23 教会からの手紙
「皇女殿下、お手紙をお持ちしました」
いつも通り差し出すと、封蝋をみた彼女の表情がさっと曇ったのが分かった。
文机に着くとと、皇女殿下は丁寧な手つきで封を開ける。
教会からの手紙には特殊な魔法が掛けられており、差出人と宛先人以外には開封出来ないようになっている。
それはつまり、皇室でさえも教会からの手紙は検閲出来ないということ。
皇室と教会の、微妙な均衡を表しているようだった。
無言で目を通した後、
「……ルルリエ、便箋をくれる?一番シンプルなので構わないから」
はぁ、と小さくため息をついてから、皇女殿下はそう言ってペンを取った。
「それから……お茶を淹れてくれる?」
「かしこまりました」
皇女殿下の指示通り、一度部屋を後にする。
よろしくね、と微笑んだ彼女が、少し疲れているように見えた。
***
ひとりになった部屋で再び、セレスティアは手紙に目を通す。
―――
春の兆しと共に、女神の御加護が再び満ちゆくことを喜び申し上げます。
殿下の御心が民へ光をもたらしつつあること、教会としても安堵しております。
この喜びをより確かなものとするため、神殿にて祈りの儀を執り行います。
殿下にもぜひご参列いただきたく、近日中にお運びください。
女神の御業は民を守るためにございます。
決して皇室の権威のみに帰するものではございません。
皇女殿下においても、皇室は民の上に立ちながらも、女神に仕えるひとつの務めを担うにすぎません。
どうかその本分をお忘れなきよう。
殿下の健やかなる日々と、帝国の平穏を祈りつつ。
―――
一見すれば、神殿へ足を運べという催促の手紙だ。
しかしその裏で、
女神とその加護は決して皇室の象徴であってはならない
という協会からの明確な主張が見え隠れする。
「(……また、私に鎖をかけるのね)」
時折、こうして教会から手紙が届く度、教会の司教に女神の教えを説かれる度。
私は茨に手足を絡め取られるような、決して逃れられない鎖をかけられるような、重く苦しい気分になる。
女神の生まれ変わりである私は、
彼らの与えた役の中でしか生きられない。
それが、息苦しくてたまらない。
けれど同時に、この重みに生かされているという逃れられない安堵もあった。
父である皇帝にとっての私の価値は、「女神の生まれ変わりでありながら皇女である」ことだ。
人々にとっても、だからこその象徴となりうる。
私が力を失えば、国境を護る結界は弱まり、災いが帝国に押し寄せる。
戦も、飢えも、病も。
人々の暮らしを支えるすべては、女神の加護に根ざしているのだから。
だからこそ皇帝は……皇室は、加護を担う私を国防の要にするのだ。
女神を信じることは、この帝国を信じることと同義。
もし力が衰えれば、その非難は皇室、そして私に真っ直ぐ向かう。
父だけではない。
あの優しかった兄ですら、私を見放した。
それくらい、私は彼らを失望させてしまった。
教会の求める「女神」を演じている限りは、
父の求める「皇女」を演じている限りは、
私は棄てられることはないのだろう。
私ひとりが背負うには、あまりにも重い。
それでも逃げ場はない。
重い、苦しい、つらいと弱音を吐くことも許されない。
笑うこと、泣くこと、――息をすることすら、すべて帝国と女神の名の下に縛られている。
要は、空っぽなのだ。
私のために、私が選んだものが、何もない。
「真理恵…会いたいよ……一緒にいてよ……っ」
女神の生まれ変わりでも、皇女でもない「私」を大好きだと言ってくれた、唯一の人。
私が、私のせいで、死なせてしまった人。
選んだのも、欲しがったのも、彼女だけだったのに。
結局それも、私のせいで――
コンコン、という控えめなノックの音で我に返る。
「お茶をお持ちしました」というルルリエの声だった。慌てて手紙を畳んで封筒に戻す。
「入って」
「失礼いたします」
いつものようにティーセットを乗せたトレイを持って入ってくる。カップにお茶を注いでもらうと、優しい甘い香りが広がった。
――大丈夫、今だけは。
私はちゃんと私でいられる。
「ねぇ、ルルリエ。あなたはずっと私と一緒にいてくれる?」
何の脈略もない問いかけに、ルルリエはきょとんと瞬きをする。
そしていつものように笑った。
「もちろんです。皇女様にそう望んでいただける限り」
約束が、必ずしも果たされるわけではないと、私だって知っている。
けれどこの子なら、また信じてもいいかも知れないと、そう思った。




