07 皇太子のパートナー
ガタゴト…と不定期な感覚で揺れる馬車の車体に身を預けながら、外の風景を眺める。
外装は豪華だし、シートもベルベット張りの手触りの良いものだけれど、乗り心地はそれほど良いものではないらしい。
転移スクロール、という便利な魔道具も存在するらしいけど、残念ながら私、使えないしな…。
「一緒に出かけないか?」
そう言われたときはびっくりしたけれど、きちんと話を聞いてみれば、デートでもなんでもない、「地方視察」という政務の一環だった。
帝都で開かれる生誕祭に足を運べない者も多いため、生誕祭の後は何度かに分けて皇太子自ら地方の領地を回る。
近隣の領地に一泊二日程度で視察に行くので良ければ一緒にどうか、というお誘いだった。
生誕祭の延長のようなものなので、露店も屋台もそれなりに出るらしい。
帝都のお祭りには参加出来なかったので、楽しみじゃないと言えば嘘になるけれど。
「魔法の無効化、大丈夫なんですか?」
「催し自体、帝都ほどの規模ではないからな。まぁ何かあっても誤魔化せるなるだろう」
「そんな楽観的な……」
ちなみに今回、セレスティアはお留守番。
その事実に大層ご立腹だったようだけれど、どうしても教会関連の外せない政務があるとかで。
お土産と、帰ったらセレスティアの食べたいお菓子を作ることを条件になんとか納得してもらった。
「見えてきたな」
殿下の言葉に視線を向ける。
森を抜ければ、いつの間にか馬車の揺れは安定し、レンガ敷の街路をのんびりと進んでいた。
帝都ほどの派手さはないけれど、閑静な整った街並み。
色とりどりの花々と森の木々に囲まれた、美しい領地だった。
「ヴェンデル公爵領だ」
「綺麗なところですね」
お祭りらしい賑やかな雰囲気の領地の中を、馬車は穏やかに進む。
一際大きなお屋敷の前で停車すると、従者が恭しく馬車の扉を開けた。先に降りた殿下が、当然のように片手を差し伸べる。
「こちらへ」
「えっ…と…?」
エスコートなんか、されたことないんですが?
戸惑いで固まった指先を、殿下はスマートに絡め取ってそのまま軽やかに外へと連れ出してくれる。
一歩を踏み出した瞬間ぐらついた身体を強く支えてくれる腕の存在に、思わず「ひゃっ」と声が漏れた。
「大丈夫か?」
「はい…」
心臓がばくばくしている。
殿下は何でもないことのように私に腕を差し出したまま歩き出した。私もなんとかそれについていく。
恭しく礼をして殿下を待っていたのは、筋肉質で背の高い男性だった。精悍な顔立ちと金茶色の短髪とよく手入れされた髭が高貴な雰囲気を際立たせている。
「ようこそ、お待ちしておりました」
「ああ。今年も世話になる」
「どうぞお寛ぎください。そちらの女性が、星渡りの乙女ですね?」
「はじめまして、マリエ・セトと申します」
「こんな田舎街だが、自然豊かな土地です。楽しんで頂ければ幸いです」
柔らかく微笑むヴェンデル公爵は、まさに紳士という印象だった。
それほど多くない荷物を部屋へと運んでもらい、一息つく。
「私は一度挨拶に立たなければならないが、麻理恵はどうする?」
「それなら、待つ間にお祭り見て回りたいです」
「分かった。従者は付けるから、何かあれば彼に」
僅かに心配するような視線を向けられた。
無闇に魔法に近づかないように気をつけなくちゃ。
***
帝都ほどの規模ではない、と殿下は話していたけれど、実際に参加して見れば十分すぎるほどの大きなお祭りだ。
誰もが殿下の誕生日を祝っているのが伝わってきて、民衆の支持に厚い皇太子なのだなと思う。
華やかな音楽に、楽しげな露店の雰囲気。
「お嬢さん、おひとついかが?」
屋台のおばさんに勧められたのは、桃のような、りんごのような、見たことのない果物だった。
大きさは蜜柑ほど。桃のような強く甘い香りがとても美味しそうで、思わずひとつ買ってしまう。
「これは何ですか?」
「おや、異国の人かい?セリムだよ。帝国の特産品さ」
「へー」
皮を剥かずに食べられるということで、一口齧ってみる。
リンゴのようなシャリっとした食感と、桃のようなねっとりとした甘さが堪らない。
フルーツタルトとかコンポートとかにしたら美味しそうだな…と想像したところで「セレスティアと食べる菓子には向かないぞ」と後ろから声をかけられた。
「殿下。なんでです?」
「熟せば熟すほど甘みと共にアルコール作用を増す果実なんだ」
セリムの実。
女神の愛した果実とか、食べると女神に会えるくだものとか言われているらしい。
煙草やお酒のような大人の嗜好品という扱いだ。
子供たちは、まだ若い実を砂糖漬けにしたりして食べるのだとか。
「それも酸味があって美味しいのよ」とおばさんが教えてくれた。
「ご挨拶、終わったんですね。お疲れ様でした」
「ああ」
……特に何も言われないけれど、一緒に露店を回ってくれるらしい。
セレスティアへのお土産はどうしようかな、と考えているところで、銀細工のアクセサリーを扱う屋台の前で足を止める。
「何か欲しいものがあったか?」
「これ、セレスティアの瞳の色に似てるなぁって思って」
それは、青い魔法石の嵌め込まれた銀細工の髪飾りだった。
「そうか。店主、それをもらおう」
「ありがとうございます」
私が何か言う間もなく、殿下は代金を支払っていた。
感じのいい店主の男性から包みを受け取り、殿下はそれをそのまま私の手のひらに乗せる。
「貴女からセレスティアに渡してやってくれ」
「え?」
「その方が、あの子は喜ぶ」
頼むよ、と言い残して、次の店へと歩き出す彼の後を慌てて追いかける。
――ふと思い直して、先ほどのアクセサリー店へ戻った。
「おじさん、これもいただけますか?」
私が買ったのは、同じ色の石のついたブローチだった。
***
ヴェンデル邸で催される皇太子の歓迎パーティーに参加し、深夜。
ダンス用のきらびやかなドレスから、楽なデザインのワンピースに着替える。
お手伝いしてくれたヴェンデル邸のメイドさんたちにも下がってもらって、私は客間として案内された部屋から、外の空気を吸うべくベランダに出た。
「疲れた…」
あちこちにまだ華やかな雰囲気を残すヴェンデル領の景色を見ながら小さく呟く。
お祭りは楽しかったが、やはり政務。
生まれて初めて参加するパーティーが「皇太子のパートナー」という肩書きなのはなかなかハードだ。
しかも異世界。
相手の魔法を打ち消しているのがバレないかと始終ハラハラする羽目になった。
「たくさんフォローしてもらっちゃったなぁ」
一人きりにさせるにはあまりにも心許なかったのか、基本的には常に隣にいてくれた。
ダンスのお誘いも、さりげなく断り続けてくれていたし。
「真理恵?」
「殿下?」
階下から声がして、視線を向ける。
ひとりで庭にいたらしい殿下が、少し驚いたようにこちらを見上げていた。
……あ、そうだ。
「そちらに行ってもいいですか?」
私の問いかけに、彼は意外そうにしながら頷いた。
***
庭園へ出ると、殿下はグラスを片手に私を待っていた。
「どうした?何かあったか?」
「いえ……ええと、これをお渡ししたくて」
おずおずと包みを差し出した。
受け取った殿下が包みを開くと、銀細工のブローチが現れる。
「これは?」
「さっきのアクセサリーのお店で買ったんです。セレスティアに買った髪飾りとお揃いだなって」
青い石。青い瞳。
同じ色なのは、彼女だけではないから。
「お誕生日おめでとうございます。いつも、ありがとうございます」
伝えたのは、本心。
殿下は一瞬呆気に取られたようにして、それから表情を崩す。
「ありがとう、真理恵」
今まで見た中で一番柔らかな、彼の笑顔だった。




