたため」
「……補給物資については“知らない”と」
黃帝
「では、今シルクロードに関を置いているのも……」
大臣
「東帝国が、勝手にやっていることだと」
黃帝
「……では」
「帝国に頭を下げたのは、無駄だったではないか」
大臣
「無駄ではございません」
「帝国の口利きで」
「東帝国との外交が、可能となりました」
黃帝
「……このまま、向かうのか」
大臣
「気は重いでしょうが……お願いできますか」
黃帝
「物資を返してもらえねば」
「末代まで、愚王と罵られよう」
東帝国
大臣
「……これほど活気に満ちた街並み」
「私は、見たことがありません」
黃帝も呆然とする。
「これほどの大都市だったとは……」
大臣
「香辛料の独占」
「ラピスラズリの独占」
「インド綿の独占……」
「すべて、ここに集まっています」
アルバ
「まさか、あなた様がここまでお越しになるとは」
「夢にも思いませんでした」
黃帝
「私は敗れた」
「東帝国の戦力には、まるで歯が立たなかった」
「……我国の補給物資を」
「返してもらえないだろうか」
アルバ
「それでしたら」
「捕虜三万人の、食料として使わせていただいております」
黃帝
「…………」
大臣
「捕虜が……いるのですか」
「戦後賠償の話は……」
「やりましたぞ、陛下!」
「三万の兵と、補給物資を」
「返してくれるそうです!」
黃帝は、静かに息を吐いた。
「……俺は」
「彼に、感謝せねばならんのだろうな」




