20 一番好きなクッキー
皇女、マリアさんと共に皇女の居室へと戻る。
殿下は小さく息を吐き出すと、身を投げ出すようにソファへと腰掛けた。
背凭れに全体重をかけるように、両手で顔を覆ったまま天井を仰ぐ。
辞令の交付式が終わっても、やはり元気がない。
「少し疲れたわ」
「お茶、お淹れしますね」
居室から繋がる小給仕室へ向かい、お茶の用意をする。
いつものようにカップをひとつ用意して部屋に戻ると、「今日はあなたとマリアの分も淹れてくれる?」と注文された。
「え?」
「……お祝いだものね?」
「っ、すぐ用意します!」
慌てて引き返す私の後ろで、クスクスと笑う小さな声が聞こえた気がした。
紅茶とお菓子をテーブルに並べ、皇女殿下とマリアさんと3人のお茶会が始まった。
「わぁ!カドリーヌのお店のクッキー」
「ルルリエのお祝いだから特別よ」
マリアさんはニコッとウインクをする。
カドリーヌ洋菓子店……帝都でも有名なお菓子屋さんで、皇室ともお付き合いがある美味しいお店。
つまり、高級品なのだ。
実家にいるときは遠くて買えず、下っ端メイドとして帝都に勤めに出てからも、なかなか買えずにいたのだけれど、まさかこんな場面で食べられるなんて。
目を輝かせる私に、殿下とマリアさんは顔を見合わせる。
「たくさん食べていいわよ、あなたの昇格祝いなんだから」
「ありがとうございます。…でも、皇女殿下は…」
「うん……、好きなんだけど、ね」
殿下はそう言いながらクッキーを1枚摘み上げ、なんとなく指先で弄ぶ。
「もっと、一番好きなクッキーがあるの」
「一番好きな?」
「ええ。子供の頃大好きで、ねだってよく作ってもらっていたの」
どこか寂しげに言って、彼女はクッキーを口へと運ぶ。
「甘くてサクサクで、とっても美味しくって。……よく、彼女の作ったお菓子で3人でお茶したのよ」
その言葉に、胸が締め付けられるような気がした。
まだ忘れずに想っていてくれる嬉しさと、悲しませてしまった事実への自己嫌悪で気持ちが行き来する。
「彼女」とは誰なのか、「3人」という言葉がそれぞれ誰を指すのか。
私は誰よりもよく、それを知ってる。
「ねぇマリア。明日のお茶のおやつはケーキがいいわ」
「承知しました。手配しておきますね」
言葉に詰まった私を見透かすように、皇女殿下は柔らかく話題を変える。
「(……そういうところは、変わらないね、セティ)」
きっといつだって、助けてもらうのは私の方だ。




