08 銀の皇女と星渡りの乙女
「おかえりなさい真理恵!」
翌日。
王城に戻って馬車を降りると、誰よりも先にセレスティアが出迎えてくれた。
兄であるアレシオ殿下より先に私に抱きついてきてくれるのが、可愛くてたまらないような、彼に申し訳ないような…。
「兄様も、おかえりなさい」
「ああ。仕事があるので、私は先に執務室に戻るよ」
セレスティアのついでのような挨拶に、殿下も苦笑いを返す。
置いていかれたこと、まだまだ許してはいないらしい。
くしゃくしゃっと彼女の頭を撫でると、殿下はその場を立ち去った。
一瞬、労るような視線と微笑を投げかけられてドキリとする。
「お祭りはどうだった?」
「楽しかったよ、セティにもお土産買ってきたよ」
自然に、彼女の小さな手が私の手を掴んで握る。
寂しさを伝えるように、少しだけ力が入った気がした。
***
「おかえりなさいませ、殿下」
「ああ。……どうだった?」
既に執務室で待っていたルキウスに、言葉少なに問いかける。
椅子に腰掛けたアレシオに、ルキウスは芝居がかった調子で肩をすくめてみせた。
「結論から言えば、皇女殿下と真理恵を引き離すのは魔法無力化の対抗策としては有効。でも」
「……“でも”?」
「加護の依代であるセレスティア皇女自身の心が安定しないから、結果として加護は縮小。揺らぎも見られる」
「……。」
敢えてセレスティアの公務と、真理恵を誘った視察の日程をぶつけた理由。
それは、以前仮説を立てた「物理的に真理恵と距離を置いた場合」の女神の力に対する影響力を測るためだった。
「無理に引き離せば、皇女が依代としての役割自体放棄しかねない。もしくは、皇女が感情に任せて魔力暴走ってのもあり得る」
「それは……本末転倒だろう」
「だよね。だから僕としては、ふたりを離すって案は反対。そもそも、星空りの乙女だなんて受け入れずに不審者として投獄しちゃうべきだったんだと思うけど」
「それこそ今更だな。」
ため息を吐き出し、アレシオはトントンと指先で机を叩く。
出会ってからまだそれほどの時間は経っていないが、すっかりセレスティアは真理恵に対して打ち解けている。
妹にとって真理恵の存在はよい影響を与えるだろうと思ったし、事実セレスティアは年相応によく笑うようになった。加護の力も強まっている。
また同時に、アレシオ自身が真理恵に対して心を許し始めていることも、判断に迷いを与える要因でもあった。
「真理恵の力をどうにか抑える方向で考えるしかないだろうね。
とは言っても……魔法の通じない、全てを無力化する相手に対して、どんな対策が取れるのかは分からない」
溜息混じりに告げるルキウス。
沈黙が、場を満たしていく。
***
帰城してすぐにセレスティアの自室へ招かれた。
ソファに隣り合って座りながら、買ってきたお土産を広げてみせる。
美味しそうな焼き菓子や、この辺りではあまり見かけない紅茶の茶葉。
「それから、……これもどうぞ」
最後に、彼女の手の中に小さな包みを乗せた。
開けてもいい?とこちらを見上げるセレスティアに頷くと、期待に目を輝かせながらリボンを解いていく。
「わぁ…」
中に入っていた小さな髪飾りに、小さくそんな声が漏れた。
「可愛い…!」
「気に入った?」
「うん。絶対、大切にするわ」
とても嬉しそうに笑うセレスティアに、私もつられるように笑ってしまう。
――ふと、その笑顔が陰ったように見えた。
瞬間、セレスティアの小さな体が私に抱きついてくる。
「セティ?」
「私、真理恵のことが大好きよ。――だから、いなくならないでね」
「ええ…?そんなことしないよ?」
「…うん。……連れて行ってもらえなくて、それくらい寂しかったのよ、私!」
そう顔を上げた彼女は、いつも通りの天真爛漫な女の子。
「もう、真理恵の作ったお菓子が恋しくておかしくなりそう」
「ええ〜、たった2日じゃない」
「それでも!早く食べたいの」
私のセティの笑い声が、部屋の中に響いては消えていく。
そんな日常がいつまでだって続くことを、
私は疑うことすらしなかった。




