21 皇太子と皇女
メイドから侍女への昇格に伴い、私室も異動することになった。
皇女宮の1階から、皇女殿下の居室と同じフロアの2階に移ることになったのだ。
相部屋から個室になり、室内の調度品も質素なものから少しランクアップする。
今の部屋から私物を全部引き上げていらっしゃい、とのマリアさんの指示で部屋を片付ける。
「(…とは言っても、まだほとんどないんだけどね、私物)」
2時間ほどで片付いてしまい一息ついていると、遠慮がちに部屋のドアをノックされた。
「みんな…どうしたの?」
ほぼ同じ時期にメイドの仕事に入った3人だった。
「今日から部屋移るっていうから、お祝いと餞別」
「わぁ、紅茶とクッキー。ありがとう」
「ねっ、辞令式どうだったのっ?」
やや食い気味にそう尋ねられる。
こっちが本音だな…。
なんだかんだ、他の2人も興味津々らしい。
「別に……普通?」
「普通なわけないじゃないっ!式典でもないのに皇太子と皇女が揃う場面なんて滅多にないのよ?」
「……なんで?」
「理由は知らないけど。皇太子殿下の方が、皇女殿下を冷遇してるとか…」
「女神に見放された皇女様を皇太子殿下が嫌ってるとか…」
「…ふーん…」
内心で、15年前のあの穏やかだった兄妹の姿を思い出す。
あの頃と比べると、確かに今は全く違う雰囲気だ。
彼女たちの噂話がどこまで真実かは分からない。
けれど、15年前のふたりを知っている私にはどうしても、皇太子がセレスティア殿下を嫌うようには思えなかった。
***
就寝前。
鏡台の前に座る皇女殿下の長い髪を櫛で梳く。
美しい銀髪がランプの灯りが反射するたびにキラキラと輝くその様子は、星の欠片を零したようだった。
「お綺麗です」
「ありがとう。あなたの手は優しくて気持ちいいわ」
鏡越しに、ふっと殿下の表情が緩む。
侍女という立場になって約2カ月。
お茶すら淹れさせてもらえなかった頃から比べると、髪に触れられるほどに気を許してくれたのが素直に嬉しい。
「あなた、家族は?」
「田舎に父と母がいます」
「兄弟は?」
「いえ、一人っ子です」
「そう。……ねぇ、ルルリエ」
「はい」
「あなたから見て、私と…皇太子の関係はどう見えたかしら」
「え……っと…」
突然の問いかけ。
何も言えない私に、鏡に映る皇女殿下は自嘲するように微笑む。
寂しげな瞳を隠すように、少しだけ瞼を伏せた。
「理由もなく、あんな態度を取る人じゃないのよ…?優しくて、責任感が強い人。だから多分、私のせいで…兄様には嫌われてる」
「そんなこと…」
「ううん…。女神の加護が弱まってるのは事実だし、そのせいで皇室全体が民衆から批判されてるのも知ってるわ」
指先で、長い長い銀の毛先を弄びながら彼女は言う。
銀色の髪は女神の象徴、青い瞳は皇室の血筋の証。
誰よりも特別なのだと、父にも母にも教会にも言われて育った。
それなのに、自分は役立たずになってしまった。
「役立たずの皇女は、必要ないのよ」
吐き出された言葉は、自己否定。
言葉に詰まる私にはっとして、皇女殿下は話題を変えようと唇を開く。
ここで、何かを言わなければ。
多分、今黙って彼女の優しさに流されたら、二度とこの話題に触れることはしないだろう。
そう思ったら、考えるより先に口は動いていて。
「私は…っ、それでも、大好きです。皇女殿下のこと」
「え…?」
鏡を見つめていたはずの青い瞳が、こちらを振り向いた。
「大好きなんです。ずっと。理由なんかないけど」
視線がぶつかる。
ぽかんと私を見つめ、殿下は堪えきれなくなったようにふふっと吹き出すように笑った。
「あはっ、あははは…っ…普通、そんなふうに本人に言う?あはっ、あはははっ」
とても楽しそうな笑い声だった。
しばらく涙を流すほどに笑ったあと、目尻に溜まった涙を指先で拭う。未だに収まらない、というよう
に肩で息をしながら、私を見上げて微笑んだ。
「ありがとう。私も、あなたのことはとっても好きになれそうよ」
笑わぬ皇女の雪解けは、すぐそこにーー。




