15 笑わぬ皇女
洗い上がった洗濯物に人さし指を向け、物干し用のロープに向かってクイッと動かす。
柔らかな風が巻き起こり、みるみるうちに大量のシーツが干されていく。
「これが出来る人からみたら、手作業は無駄だよねぇ」
苦笑いを浮かべて小さくぼやく。
生活魔法。
“真理恵”のときは使えなかった、魔力による便利な家事短縮ツールだ。
この国の人々にとっては「洗濯機が使える」とか「電子レンジで温めが出来る」くらいのレベルのことなので、全く使えない真理恵の存在がとんでもなく異端だったのだろうなと今なら分かる。
皇女宮で働き始めてから3週間。
新入りメイドである私の主な仕事は掃除と洗濯、それに毒見役としての味見だ。
厨房の料理長も相変わらずの現役で、ひとり再会を噛み締めつつ「新人」と呼ばれて可愛がってもらっている。
料理長の料理は美味しいし、彼の料理に毒が入っている心配もないし、なんて美味しい役どころか。
マリアさんをはじめ、みんな新人の私に親切だ。
奇妙だなと感じたのは、皇女セレスティアと皇女宮で働く侍女やメイドとの距離があまりにも遠いこと。
親しげに接しているのはマリアさんくらいで、皇女なら普通はあと2〜3人はいるであろう「侍女」もいない。
それを補うように、上級メイドたちが最低限の礼節を持って接してはいるけれど、流れる空気は冷ややかで形式的。
敬意を持って接する、とはかけ離れている。
「皇女殿下って、そんなに怖い方なんですか?」
休憩時間、無知を装って聞いてみる。
先輩メイドの女性たちはちらりと互いに顔を見合わせたあと、私に顔を寄せて声を顰めた。
「怖いっていうか…」
「別に、意地が悪いとか、理不尽だとか、そういうわけじゃないんだけどね」
「挨拶は返ってこないし、何をしてもありがとうの一つもないのよ。私たちへの思いやりに欠けるし、お仕えしてるやりがいがなくて」
ねー、と3人は声を揃える。
皇女殿下にお仕えするメイド、としての誇りを持って仕事に取り組む者ほどやる気を削がれて辞めていく…ということらしかった。
「あたしは、お給金が良いから続けてるけど、正直ねぇ」
「わたしも、いい男捕まえたら辞めてやるわこんな職場」
「私もー」
お茶を飲み、お菓子を食べながらケラケラと笑う彼女たち。
私の知る“皇女セレスティア”とのあまりの印象の違いに、何とも言えない気分になる。
「ルルリエ、まだ皇女様にお会いしてないの?」
「あ…、はい」
「じゃあ、あたしの代わりに午後のお茶、持っていってよ」
思いがけない提案に、一瞬、言葉に詰まる。
「……わかりました」
ねぇ、セティ。
私は、また貴女の人生に関わっても、いいのかな。
***
指定された時間に、ティーセットを持ってセレスティアの私室へと向かう。
できる限り丁寧に、部屋のドアをノックする。
15年前は、毎日のように通った部屋だ。
あの頃は妹の部屋にでも行くように部屋のドアをノックしていたのに――今では随分、意味合いも、重みも、距離感も、変わってしまった。
「午後のお茶をお持ちしました」
「……入って」
落ち着いた、静かな声だった。
久しぶりに聞く、記憶の中のセレスティアよりも大人っぽくなったその響きに、きゅっと唇を噛み締める。
「初めて見る顔ね」
「ルルリエ・ベルフォートと申します。今月から皇女宮でお仕えさせて頂いております」
深く頭を下げる。
ゆっくりと顔を上げると、美しい銀髪と、輝くように白い肌の女性が部屋の奥に座っていた。
「……っ…」
面影は、そのままだ。
けれど、触れたら切れてしまいそうなほどの鋭く冷えた空気を纏うその姿は、花が咲くような、と表現された女の子と同一人物だとは到底思えなかった。
青色の瞳が私を一瞥した後は、こちらを見ようともせずに手元の本に視線を戻す。
「それは、そこに置いておいて」
「……お淹れしなくて、良いんですか…?」
「マリアが淹れたお茶以外は、飲まないことにしているの」
「……畏まりました」
ピシャリと言われてしまい、そのまま退出する。
彼女の鎧は、想像以上に固くて冷たい。
「はぁー…」
大きく、息を吐き出す。
緊張なのか、ショックなのか、指先が小さく震えていた。




