09 緩やかな破滅
最近、お城の中が慌ただしい。
1ヶ月半後に迫った建国祭の準備が本格化してきたようだ。
猫の手でも借りたい、ということで、魔法が関わらない場面で私が雑用をお手伝いすることも増えた。
最近は城への来客のお茶請けに私の作ったお菓子が出されることもあるようで、有り難いやら恐れ多いやら。
教会の方々がセティの元へやってきたり、逆にセティが教会へ出向いたり…ということも増えて、一緒に過ごす時間は少しずつ減っている。
「マリエ!これが終わったら休憩にしましょ」
「はーい」
大量の洗濯物を干し終え、ふぅと一息つく。
ドレスはやっぱり動きづらくて、最近は侍女向けのクラシックなデザインのワンピースをお借りしているのだが、動きやすくてとても良い。
私を着せ替え人形にしていたセティには不評のようだけど。
毎日コルセットを締めてあんな重いドレス着て過ごすなんて私には無理だった。
「今日のクッキーもとっても美味しいわ、マリエ」
「それなら良かったです」
休憩室で紅茶を淹れながら、他のメイドさんと暫し休憩。
相変わらず時間を見つけてはセティと食べるためのお菓子を焼いてはいるものの、2人でお茶とお菓子を広げてティータイム、という時間はほぼ皆無だ。
差し入れてもらって、セティの手には渡っているようだけれど。
以前だったら暇を見つけては私のところに逃げてくるような子だったから、その多忙さは明らかだった。
「あら、元気ないわね」
「……最近、皇女さまにお会いする時間がなくて癒し不足というか」
「あははっ、分かるわぁ。皇女様、アンタに随分懐いてるもんね」
先輩メイドのダリアさんが快活に笑いながら、お茶のおかわりをカップに注いでくれる。
「建国祭が近いからね、終わるまでは仕方ないのよ」
「建国祭って、この間の生誕祭と何が違うんですか?」
「いろいろ違うわよ〜。生誕祭は皇室が主催だけど、建国祭で主導権を握るのは基本的に教会だから」
国を創り、護る女神セリシア。
その女神の代理人として民に声を届け、また民の声を女神に届ける教会。
そしてその教会が認めた「民としての頂」である皇室。
「……それって、女神の生まれ変わりって言われてる皇女さまの立ち位置は皇室内で国王より上ってことになりません?」
「そうそう。皇女様が生まれたときは、これで教会に対抗出来るって喜んだみたいよ」
声を潜めて彼女は言う。
「教会も、女神の生まれ変わりを無碍には出来ないから。
教会に上から抑えつけられていた皇室が力関係を変える好機だって息巻いてたみたい」
「……。」
幼い皇女の言う事を鵜呑みにする国王夫妻。
次期国王の立場でありながら、いずれ国を動かすのは妹だと断言する皇太子。
女神の生まれ変わりであることを、両親からも教会からも望まれる幼い皇女。
「もちろん、教会も国王陛下の思惑は分かってるから、皇女殿下にあの手この手で接触するのよね。
建国祭は、教会にとって女神とその代理人である教会の威権を示す絶好の機会だから。
皇女殿下も手中に収めることが出来れば、教会は実質的に皇室も掌握して国の実権も握れるってわけ」
「……ダリアさん、詳しいですね…」
「そりゃそーよ。皇室と教会の見栄の張り合いのせいで、私ら下働きが忙しいんだから」
クッキーを口に放り込みながら、ダリアさんはやれやれと言うように肩をすくめた。
***
重厚な扉が静かに閉じられた。
皇子宮。執務室に集まったのは、皇太子アレシオと、高位聖教者ルキウス、王宮の高官二名のみ。
机の上には報告書の束と、小さな水晶玉が置かれている。
かつては淡い光を放っていたその水晶玉は、今はほとんど輝きを失っていた。
「……加護の力が、ここまで弱まっているとは」
老練な高官の低い声が静寂を破る。
「神殿の祈祷師たちが全力を尽くしておりますが、効力は日に日に薄れております。
先日の皇女殿下の結界補強も半日と持たなかったとか…」
アレシオは眉間に皺を寄せ、水晶玉に目を落とす。
「女神セリシアの加護は、この国の防壁だ。弱まれば国境は……」
「侵入を許します。隣国もそれを嗅ぎつけるでしょう」
高官の声は淡々としていたが、その瞳の奥には確かな焦りが宿っている。
「やはり、あの異国の娘の影響が…」
「妹には、このことを知らせるな」
アレシオの声が鋭くなった。
「余計な不安を与えても意味がない。……特に、建国祭までは」
「……承知しました」
それでも高官は一瞬、何かを言いかけて口を閉ざした。
***
疲れた、身体が重い。
どうにか今日のお務めを終え、皇女宮へと戻る。
途中でちらりと厨房を覗いてみたけれど、真理恵の姿はなかった。
彼女の部屋を訪ねようか迷って結局、そのまま自分の部屋へと向かう。
国境の結界に揺らぎが起きていることは聞いている。
きっと、今日の祈祷も神官たちを納得させるほどの加護の強化にはならなかったのだろう。
何も言われてはいない。
けれど、彼らの視線が、表情が、それを何よりも物語る。
期待外れの皇女。
そう言われて、見放されるのが何よりも怖かった。
だって私は、「女神の生まれ変わりの皇女」という立場以外何も持っていないから。
鉛でも飲み込んだような気分でどうにか着替えをし、寝台に倒れ込む。
どうせ、忙しくて兄様と一緒に夕餉にならない。
部屋に運ばれてきた食事も、大して手をつけずに下げさせた。
コンコン、と軽く扉をノックされるのも無視をしようと思ったのに、聞こえた声がそれを許さなかった。
「セティ?寝ちゃった?」
「真理恵…?」
飛び起きてドアを開ける。
お茶の用意をトレイに乗せた真理恵が立っていた。
「あんまり会えないから、会いにきちゃった」
「っ……」
元気な私でなければ、明るい私でなければ。
そう思うのに、柔らかく微笑む真理恵を見たら、目の奥が熱を持つ。
目尻に涙が滲む。
「どうしたの?疲れた?」
「ううん、……嬉しくて……」
「それなら良かった。寝る前に、今日はホットミルクなんてどう?」
小さく頷いて、真理恵を部屋へと招き入れる。
何も聞かずにいてくれるのが嬉しい。
どうぞ、とカップを渡される。
ちょうどよい温度のホットミルクからは、ほんのり蜂蜜の香りがする。
「……あまくて、おいしい」
優しい甘さが、どうしようもなく絡まった心を少しずつほぐしてくれるようだった。




