03 銀の髪の皇女様
「真理恵!今日のお菓子はなぁに?」
厨房に飛び込むようにやってきたセレスティアに笑いながら、私はメレンゲを泡立てていた手を止める。
お茶会でお菓子を振舞って以来、セレスティアから「お菓子作り担当」に任命された。
セレスティアのプレゼンの賜物か、あるいはアレシオ殿下の配慮か。
厨房とお菓子作りの材料は自由に使って良いとのことで、いつ行っても厨房の皆さんに歓迎される。
それどころか、作り方を教えて欲しいと頼まれることも増えてきた。
魔法に頼らず手間暇を惜しまず作る、というのが新鮮に映るらしい。
居場所が出来たようで嬉しくて、私もつい張り切っしまうのだけれど。
「今日はクッキーとレモンタルトだよ」
「やったぁ!私、真理恵の作るレモンタルト大好きよ」
はしゃぎながら、セレスティアは私の手元を覗き込む。
昨日から漬けておいたレモンの蜂蜜漬けに目を輝かせる姿が可愛らしい。
「今日は来るのが遅かったね」
「うん。最近、教会に来るように頼まれることが多いんだよね」
北方地域で魔物が出てるから、その結界の強化なんだって、と世間話のような口ぶりで言いながら、セティはこっそり瓶からレモンの蜂蜜漬けを摘み上げて口へ放り込む。
「あ、こら」
「へへ、ごめんなさーい」
私たちのやりとりを、周りの人たちが微笑ましく思われていることは感じていた。
そして、その空気を作ってくれているのがセティであるということも。
「今日は兄様もお城にいるんだけど……、お茶に誘ってもいい?」
「いいよ」
頷いて見せると、セティはとても嬉しそうに微笑んだ。
***
「お招きありがとう。セレスティア、…真理恵」
今日のお茶会の会場はセティの私室。
護衛騎士を伴って訪れた殿下は、騎士に部屋の外で待つように告げ、室内へと入ってくる。
私の名前を呼ぶ殿下の声が若干柔らかくなっているように感じるのは、日々差し入れるお菓子のおかげだろうか。
マリアさんに教わったようにテーブルをセッティングし、2人に振舞う紅茶を淹れる。
「いただこう」
「いただきまーす」
2人並んで、切り分けたタルトを口へ運ぶ。
相変わらずの優雅な所作に何度見ても見惚れてしまう。
普段の殿下はポーカーフェイスなことが多いのであまり感じないけれど、こうして兄と妹が並んで甘味を楽しんでいる表情は、やっぱり似ている。
思わずふふ、と声を漏らすと、2人の訝しむような視線が同時にこちらを向いた。
「ごめんなさい、やっぱり似てるなぁって」
「そうか?」
「はい、お二人の髪の色が違うので、普段はあまり感じないですけど。そうやって甘いものを食べて幸せそうにしてる表情は、そっくりです」
私の言葉に、殿下はぴくりと眉を持ち上げ、セティは嬉しそうに目を細める。
そういえば国王夫妻も金髪なんだよね…。
この国で知り合った人々も、金や茶の髪色は多いけれど、セティのような美しい銀髪にはまだ出会ったことがない。
「私の髪は、特別なんだって」
「特別?」
「女神セリシアの色。だから、父様にも、母様にも、兄様にも似てないの」
当たり前のように笑いながら話すのに、その横顔はどこか寂しげに見えた。
「私は好きだよ。陽の光にキラキラして、とっても綺麗」
「ありがとう」
一瞬、驚いたように目を見開いた後、セティは花が咲くように笑う。
彼女の隣に座る殿下も、ふ…っと肩の力を抜いたように表情を和らげたのが妙に印象的だった。
紅茶のおかわりも淹れ、和やかな雰囲気が流れていたところでセティ付の侍女が部屋へと入ってくる。
心底嫌そうな表情で、セティは彼女の耳打ちに頷く。ため息をひとつ吐いた後、名残惜しそうに紅茶のカップを口へと運んだ。
「楽しい時間はすぐ終わっちゃうわ。これからの授業が地獄みたいに思える」
「終わったらまた食べられるように、マリアさんにお菓子包んでもらっておくね」
「ほんと!?真理恵大好き!」
全力で私に抱きついたあとで、セティは「それじゃあ兄様、お先に失礼致します」とスカートの端を持ち上げて優雅に礼をする。
ああ、と殿下が答えたのに微笑んで、彼女は部屋を出ていった。
セティの姿が完全に部屋の外へと消えて、静かに扉が閉められる。
皇太子とふたりきり。
それでも、以前のような堅苦しい空気にならないのは、セティが私を好いてくれている、というのが大きいのだろう。
皇太子という立場上、常に冷静で感情的になることの少ない彼だけれど、妹であるセレスティアに対してはとても甘い。
彼女の前では兄の顔になるのが、付き合いの浅い私でも分かる。
大切な妹のお気に入りを無碍にも出来ない、という兄心に救われている気がする。
「ありがとう」
「えっ、はい?」
唐突な言葉に、思わず聞き返す。
殿下は困ったように笑ったあと、一口紅茶を口へと運んだ。
仕切り直し、とでも言わんばかりに「セレスティアのことだ」と言葉を改める。
「あの子が、あんなふうに年相応にする姿を見るのは久しぶりだよ。貴女のおかげだ」
「そう、なんですか……?」
私の前では、いつだって、少し大人びてはいるけれど、天真爛漫で無邪気な女の子なのに。
頷いて、殿下は指先でデザートフォークを弄ぶようにする。
「あの子は、セレスティア皇女殿下、それ以上に……女神セリシアの生まれ変わり……生まれた瞬間から、帝国の人間全員にそうであることを強いられて育っている。
国王夫妻――俺たちの両親ですら、一人娘の誕生ではなく、“銀色の髪を持った子供”の誕生に歓喜したよ……これで、自分たちの時代の帝国は安泰だ、と」
「……。」
「だから今でも、あの人たちはセレスティアの言う事なら反対しないし、……極端な話、言いなりだ。
貴女の滞在についても、そうだったろう?」
セティの、髪色の話をしたときの表情を思い出す。
当たり前のように、でも寂しそうに。
そして、国王夫妻との謁見のときも。
セレスティアが言うのなら、と彼らは言っていた。
あれは娘への信頼の言葉ではなく、女神の生まれ変わりである少女の言葉だから、という意味か。
同時に、アレシオ殿下が何故セレスティアに甘いのかも、なんとなく理解する。
両親の分も、彼女を守り、愛した結果なのだろう。
「だから、セレスティア本人をきちんと見て、可愛がってくれている貴女には、感謝している」
敬意すら込められたその言葉に、胸の奥にじわりと広がるものがあった。――でも…。
「でもそれは、殿下も同じですよ?」
「は…?」
「異世界から来た得体のしれない娘の淹れたお茶を飲むときくらい、皇太子ではなく、アレシオ・ルミエステとして肩の力を抜いてくれたら嬉しいです」
「……はははっ」
彼はあっけにとられたように私の顔を見つめたあと、そうだな、と声を上げて笑う。
「ありがとう、真理恵。」
私を見つめる青色の瞳が、穏やかに微笑む。
その表情はやはり、セレスティアにとてもよく似ていた。




