16 似ている子
コンコン、といつもよりもずっと丁寧なノックの音がした。
午後のお茶の時間。――とは言っても、最近は運ばれてくる時間は日によって大きく違う。
メイドたちの仕事の怠慢だ。
それをさせているのも元を辿れば自分の態度のせいなのだと思うと、注意する気にもなれなかった。
「午後のお茶をお持ちしました」
……マリアの声じゃない。
ぴくっ、と無意識に肩が揺れる。
緊張した声色。だけど不思議と、心地のいい声。
「……入って」
姿を見せたのは、まだ幼さの残るひとりの少女だった。
メイド服の色から分かる階級は最下層で、最近入った新人なのだろうと分かる。
「初めて見る顔ね」
「ルルリエ・ベルフォートと申します。今月から皇女宮でお仕えさせて頂いております」
似ている、と思った。
髪の色も、瞳の色も違う。声も、背格好も、歳も違う。
それなのに、似ている――と。
小さな動揺が目の前の少女に気が付かれないように、セレスティアは手元の本に視線を戻す。
けれどその指先には、本のページにしわが寄るほどに力が入っていた。
「それは、そこに置いておいて」
「……お淹れしなくて、良いんですか…?」
「マリアが淹れたお茶以外は、飲まないことにしているの」
セレスティアの言葉に、メイドの少女が小さく息を飲むのが分かる。
「……畏まりました」
そう答えた声はとても小さくて、今にも消えてしまいそうだった。
ルルリエが退出してひとり、セレスティアは唇を噛み締める。
いつものことだ。
このやり取りも、相手の反応も。
時にはこれ以降、二度と姿を現さずにメイドを辞めた者もいる。
辞めていくなら、それだけ。
待遇目当てに残るなら、それでも構わない。
そう思うのに、どうしてこんなにも、あの少女には心をかき乱されている自分がいるのか。
「――…真理恵……」
零れた言葉に、返してくれるひとはいないのに。
***
「どうしたの?元気ないわね」
夕食後。
休憩室でぼんやりと椅子に座っていると、声をかけてくれたのはマリアさんだった。
初めて皇女殿下のお部屋へお茶を持っていったこと、「マリアの淹れたお茶以外は飲まない」ときっぱり断られてしまったことをかい摘んで話す。
私の話を聞き終えたマリアさんは、苦笑いを浮かべながら「ちょっと待っててね」とお茶の用意を持って戻ってきた。
「ルルリエのせいじゃないわよ。はい、どうぞ」
「わぁ…ミルクティー。……美味しいです…」
「ごめんね。皇女殿下も、あなたを傷つける意図があって、そういうことを言うわけではないんだけど」
そう言って、一度カップを口元へ運ぶ。
両手でカップを包むようにしながら、ふう、と小さく息を吐いた。
「あえて自分から人を遠ざけるようなところがあって」
「どうして…?」
「15年前の事件、あなたは知ってる?」
「ええと…まだ生まれる前の話なので、詳しくは…」
首を振ってみせる。
遠くを見るように、マリアさんは目を細めた。
「あのときに亡くなった女の子と、皇女殿下がとても仲が良くてね。本当に姉妹みたいだったから……殿下のショックも大きくて。
それからかな。なんていうか、また仲良くなってもすぐにいなくなるなら、最初から仲良くしない方がつらくない…って思ってるんだと思う」
「そう…なんですね」
ぎゅ…っと、テーブルの上で手のひらを握りしめる。
15年。
そんなも長い間、彼女は囚われ続けているのか。
私の望んだことではない、けれど、私のせいで。
「実際、辞めてしまう子も多くてね。それで、殿下もどんどん頑なになっちゃって」
握りしめた手に、そっとマリアさんの手が乗せられる。荒れて傷も多い、けれどあたたかな手だった。
「でも、ルルリエには続けて欲しい」
「どうしてですか…?」
「なんとなく、似てるのよ。殿下と仲の良かった女の子と。」
ふんわりと微笑む彼女に、小さく頷く。
15年。
笑顔を奪ったのが私ならせめて、その呪縛を解く手伝いくらいしても、いいだろうか。




