第三十二章 収束
夜半――
将軍一家と元側近たちが闇に溜め込んだ金貨は、
まるで流れ星を逆再生したかのように、王城へと還ってきた。
床に跳ね、甲高い金属音を立てながら、
そのすべてがアルバの開いた金庫へ吸い込まれていく。
コインが目を細め、鼻で笑う。
「……いやあ、壮観だな」
「入ってきた税収の三分の二は、連中がごっそりくすねてたってわけか」
「悪どいにも程がある」
――そのとき。
扉が叩き割られんばかりの勢いで開き、ユリアナが怒鳴り込んできた。
「大臣も元側近も失って、この国をどう回すつもりなの!?」
アルバは静かに振り向く。
「ユリアナ様、何をそんなにお怒りで?」
「何をって……!」
声を荒らげかけたユリアナは、言葉を詰まらせる。
「この国はすでに、元老院が新たな大臣を選出しています。
運営も、もう軌道に乗っていますよ」
「……それに!」
ユリアナは叫ぶ。
「元側近たちの金まで奪ったって聞いたわ!」
アルバは肩をすくめた。
「オレは兵を差し向けていません。
勝手に“戻ってきた”だけです」
ユリアナの表情が歪む。
「私のせいで……国を乗っ取られたって言われて、離縁されてきたのよ……」
少しの沈黙。
アルバは柔らかく言った。
「ユリアナ様は、姫の母として、ここに残ればいいじゃないですか」
「……私、ここにいてもいいの?」
呆然とした声。
「もちろんです」
その一言で、ユリアナの肩から力が抜けた。
――直後。
シグレットが、手錠をかけたジェシカを連れて現れた。
「ジェシカ様が、アルバ様の飲み物に毒を。未遂ですが」
空気が凍る。
ジェシカは歯を食いしばり、アルバを睨みつけた。
「あなたのせいで……帝国に組み込まれず、必死に踏ん張ってきた王国の歴史が終わる!」
「母は……その女と違って、放浪の旅に出ても父と添い遂げるわ!」
第一王妃が鼻で笑った。
「何言ってるのよ。甲斐性のない男なんて、こっちからおさらばよ」
コインがぼそりと呟く。
「ぶっちゃけたな……」
第一王妃は腕を組み、ジェシカを見る。
「私もここに来たいんだから。ジェシカ、謝りなさい」
「……それでも、お父さまが……」
「父なら、そこにいるでしょ?」
指差された先――
壁の影から、元国王がそろりと顔を出した。
「お父さま!?
元側近と北で軍を整えて、攻め込む準備をしてたんじゃ……」
元国王は慌てて手を振る。
「わ、ワシは山に籠もって仙人生活を始めたばかりじゃ」
「スローライフじゃぞ。戦犯にしないでくれ」
そう言って、アルバに深々と頭を下げる。
「アルバ君、いつもすまんね」
金の袋を受け取ると、
逃げるように山へと帰っていった。
アルバは静かにジェシカへ向き直る。
「……誰に、そう聞いた?」
「メイドが……噂してた」
アルバはシグレットを見る。
「メイドも、一から採用し直す必要がありそうだな」
――その瞬間。
一人のメイドがナイフを抜き、アルバに飛びかかった。
だが間一髪、他のメイドたちが取り押さえる。
「私の母は……将軍様のメイドとして国外追放された!」
「私は、あなたを許さない!」
シグレットが冷静に告げる。
「彼女も、母親の元へ送ってやりましょう」
顔色を変えたメイドは、床に額を打ちつけた。
「謝ります……だから、ここに置いてください……!」
アルバはジェシカを見る。
「……どうする?」
いつの間にか、ジェシカの拘束は解かれていた。
彼女は俯き、小さく呟く。
「……ごめん」
アルバは何も言わず、
ただ、ジェシカの頭をそっと撫でた。
「元王様は、ユリアナ様と離別したということは……」
シグレットが言う。
「反逆の意志があったはず。見過ごすのですか?」
「あの人はな」
アルバは答える。
「歴史に“汚点”として残るのが嫌だっただけだ」
「良い王だったと記させれば、それで満足するだろう」
「……問題も多かったですが」
「国を統一してみせましたね」
「ナントカね」
「元王という旗印を失った北の反乱軍は、隣国軍に殲滅されました」
「コチラの者が殲滅してくれたそうです。」
漆黒の鎧を纏った者が玉座の間に踏み込んできた。
腰には金色のバトルハンマー。
アルバ
「褒美は何がいい?」
「北にある我が領土も、そなたの国で道を開き、交易してくれぬか?」
「道を開くということは」
アルバは静かに言う。
「チャリオットで攻め込める隙を与えることになる」
漆黒の戦士は答えず、
バトルハンマーを構え、投げ放った。
雷を帯びたそれが玉座を砕く――
だが、そこにアルバの姿はなかった。
次の瞬間。
二・五メートルの雷を纏った戦士が、その場に立っていた。
一瞬の雷撃。
漆黒の戦士は抵抗する間もなく気絶する。
鎧を脱がせていたメイドが声を上げる。
「……女です」
アルバは目を見開いた。
ベッドから起き上がり、服を着るアルバ。
女は毛布を身体に巻き、睨むように言った。
「なぜ殺さぬ」
「隣国の“漆黒姫”の噂は聞いていた」
「美少女だともな。……キズものにして返してやろうと」
女は一瞬、照れた。
「……キズものにされては、帰れるわけがなかろう」
「……え?」
「父も母も、昨年の流行り病で亡くなった」
「我が夫となる者が、我が領土の主となる」
コインが呆れた声を出す。
「やっちまったな、このスケコマシが」
「私はソフィア」
「お前はアルバだな」
「我国は軍事では遅れを取ったことはない」
「だが国政が分からぬ。……民を救ってくれ」
「我が国は議会制だ」
「道を作るなら、議会で議題にかける。待てるか?」
「お前、国王だろ?」
「とりあえず、新しいコインだ」
「これで食料を買って帰るといい」
「それは部下に運ばせよう」
「オレには婚約者が三人いるが、いいのか?」
ソフィアは一瞬黙り、言った。
「……それより」
「お前の国、軍隊が足りぬだろ」
「お前が軍になるのか?」
ソフィアは、力強く頷いた。




