第三十四章 終戦
アルカディアが敗戦の報を耳にする、そのさらに前――
漆黒の甲冑に身を包んだ兵団は、夜を切り裂くように帝都を駆け抜け、
迷うことなく公邸へとなだれ込んでいた。
「アルカディア、逃げなさい!」
ラナ姫の叫びが石壁に反響する。
「ここは私が引き受けるわ。生き延びなさい――それが、あなたの役目よ」
一瞬の逡巡ののち、アルカディアは歯を食いしばり、側近を伴って都落ちした。
「……アルバ。この中にいるんでしょう」 「恩義のある私たちに、なんてことをするのよ……!」
ラナ姫の全身が白光に染まり、空気が震える。
雷が肌を這い、放電が衣を焦がす。
彼女はプラズマを自在に操り、刃を構え、漆黒の兵十人に囲まれながらも一歩も引かなかった。
斬撃、閃光、雷鳴。
だが――
「ご主人は、ここにはおらぬ」
低く冷たい声と同時に、雷をまとったバトルハンマーが振り下ろされる。
重撃は正確に鳩尾を打ち抜き、衝撃が内臓を揺らした。
意識を断ち切るには、十分すぎる一撃だった。
――――
ラナ姫が次に目を覚ましたとき、そこは静かな部屋だった。
拘束具はない。
鉄格子も、縄も、鎖もない。
「……?」
違和感に眉をひそめた、そのとき。
「ラナ姫様、お久しゅうございます」
聞き覚えのある声に、彼女は顔を上げた。
「いや、防衛戦のつもりで本陣にて構えておりましたら……」 「まさか、帝都まで攻め落としているとは思いもせず」
そこに立っていたのは、アルバだった。
「……私、捕虜じゃないの?」
ラナ姫が周囲を見回す。
「恩人を牢に入れるなど、私にはできません」 「ですので――軟禁、という形を取らせていただきました」
「……恩人に、悪いことをした自覚はあるのね」
「はい」
アルバは一瞬、視線を伏せる。
「王国は、帝国に対し、これまで一度も膝を折らなかった国」 「その国民性ゆえ、王である以上、最後まで膝を折らぬ姿勢を貫かねばならなかったのです」
ラナ姫は静かに問い返す。
「……じゃあ」 「東帝国は、返してくれるの?」
「東帝国には――」 「貴方様以外、もはや残っておりません」
その言葉に、ラナ姫の肩がわずかに落ちた。
「……そう」
沈黙が流れる。
「アルカディアは、私が意図的に兵を引かせました」 「逃げ道を残し、無事、帝国へ戻れるように」
「敵将を逃がして、よかったの?」 「昔みたいに、ギルと二人であなたに嫌がらせするかもしれないわよ?」
試すような笑みを浮かべるラナ姫に、アルバは苦笑する。
「……ラナ姫様のお立場を思えば」 「逃がす、という選択しか、私には浮かびませんでした」
一瞬の沈黙。
そして――
「……嬉しいこと言うわね」
ラナ姫は、ほんのわずか、柔らかく微笑んだ。




