第三十三章 開戦
シグレット
「――一本、そこまで」
ソフィアの影を縫うような剣筋に、アルバは完全についていけなかった。
気配すら掴めぬ速さ。踏み込みも、引きも、すべてが洗練されている。
ソフィアは、どこか誇らしげに微笑んだ。
「……はじめて一本取れました」
シグレットは目を見開く。
「我が殿が負ける相手がいるとは……驚きです」
アルバは苦笑し、視線を遠くへ向けた。
漆黒の甲冑。
騎士だけでなく、馬の甲冑までもが闇をまとい、黒馬を操る三万の兵が整然と並んでいる。
アルバ
「ソフィアが連れてきた三万の兵……どうだ?」
シグレット
「正直に申し上げます。王様、どうしましょう」
「我が部下では……まったく刃が立ちません」
アルバ
「……そこまで、か」
そのとき――
地響きとともに現れたのは、巨大な影。
象兵だった。
象兵A
「よう、アルバ坊。聞いてくれよ」
「アルカディアの奴さ、“象は俊敏性に欠けて美しくない”とか言いやがってよ。首だとさ」
豪快に笑い、象の上から身を乗り出す。
「お前のところ、新しく国を作ったんだってな?」
「俺たちを雇ってくれよ」
アルバ
「喜んで雇いますよ」
「東帝国の東の要である象兵を切り捨てて……本当に大丈夫なんですか?」
象兵B
「そう思ってくれるだけで、十分嬉しいさ」
百騎の象兵が、悠然と合流した。
シグレット
「……ますます、我が軍の存在価値がなくなりますね」
アルバ
「いや、お前たちには別の役目がある」
「街の治安維持部隊だ」
シグレットは一瞬言葉を失い、深く頭を下げた。
「実は……皆と、辞めようかと話していたところでした」
「国王陛下……ありがとうございます」
開戦
東帝国の使者
「では――我が東帝国の配下となることも拒み、領土の返還も行わないと?」
アルバ
「結果としては、そうなる」
「皇帝陛下には謝罪の書状をしたためるつもりだ」
使者
「不要です」
「領土は、何があっても取り戻させていただく」
吐き捨てるように言い残し、使者は去った。
アルバ
「ジェシカ……これで、気が済んだか?」
ジェシカは無言で、ただ静かにうなずいた。
――東帝国。
アルカディア
「流行り病で亡くなった父の葬儀にも参列せず」
「その隙に領土を奪うアルバを、私は決して許さない」
彼は将軍を睨みつける。
「三万の兵を授ける」
「見事、アルバの首を取ってこい」
将軍
「恐れながら……この大軍、まさに多勢に無勢」
「ですが――怖いのは、アルバ一人にございます」
不敵に笑う。
「必ずやアルバを討ち取り、王国全土を我が国の領土としてみせましょう」
戦場。
将軍は蒼白になっていた。
「敵は……三万を超えている……?」
使者は、この戦力差すら知らずに戦を吹っかけたのか。
兵
「敵先陣は……アルカディア様が追放した象兵です!」
「我が軍のチャリオットは、すでに全滅!」
将軍
「長槍で象兵を討ち取れ!」
兵
「不可能です!」
「象に近づく前に、迅速な漆黒の騎馬兵に討ち取られています!」
「我が兵は後退を余儀なくされています!」
「領土を奪うどころか……奪われます!」
将軍
「それだけは……それだけは避けねばならん!」
その瞬間――
漆黒の騎兵が、嵐のように迫った。
「敵将軍を討ち取ったぞ――!」
戦は、完全なワンサイドゲームとなった。




