17 皇女殿下の紅茶
「どうして、その子がいるの?」
ある日のお茶の時間。
いつもならマリアがお茶を淹れに来るのに、今日はその後ろを着いてくる小柄なメイドがいた。
ルルリエだ。
思いがけず冷たい声が出てしまったことにセレスティアが自身が内心動揺している中、マリアはいつものようにふんわりと笑う。
「今日はちょっと趣向を変えてみようかと思いまして」
そう言って、傍らのルルリエを促した。
「彼女にお茶を淹れさせてみようと思います。もちろん、わたしも見ているからご心配には及びません」
「……勝手なこと…」
セレスティアの眉がかすかに動いたが、言葉の先は続かない。
今の自分にこんなやり取りが出来るのは、城中探しても彼女だけだろう。
マリアが他のメイドを部屋に連れてくるなんて、今まで一度だってなかったのに。
それだけ信頼に値する人物なのか、とちらりと後方に控えるメイドに視線を向ける。
控えめで、大人しそうで、緊張しているのか表情が硬い。
――でも…。
「……辞めなかったのね」
誰にも聞こえないように、ぼそりと呟いた。
「じゃあルルリエ、お願いね」
「はい」
ルルリエはぎこちなくポットを持ち上げる。
湯が注がれるたびに、カップの内で茶葉が舞い、甘い香りが空気に満ちていく。
マリアの指導の声は柔らかく、楽しげだった。
「そうそう、少し高い位置から注いで。……ほら、香りが立ったでしょう?」
息を詰めながら、真剣な眼差しのルルリエ。
震える手でポットを傾け、ルルリエは最後の一滴まで注ぎ終えた。
「どうぞ、お召し上がりくださいな」
マリアに促され、差し出されたカップ。
視線を落とせば、琥珀の液体が淡く揺れている。
セレスティアはわずかに唇をかみ、結局はその取っ手を指にかけた。
ひと口含んだ瞬間、花のような香りが舌先に広がる。
――決して、まずくはない。
その動揺を見透かすように、マリアがにっこり笑った。
「今後は少しずつ、ルルリエにもお茶の時間をお願いしようと思っています」
「それは…」
反射的に言葉を返そうとするセレスティア。
マリアは悪戯っぽく自分の唇の前に人さし指を立てて、彼女の言葉を柔らかく制する。
「ルルリエを信頼する私を、信頼してください」
「っ…」
「ルルリエは、大丈夫ですよ」
にっこりと笑うマリア。
それだけなのに、何も言葉が出てこなかった。
行きましょう、とマリアにそっと耳打ちをされて、ルルリエも慌てて頭を下げてから部屋を出ていく。
ひとり残されたセレスティアは、手元のカップに視線を落とす。
残った紅茶の残り香に、胸を締め付けられるような気分だった。
***
「今日は、私と一緒にお茶を淹れましょう」
唐突に、マリアさんは私にそんな提案をした。
え?と聞き返す私に、マリアさんはテキパキとティーセットの用意をしながら
「私が一緒なら、皇女殿下も「飲めない」とは言えないでしょ?さっ、行きましょうか」
柔らかいけど、拒否権を行使する暇もない。
そんなこんなで同行することになり、マリアさんの思惑どおり、お茶を飲んでもらうことには成功した。
「(紅茶ひとつで…あんなに緊張するとか…)」
真理恵とルルリエが、いかに違う立場にいるのか痛感する。
休憩室に戻ると「上出来よ」とマリアさんに肩を叩かれた。
「ほんとですか…?」
「ええ。手順も完璧だし、殿下も召し上がっていらしたし、バッチリよ」
ニコニコと褒めてくれるマリアさんにようやく肩の力が抜ける。
「皇女殿下も、強がってはいるし、実際孤独に耐えられるだけの強さを身につけた人ではいるけれど…」
本当は、優しくて寂しがり屋の甘えたがりなのよ、と。
自身が仕える皇女に対する評価とは思えないことを、マリアさんはさらっと口にする。
その口調は、慈愛と心配が入り交じる色をしていて。
「私はあなたに、皇女殿下の凍てついた心を溶かしてもらえると嬉しいわ」
いつものような、ふんわりとした優しい笑顔。
彼女の言葉に、胸がつまる。
頭を下げるので精いっぱいで、何も応えることは言えなかった。




