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05 皇女の祈り

地下の研究室から、皇女宮に与えられた私の部屋へと向かう。

階段を上がり、長い廊下の角を曲がったところで「真理恵!」と私の名前を呼ぶ声がした。

振り向くと、どんっと腰の辺りに弱く衝撃が走る。

抱きついてきた、銀髪の少女。

息を切らして、大きな青い瞳でこちらを見あげていた。



「セティ?どうしたの?」

「終わったの?大丈夫?痛いところはない?」



矢継ぎ早な質問は、私を心配してのことらしい。

何も痛くないよ、と頭を撫でると、セティは大げさなほどに胸を撫でおろす。



「何かあった?」

「……ルキウス様、司教様としては優秀なんだけど、魔法の研究者としてはちょっと、なんていうか……熱中し過ぎるところがあるから……」

「はは…」



最後の実験の話は、セティにはしないでおこう。



「大丈夫よ、ありがとうね」

「うん、おかえりなさい」



嬉しそうに笑いながら、私に抱きつく腕にほんの少し力が籠もる。いつもと少しだけ様子が違うように思えた。



「何かあった?」

「あ……え…っと、私も、さっきまで神殿に行ってたから、ちょっと疲れちゃった。真理恵のお菓子、食べたいな」

「――いいよ、何食べたい?」



何かを、はぐらかされたような気がした。

セティだって私に話したくないこともあるだろうし、無理矢理聞こうとも思わない。

指先で、彼女の前髪をくすぐるように撫でる。セティは少し悩むようにしたあと、「甘くて冷たいものがいいわ」といたずらっぽく笑った。



***



ルキウスと別れたところで、ふと天井を見上げる。

血を分けた兄と妹である影響なのか、アレシオはセレスティアの加護の力に対して誰よりも敏感だった。



「……今日のセレスティアの予定はどうなっている?」

「皇女殿下でしたら、教会にいらっしゃるはずです。そろそろお戻りの予定ですが」

「そうか」



北方地域の結界の揺らぎが過去に比べて頻発しているのは、報告書にもあった。その影響で、セレスティアも礼拝堂での祈祷の時間が増えている。



「(今は、それで対応出来ているが…)」



いずれ、どうなるか分からない。

執務室に戻るべく、皇子宮と皇女宮の間にある回廊を通る途中で、耳慣れた笑い声に足を止める。

庭園で笑い合う、銀髪の皇女と、黒い髪の、自分より少しだけ年上の女性。

アレシオの視線に気付いたセレスティアが「兄様!」と声をかける。ほほ笑んで軽く手を振り返すと、真理恵がその隣でぺこりと頭を下げた。



「ねぇ兄様、真理恵がまた新しいおやつを作ってくれたのよ!」

「ほう?」

「アイスクリームっていうんですって。甘くて冷たくてとっても美味しいの」



とろけるような笑顔で言いながら、セレスティアは皿を差し出す。ちょこんと、小さな白い塊が置かれていた。

指先で触れた瞬間、ひんやりとした冷たさが伝わる。



「これは……雪か?」



と小さくつぶやくと、真理恵は小さく微笑んだ。



「こちらを使ってくださいね」



触ってると溶けちゃうので、とデザートスプーンを渡される。

バニラの甘い香りと、ほのかにミルクの甘さを感じるその塊は、口に含むとすっと溶け、甘さと冷たさが舌先に広がった。

アレシオは目を丸くして、静かにその味を楽しむ。宮廷で味わうものの中で、これほど珍しいものは初めてだった。



「……すごい人だな、貴女は」



ぼそりと口にした言葉は真理恵には届かなかったのだろう、不思議そうに首を傾げる。

あんなにも不安定だった結界が安定を取り戻していることを肌で感じる。それは、セレスティアの心の安定と密接に関係しているようだった。

やはり、この2人を引き離すのは得策ではない。

妹の笑顔を見ながら、アレシオは心の中でそう呟いた。



***



夜更け。

窓辺のカーテンがわずかに揺れ、外から涼やかな風が吹き込む。寝室の灯りは机の上の小さなランプだけで、淡い光が銀糸の髪を照らしていた。

セレスティアは鏡台の前に腰を下ろし、宝冠箱に手を伸ばす。

代々、「女神の生まれ変わり」が引き継ぐものだ。

中には魔法石が散りばめられた白金に輝く小ぶりなティアラが納められている。

頭に乗せた姿を鏡に映す。

もうすぐ開かれる皇太子アレシオの生誕祭、そしてその後やってくる建国祭で使うことになる。

兄の生誕祭はいい、問題は、建国祭での祈りの儀だった。



「――…」



子供の自分には、まだまだ不釣り合いに思えるその神具。

そっと、儀式用の冠を外す。

魔法石の輝きが消え、ただの冷たい金属の輪が手の中に残る。その重みが、役目の重さそのもののように思えた。


結界の揺らぎ。

そんなこと、生まれてから一度だってなかった。

――否、女神の加護が揺らぐなど、建国から一度だってあってはならない。

今までも、これからも。

私は、女神セリシアの怒りを買ったのかしら…


――女神の生まれ変わり――


幼いころから言われ続けてきたその言葉は、今や冠よりもずっと重く首にかかっている。

窓の外、遠くの城下町にはまだいくつか灯りが瞬いていた。

あの光の下で、人々は今日も加護を信じて眠っている。その信頼を守るためなら、少しの疲れや孤独など我慢できる。

……そう思っているのに、胸の奥はざわついたまま。

ベッドに横たわっても、まぶたはなかなか閉じられない。


真理恵の笑顔が、自然と思い浮かぶ。

彼女の隣にいると、重圧がほんの少し薄らぐ。温かな毛布に包まれているみたいに、心が軽くなる。



「……アイスクリーム、美味しかったな」



もっと一緒にいたい——そう思うのは、わがままなのだろうか。

ランプの炎を消して、セレスティアは静かに目を閉じた。心の奥に沈めた願いと寂しさを抱えたまま、夜はゆっくりと更けていく。

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