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18 女神の祝福

あの日から、皇女殿下に出す午後のお茶を持っていくのはルルリエ、という暗黙の了解のようなものが出来てしまった。

まだ言葉を交わす機会はほとんどない。

それでも、淹れたお茶にはきちんと口をつけてくれるようになっただけで大きな進歩だ。



「(問題は、これだよねぇ…)」



はぁ…とため息をついて給仕室を見渡す。

微妙に昨日の違う茶葉の場所。

私が給仕室を使いたいこのタイミングを狙い澄ましたような、汚れたまま放置された大量の茶器、食器。

ここで仕事をする人間同士でしか分からない、小さな嫌がらせ。



「皇女がルルリエの淹れたお茶を飲んでいるらしい」

「侍女頭がルルリエを贔屓している」



そんな話が皇女宮のメイドたちの間で出回っているのは、当事者である私の耳にも入っていた。

マリアさん以外のほぼ全員がお茶すら淹れさせてもらえない中で、やってきてまだ1ヶ月そこそこの新人が受け入れられたというのは長年勤めてきたメイドたちにとってはなかなか屈辱的なのも…分からないでは…ない、けれども!



「(地味にストレスぅ〜…!)」



皇女のお気に入りの茶器を割る、みたいな直接的な被害が不幸中の幸いというか…。



「(マリアさんが烈火の如く怒るの分かってるから、誰もやらないんだろうな…)」



可愛い顔して、皇女宮のメイド全員の責任です!とか笑顔で言い渡すタイプの上司なのである。

犯人探しも反論も言い訳も、口にする間もなくもれなく全員クビにされそうなので、多分今後もその類の嫌がらせの心配はない。

茶葉の位置を全て所定の棚に戻し、皇女殿下の午後のお茶の用意に取り掛かる。



「あれ……?」



いつも使っている茶器とトレイがいつもの場所から消えていた。



「午後のお茶って誰か持っていってくれたの?」

「ああ、さっき侍女頭が持っていったわよ。殿下のお部屋に行く用事があるからって」

「そっか……、」



作業台の汚れがふと目に付いた。

落とした茶葉をそのままにしていくような人じゃないから、多分他のメイドがお茶の用意したものを持っていったのだろう。



「フロリナ茶……珍しい…」



あまり、皇女殿下には出したことのない紅茶。

どちらかといえば貴族よりも庶民に親しまれる、帝国内でもメジャーで手に入れやすい茶葉だ。



「……、」



胸騒ぎがした。

作業台の上の茶葉を拾い上げて、そっと口に含む。

フロリナ特有の甘い香りと、――その奥に、苦味。

舌がピリつくような感覚があった後、金色の魔法陣が一瞬発動して消えた。


《祝福》の発動。

私の効果は、薬・毒に対する拒絶。無効化。



「(これ…フロリナの茶葉じゃない…)」



「ねぇ、侍女頭っていつ頃来た!?」

「えっ…10分くらい前だと思うけど…」



私の剣幕に、同期が驚いたように振り返りながら教えてくれた。

「ありがとう!」と叫びながら、皇女の私室へと走る。10分、ちょうどお茶を淹れ終えて飲み始める頃だろうか。



「間に合え…間に合え間に合え…!」

またあの子に、あんな思いをさせちゃダメだ――



***



バタンッとノックもせずに乱暴に部屋の扉が開いた。

息を切らして現れたルルリエは、今まさに口を付けようとしていたセレスティアの手から紅茶のカップを引ったくった。



「ル、ルルリエ…?」

「もうしわけ、ありません……少し、急ぎで…」



困惑したように声をかけるマリアに、ルルリエは紅茶のカップを差し出した。

カップに底に残った液体の色と香りの変化にマリアは青ざめた。



「…ありがとう、これはこちらで対応します。ルルリエは殿下をお願い」



マリアはすぐに表情を切り替えると、部屋の外に控える護衛にティーポットとカップを回収してそのまま保全するように伝える。

普段は静寂に包まれた部屋が、一気に騒然とする。

いつものお茶の時間が一瞬で様変わりしてしまった様子に、セレスティアは呆然とそれを眺めていた。



「……大丈夫ですか?」

「え……あ…何が…」

「……今日のお茶が、普段殿下にお出しするものと、別のものにすり替わったものだったようなので……」



紅茶の異変、バタバタと慌てる周囲。 

嫌でも、15年前の光景が蘇る。

心配そうに顔を覗き込まれて我に返った。

呼吸が酷く浅いこと、全身が震えていることに気がつく。

大丈夫、違う、あのときとは違う。

必死に頭の中で言い聞かせる。



「ルルリエ…あなた、どうしてあれがおかしいってわかったの…?」



確かに、あまり慣れない香りの紅茶ではあった。

しかしマリアが「今日はフロリナの紅茶ですね」と当たり前のように受け入れていたので、特に気に留めなかったのだ。



「フロリナには、フロリナモドキというよく似た花があるんです。モドキは、お茶にすると腹痛や頭痛を引き起こす作用があります。

フロリナは平民にも親しまれているお茶ですし、茶葉の段階ではあまり違いがないので…マリアさんも間違いに気が付かなかったのだと思います」

「でも…私はまだ飲んでいなかったわ」



それなのにルルリエは、間違いに気付いて慌てて止めに来た。



「えーっと…舐めたので…」

「舐めた!? 毒を!?」

「毒というか、茶葉ですね…。……《祝福》が発動したので、毒だと判断しました」



一瞬、話すかどうか迷うような間があった。



(祝福……?)



セレスティアは思わずルルリエの手元を見つめる。

確かに、彼女の加護には淡い光が差し込んでいた。けれどそれはただの加護ではない。

女神の印を重ね描いたように、幾重にも織り込まれた魔法陣の残滓——。



「……確かに、女神の祝福を受けているのね」

「分かる、んですか…?」

「ええ。特別な陣が見えるから」



どうやらルルリエには本当に毒の影響はないらしい、内心でほっと息をつく。



「ええと…茶葉だと見分けがつきにくいんですが、お茶にして少し経つと毒が溶け出して色も香りも全然違うんです。

……多分、すぐに気がつく想定の、……私が間違えたことにしたかった悪質な悪戯……だと思います」

「そう…。……それでも、私を害そうとした事実には変わりないわね」



はぁ、とセレスティアは小さく息をつく。

マリアは優秀だ、皇女宮でのメイド同士の嫌がらせ程度なら1日もあれば犯人も動機も明らかにさせるだろう。



「……その手…」

「え?あっ…、」



セレスティアの視線に、ルルリエは慌ててメイド服のエプロンで紅茶を被った手を拭いた。

はぁ、と小さく息をつくと、セレスティアはその手を取る。



「さっきカップ引ったくった時に、火傷したでしょう」



淡い金色の光に包まれると、ルルリエの手のピリピリとした痛みと赤みが消えていく。



「わぁ…」



これが女神の加護の力…と目を輝かせるルルリエに苦笑する。自分が負傷したことなど全く気にしていなかったようだ。



「……ありがとう、助かったわ」



小さな、しかしはっきりとした声だった。

はっと顔を上げたルルリエが、酷く嬉しそうに笑う。



「恐れ入ります」



その笑顔がやはり、彼女に似ていて。

ほんの少し、心を許せるような気がした。


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