22 再会
「近頃の皇女殿下は、よく笑っていらっしゃるようですな」
「そのおかげか、加護の揺らぎも安定。範囲も拡大しております」
政務会議、議場にて。
上機嫌にそんな報告をする高官たちに、アレシオはひとり息をつく。
ここ数年、政務会議での話題は加護の力の弱まりと、それに関連する国内への影響を危惧するものばかりだった。
それ故に、彼らが喜びを顕にするのも無理からぬことであると、皇太子の立場としては理解している。
「(しかし…15年経ってもなお、セレスティアを“女神の生まれ変わり”としか見ていないのだな…)」
15年という時の流れもあり、政務会議の出席者も多くが入れ替わった。
しかしながら、頭をすげ替えたところで、体質は変わらない。
参加する家門自体が変更されることは殆どなく、多くは女神信仰に熱心な歴史ある家ばかりだ。
新興貴族を入れて新しい風を…と若手が主張したところで、最終的に許可を出すのは現皇帝である。
酷く偏った保守派であるあの男が、進んで現状を変えるとは到底思えなかった。
「――少し外の空気を吸ってくる。すぐ戻る」
「承知しました。」
政務官にそう告げ、ひとりで議場から外に出る。
雲ひとつない、鮮やかな青空だった。
やっと息が吸える、と襟元を緩めてひとつ、ふたつと釦を外す。
「きゃあっ」と悲鳴が聞こえて思わずそちらを振り返る。
突風に煽られたらしい侍女と、彼女の手の中から奪われるように宙を舞う手紙。
自分の足元に落ちたそれを、反射的に拾い上げる。
「…電柱」
それは、セレスティアへと宛てられたものだった。
「申し訳ございません…!ありがとうございます!」
先程の侍女が息を切らしながら駆けてくる。
そこで初めて、それが先日の辞令式で顔を合わせた
セレスティアの侍女だということに気がついた。
「……ルルリエ・ベルフォート」
ちょうど、セレスティアの変化はこの侍女が新たに加わってからだと聞いた。
「っ、はい」
驚いたように、細い肩が小さく跳ねる。
――似ている、と思った。
「怪我は?」
「えっ…いえ、私は大丈夫です」
「そうか」
す、と手紙を差し出す。
ありがとうございますと嬉しそうに、安心したように笑うその笑みに、セレスティアが頑なに閉ざしていた心を開く一端を垣間見た気がした。
「先日は、碌な言葉も掛けずに申し訳なかった」
「え……え…?」
「昇格おめでとう。今後も働きに期待している」
何を言われたのか分からない、というように固まる彼女に小さく笑う。
「妹を頼むよ」
去り際に告げる。
はっとしたように慌てて深々を頭を下げたルルリエに背を向けて、アレシオは議場への道のりを引き返す。
***
手紙を受け取ったあとも、私はしばらく動けなかった。
胸の奥が熱く、どうにも落ち着かない。
耳の奥に、まだ彼の声が残っている気がする。
「(私の知ってる、アレシオ殿下だ……)」
丁寧で、思いやりをもって接してくれた。
それは上に立つ者の義務としての態度、というよりも、相手人を気遣う“人間”としての在り方に見えた。
けれど——。
「(なおさら…セティへの態度が分からない…)」
あの一瞬、手紙を差し出すときに皇太子が浮かべた表情。
少なくとも、嫌っているようには思えない。
妹を頼むというその言葉は、彼女に対する愛情そのものだろう。
皇女殿下は、皇太子に嫌われていると話していた。
それだけ徹底して、彼女を避けているということだ。
15年という、長い間。
たったひとりの妹を悲しませることも、誤解されることも覚悟の上で。
「(……大事だから、遠ざけなければならない理由って何?)」
そばにいるほど危険が及ぶから?
遠ざけることで守れるから?
皇太子ほどの立場の人間が、遠ざけることでしか守れない相手ってなんだろう…。
「はぁ…」
小さくため息を吐き出す。
多分、今日の皇太子との会話を包み隠さず皇女殿下に話したところで、素直に受け取ってはもらえないだろう。
そもそも、私の言葉ひとつで解ける呪いなら、きっとセレスティアはこんなに苦しんでいないのだから。
「……これ…」
改めて、皇太子殿下から受け取った封筒へ視線を落とす。
上質な紙、薄紫色の封蝋に、星と環を幾重にも重ねた金色の印。
差出人など書かれていなくとも、帝国の人間なら封蝋を見ただけで分かる。
「教会……」
女神の声を聞き、民の声を届ける代理人。
女神の加護の恩恵を受けて生きる私たち帝国民にとっては、神聖な場所であるはずなのに。
何故か今は、酷く不穏な手紙のように見えた。




