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13 ルルリエ・ベルフォート

――15年前。


もとの場所に戻る?

それとも、進む?


あの時、そう聞かれた私の答えは「進む」だった。

深く考えたわけではない。

ただ、「もとの場所に戻る」ことは、あの子との思い出まで手放すような気がして、嫌だっただけ。

唯一の心残りが、約束を破ってしまったことだったから。

あの瞬間に、私は「日本」の「瀬戸 麻理恵」の人生は手放した。

そしてそこで終わった――つもりだったのだけれど。





「おめでとう。この娘は《祝福》持ちだねぇ」


最も古い記憶は、洗礼で司教様に告げられたこの言葉。

まだ首も座らぬ赤ん坊を抱いた女性と、その隣で優しく彼女の肩を抱く男性。

若い夫婦が、顔を見合わせて驚いていた。

そしてその女性に抱かれる赤ん坊が、私。

泣く以外何も出来ない私は、まるで他人事のようにその光景の中にいた。


女性の名前はアリス、男性の名前はグレン。

そしてその2人の間に生まれたのが、私、ルルリエ・ベルフォートだ。


ぼんやりと映画を観ているような感覚が、自我を手に入れ、自由に体を動かせるようになってだんだんと自分のこととして受け入れられるようになっていく。


「(そっか、私、別の人間に生まれ変わったのか)」


そうはっきりと意識したのは、2歳になった頃だ。


魔法が使える。

女神の加護を受けられる。


瀬戸 真理恵としての前世の記憶はありながら、ルミエステ帝国のルルリエ・ベルフォートとして生きていくのだと、そう心に誓った。

優しい父と、厳しくも懐の広い母のもとで、今度こそ平和に、慎ましく寿命を全うする人生を――と思っていた。

にも関わらず、だ。



「なんで私がお城でメイド?」

「皇女宮のメイドが足らないんですって」



紅茶のカップを優雅に口元に運びながら言う母アリス。

違う、そんなことを聞いてるんじゃない。



「だから、なんで私が」

「ルルリエ嬢が毒耐性の《祝福》の持ち主だとお聞きしまして」

「……なんでお城の関係者が知ってるんです?」

「え?私が話したから」

「お母さん!?」



《祝福》とは、魔力による治癒・回復を指す一般的な女神の加護とは異なる、特定の分野に特化した特異体質のことだ。

女神様も相当な皮肉屋なのか、私ルルリエが持って生まれた《祝福》は毒耐性――つまり、薬・毒の類が一切効かない。

《祝福》持ち自体が稀有なため、基本的に他人には明かさないのが暗黙の了解のはず…なんだけど…。



「ごめん、この前酔っ払って元同僚に喋っちゃった」



……なんかもう、どこから突っ込めばいいのやら。

3日後に改めてお返事させてください、ということで、とりあえず騎士団の方々にはお帰りいただく。


――さて、家族会議だ。



***



リビングにて、新しく紅茶を淹れ直して、それぞれ席につく。

「いいじゃない、宮中勤め。お給金良いし」と母。

「名誉なことだよ」と父。

どうやらふたりとも、私がお城に働きに出ることには比較的賛成の立場らしい。



「だからってなんで皇女宮のメイド?」

「だってルルリエ、皇女殿下に憧れてるんでしょう?」

「…まぁ…そうだね」



正確には、憧れ、ではないけれど。

あの時と地続きの時間軸だと気が付いて最初に必死になったのは、セレスティアの安否を、そして事件の子細を知ることだった。

ひとまず彼女が無事だと知って子供ながらに安堵したのを覚えている。

あまりにも皇女の事を知りたがる娘に、両親は「プリンセスに憧れる一人娘」というイメージを抱き続けているらしい。



――皇女宮で起こった、皇女毒殺未遂事件。

皇女は無事だったけれど、身代わりにメイドが犠牲になった。

15年経った今でも犯人は不明のまま。

心に大きな傷を負った皇女殿下は事件以降、公務以外で人前に姿を現すことがほとんどなくなった――



それが、この15年間で伝えられているあの事件の“真実”だ。

そこに、真理恵はいない。

名前も、星渡りの乙女という言葉もない。

何故私が死んだのか、殺されたのか。


狙われたのは、本当に私だったのか。



「逆にルルリエは、何が嫌なんだい?」

「私?私は……」



お父さんに問われて考える。


お城で働くこと?

家を出ること?

家族と離れること?


急な話だからまだまだ受け入れがたいけれど、どうしても嫌ってほどじゃない。巣立ちも就職も、いつかは誰にでも起こり得ることだ。

じゃあ、どうして?



「(……ああ、そっか…)」



しばらく考えて、すとんと落ちてくるものがあった。



私が、ルルリエだから。

真理恵ではないからだ。



あのときの人間関係の中に、私だけがまっさらな状態で入っていく。


「真理恵」の死が惜しまれているにしろ、

約束を守らなかったことを恨まれているにしろ、

存在を忘れられているにしろ。


ルルリエである私は、その中には交わることが出来ない。

大人になったセレスティアと、15歳の“わたし”。

元には戻らない。

どんなにそばにいても、告げられない、触れられない。

今のセレスティアが、「真理恵」をどう思っているのかを知ってしまったら、今のルルリエである私はきっと受け止められない。

だから、いっそ——この人生では関わらないほうがいい。

彼女だって、今更さざ波を立てられたくないはずだ。

心のどこかでそう決めつけている自分がいる。



「ルルリエは、どうして薬師になりたいんだっけ?」

「え?うーん…祝福を生かしつつ、お父さんの仕事の跡を継げる…私の祝福が、皆の役に経つって思ったから、かな…」

「セレスティア皇女のお側に仕えることは、君の祝福を役立てることにはならないかな?」



紅茶のカップの湯気をゆらゆらと立ち上らせながら、父は穏やかにいう。

皇女は決められたもの以外ほとんど口にしない、というゴシップのような噂は、こんな田舎街でも知られていることだ。

自分も参加していたお茶会に毒が混入されたのだから、そのトラウマは十分に理解出来る。



「彼らが探しているのは、毒見役のメイドだそうだよ」

「……そりゃ、私は適任ね…」



だから「祝福を持っていること」を騎士団の彼らも口にしたのだろう。

「それにね、」と母さんは小さく、困ったように微笑む。



「私の知っている皇女殿下は、本当に……花が咲くみたいに笑う女の子だったのよ」

「……」

うん、知ってるよ――と。

心の中で同意する。



“笑わぬ皇女”



あの事件のあとのセレスティアは、人々からそう呼ばれている。

全く表情を変えない、感情に乏しい人形のようなお姫様。



「ルルリエの力で助けてあげられるなら、助けてあげてほしいって思っちゃったのよね。貴女の気持ちも考えずに、ごめんね」 



母の言葉を聞きながら、セレスティアのことを考える。

孤独を感じながら、気丈に笑っていた女の子。

今からでも、真理恵でなくても、私に出来ることはあるのだろうか。

交わらなくても、また寄り添うことは出来るだろうか。



「……少し、考えるね」



そう言い残して、私はひとりリビングを出ていく。

顔を見合わせた両親は、多分、私の答えに既に勘付いているのだろうなと、なんとなくそう思った。


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