14 伝わる真実、異なる事実
皇女毒殺未遂事件。
あれからの15年は、長い帝国の歴史の中でも最も厳しい「冬の時代」と呼ばれている。
最低限の加護こそ保っているが、そこに15年前のような栄華はない。
国境では近隣諸国との小競り合いが起こるようになり、魔獣の出没も多発。
災害が増え、土地は貧しくなり、人々からは活気も消えた。
全ては役立たずの皇女のせいだと、民衆は口を揃えて批判する。
だが自分は全てが皇女が悪いとは思っていない。
だからこそ、皇女の護衛騎士に志願したのだ!
「(……というような話を、もう2時間も聞かされているわけだけれど)」
熱く語る青年騎士に申し訳ないと思いつつ、あくびを噛み殺す。
ガタガタと悪路で揺れる馬車の乗り心地は決して良いものではなく、そろそろお尻が痛くなってきた。
突然の訪問から3日後――つまり、返答する日。
「お引き受けいたします」と返すと、再び訪ねてきた2人の騎士は心底ホッとした顔をした。
「皇女宮のメイドなんて、すぐに決まりそうなものですけど」
話の切れ目にそんな話題を振ってみる。
彼は困ったように苦く笑った。
「ええ…求人を出せばすぐに貴族の子女から応募があるような状態ではあるのですが……皇女殿下も気難しい方で…」
ひたすらに素っ気ない態度を取り続けるので、メイドの方が嫌気が指して辞めてしまう、ということらしい。
「どうしても、貴族の令嬢も矜持の高い方が多くて…。平民出身のメイドは、皇太子殿下がなかなか良い顔をされなくて」
皇太子殿下。
その言葉に、心臓がどきりと跳ねる。
どっ、どっ…と頭の中で脈を打つ音が響く。
15年も経てば帝位を継いでいそうなものだけれど、実際には、現皇帝は未だにその地位に留まり続けている。
――強き帝国ルミエステを「冬の時代」へと転落させ、再び春の訪れへと導けない愚王――
そう、後世に囁かれるのを嫌っているのだろうというのが、世間のもっぱらの評判だ。
「その点、ルルリエ嬢はエヴァンズ元騎士団長のお嬢様ということで、皇太子殿下からもお声掛けの許可をいただきまして!
お父様にも、宮廷出入りの薬師として懇意にさせて頂いているようですし」
ニコニコと朗らかな笑顔で話す彼に「それはどうも」と苦笑を返す。
身分や家柄で職業に差が出ることに、あまり違和感を覚えるタイプではないのだろう。比較的良いお家の次男か三男辺りかな、などと想像してみる。
比較してしまうのは、金茶色の髪をした、若かりし皇太子。
「(……彼はそんなふうに……身分で他人を判断する人じゃなかったと、思うんだけどな)」
15年。
不変で居続けるには、長すぎるのかも知れない。
***
馬車で半日の道のりをようやく終えて、王城へと到着する。
15年ぶりのその景色に、感慨深いような、胸が締め付けられるような、複雑な気分がつきまとう。
「このまま皇女宮へご案内しますね」と当たり前のように私の荷物を持って先導してくれる彼は、やはり悪人ではないのだろう。ちょっとお喋りで、少し浅慮なだけで…。
皇女宮1階、使用人控室。
「ようこそ、あなたがルルリエね」と微笑んで出迎えてくれたのは、栗色の髪をした柔らかな雰囲気の女性だった。なんだかとても、見覚えのある――
「っ…よ…ろしく、お願いします」
マリアさん!と名前を呼びそうになって慌てて言葉を飲み込んだ。
あの頃は皇女付のメイドだったけれど、15年経った今は侍女頭を務めているらしい。
不審な私の様子に首を傾げつつ、マリアさんは私にメイドとしての仕事をひとつひとつ説明してくれた。
「今日はもう遅いから、明日からルルリエも仕事に入ってね。詳しい話は先輩メイドに聞いてちょうだい」
案内された個人部屋は2人用。けれど、隣には誰も入っていないようだった。
普通なら、皇女宮のメイドなんて、仕事の箔としてもお給金としても、奪い合うような好待遇の仕事のはずなのに。
今更ながら「人手不足」の言葉を実感する。
「ふう…」
小さく息を吐く。
今すぐセレスティアに会うような機会はなさそうで、少しほっとしている自分がいた。
ここまで来てもまだ、身の振り方を迷っている。
会いたいのに、会いたくない。
知りたいのに、知りたくない。
飲み込めない感情を胸に秘めたまま、夜は更けていく。




