第三十七章 書簡
帝国皇帝から、一本の書簡が届いた。
「黃帝の国で、アリ兵が暴れている。
君の力が必要だ」
簡潔な文面の最後に、ただ一行だけ、重い言葉が添えられていた。
「他の者は忘れようとも、私は君への恩を忘れない」
アルバは書簡を畳み、しばし黙考する。
「……コイン、状況はどうだ?」
コインは即座に答えた。
「確認できてるアリ塚は十カ所」 「そのうち、黃帝が自力で対処できてるのが四カ所だ」 「残り六カ所を放置すると、羽アリが飛んで別の場所に巣を作る」
アルバは顎に手を当てる。
「その六カ所を潰せば、黃帝は現地に釘づけにできる」 「半分以上処理すれば、“帝国皇帝の要請に応えた”って恩も売れる」
コインは鼻で笑った。
「その仕事を引き受けたら、“帝国の言いなり”って思われないか?」 「逆にやらなきゃ、“帝国の意向すら跳ね返せる国”って評価される」
「……どちらも一長一短だな」
アルバがそう呟いた、その直後だった。
今度は黃帝本人からの書簡が届く。
「父より、君がアリ駆除のできる唯一の存在だと聞いた。
ぜひ力を貸してほしい」
そして、最後の一文。
「なお、君の気分を害する二人は、極東の島へ送っておいた」
コインは呆れたように肩をすくめる。
「相変わらず、口から出まかせの多い男だ」 「あの二人、今ごろ黃帝の都で観光を満喫してるぞ」
アルバは苦笑する。
「僕の実力を信じてない……いや、試してるのか」
「だな」
アルバは決断した。
「じゃあ、六カ所だけ潰そう」 「皇帝にはそれで報告する」
コインはニヤリと笑う。
「久しぶりに暴れるか」
―――
数日後。
黃帝の元に、アルバからの書簡が届いた。
「我々が確認したアリ塚、六カ所を殲滅しました」
「本件は、これにて一次終了とさせていただきます」
添えられていたのは、詳細な地図。
黃帝は目を見開いた。
「……我々の知らないアリ塚を、六カ所も、だと?」
部下が報告する。
「確認しました。確かに、六地点にアリの死骸が残されています」
「六カ所も処理しておきながら、なぜ途中で止める?」
部下は一瞬言葉を選び、静かに続けた。
「彼は、この近辺までアリ退治に来ています」 「その際、“島送りにしたはずの二人”を見かけたとしたら……」 「閣下なら、どう感じますか?」
黃帝は即答した。
「――ウソをついた相手を、殺す」
部下はうなずく。
「つまり、こちらに内通者がいる」 「我々の状況は、すでに筒抜けです」
黃帝は地図を握り潰すように見つめた。
(アルバ・クラウディア……) (力だけではない。完全に、こちらの腹を読んでいるな)




