第二十章 救助
ヘルメス教の男が、アルバ邸の門前に立った。
「……アルバ様はご在宅かな」
即座に、鋭い視線が飛んだ。
「プトレマイアス王国近衛兵、シグレットと申します」
門の前に立つその姿は、どう見ても“来客対応”ではない。
完全に門番のそれだった。
「この館の主に、正式なアポイントはお取りですか?」
男は一瞬、言葉に詰まる。
「い、いえ……本日伺うとは伝えてはいたのですが……」
「昨夜は遅くまで戻られていましたので、まだお休みです」
シグレットの横から、もう一人が一礼した。
「同じく近衛兵、ナーサと申します」
男の額に、じわりと汗が滲む。
(近衛兵って……王族を守る連中だよな?
なんで東帝国の一貴族の屋敷に、二人もいるんだ……?)
その時だった。
「アルバ君、おはよう」
寝起きとは思えない軽さで、本人が姿を現した。
「今日はどのようなご用で?」
男は慌てて背筋を伸ばす。
「はっ。我々ヘルメス教団の仲間が行方不明になりまして……
情報通であられる貴方様のお力を、お借りできないかと」
アルバは少し考え、指を鳴らした。
「コイン。何か知ってる?」
宙に浮かび上がった一枚のコインが、くるくると回りながらアルバの周囲を巡る。
「……アリ兵に捕まった奴だな」
男の顔色が変わる。
「そ、その調査に向かっていた者です!」
「肉団子にされてる」
「……死んだんですか?」
「生きてる。複数箇所骨折。あと――」
コインは淡々と告げた。
「他の死体と一緒に丸められてる。
アリの幼虫のエサだな」
男は、息を呑んだ。
「……ど、どんな状態なんです?」
「今言った通りだが?」
アルバは一瞬だけ目を伏せる。
「コインが分かるってことは……そこに転移できるな」
男が慌てて声を上げる。
「ま、待ってください! あそこは――」
言い終わる前に、アルバの姿が消えた。
一瞬後。
戻ってきたアルバは、明らかに顔色が悪かった。
「……助けて来ましたが、一刻を争います」
空気が一変する。
「クラッシャー(冒険者)に預けますか?」
「いえ! 我々の研究所へ!」
ヘルメス教団研究所
異臭が、廊下に満ちていた。
男とアルバは、無言で距離を取る。
魔法店長だけが、眉一つ動かさず刃物を入れていく。
「……」
アルバは一歩下がった。
「僕は、ここまでで」
そう言って、その場を後にした。
数日後。
「先日救助してくださった男、無事に回復しました」
ヘルメス教の男は深く頭を下げる。
「ところで……聞きましたか? アリ塚ダンジョンの話」
「今はその話題で持ちきりだな」
アルバは指を折りながら説明する。
「門番がいる。身長二メートルのアリが二匹。
四本腕で剣や槍を持ってる」
「鎧は着ていないが、身体は革鎧並みに硬い」
「……近づくことすら難しそうですね」
「二百メートル先からの攻撃も避ける」
男は絶句した。
「……他に情報は?」
「ある」
アルバは淡々と言った。
「ヤツら、門を通してくれる」
「……え?」
「話しかけると、気さくに挨拶してくれるそうだ」
「じゃ、じゃあ……なぜ門番を?」
アルバは即答した。
「理由は簡単だ」
一拍置いて。
「出てきた人間を狩るためにいる」
男は乾いた笑いを漏らした。
「行きは良い良い、帰りは怖い……ですか」
沈黙の後、男がぽつりと口にした。
「……以前から気になっていたのですが」
「アルバ様、王様にでもなられたんですか?」
「なれたなら、我々としても心強いのですが」
アルバは苦笑した。
「オレが王に見えるかい?」
男は即答した。
「見えます」
「王女二人に“ダンナ様”と呼ばれ、近衛兵が護衛についている」
「王様以外に、何に見えると?」
アルバは肩をすくめる。
「……婚約は、させられた」
男は深々と頭を下げ、屋敷を後にした。
残された空気だけが、妙に重かった。




