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12 そして、ふたたび

建国祭から3ヶ月が経った。

セレスティアが定期的に教会に足を運んではいるけれど、それでも当時に比べればだいぶ公務は落ち着いたらしい。

一緒にお茶をしたり、お菓子を食べて笑い合う時間が戻ってきた。

ただ、アレシオ殿下とは、お茶どころか言葉を交わす機会も殆どなくなってしまった。


カップの底に残った紅茶を揺らしながら、セティは小さく息をつく。



「なんだか、国境の国とバタバタしてるみたい」

「そっか…」



この話題を出すと心なしかセレスティアも元気をなくしてしまうので、あまりこちらからは踏み込めない。

アレシオ殿下と入れ替わるようにしてこうしてよくお茶会に顔を出すようになったのが、ルキウス・ヴァレニエ卿だ。

今日も何故か、一緒にお茶を楽しんでいる。

理由を聞いたら一言、「観察です」と愉しそうに言われてしまった。

もうホント、何考えてんのか分かんないな…。



「もし宜しければ、私の方から彼に口添えしておきましょうか」

「本当?」

「ええ。さすがの彼も、可愛い妹君が寂しがっていると聞いて無下にするほど、人間辞めてないでしょう」



澄ました顔で毒を吐く人だ。

本人はどこ吹く風で、「これ美味しいですね」なんて私とセティで焼いたクッキーを摘んでいる。



「私と真理恵で焼いたのよ」

「へぇ……では、今度のお茶会は皇女殿下が主催するというのはどうです?」

「え?」



ルキウスさんは名案だ!という風にぽん、と手を打って見せる。

なんというか、全ての仕草が芝居がかっている人だ。



「お茶もお菓子も、全て皇女殿下が振舞ってもてなすんです。

それならアレシオも、断る理由が見つからないでしょう」



要は、皇女自らここまでしてやっているのに来ないつもりか、と情に訴えるということらしい。

隣で話を聞いていたセレスティアも、堪えきれないというようにふふっと笑った。



「じゃあ、お菓子だけじゃなくて、紅茶の淹れ方も教えてもらうわ。真理恵も来てくれる?」

「もちろん。楽しみにしてるね」



私の言葉に、セティは「じゃあ何のお菓子が良いと思う?」と楽しそうに話し出す。

期待に目を輝かせるセレスティアの姿を見るのはなんだかとても久しぶりだった。



***



それから数週間後。

少しずつ準備を整え、ついにセレスティアのお茶会の日になった。

可愛らしい装丁の招待状まで届き、さながら「淑女になる為の予行演習」という感じだ。

確かにこれなら殿下はどんなに忙しくても断れないだろうな…。

セティの好きなドライフルーツのパウンドケーキを手土産に、皇女宮の庭園へと向かう。



「ようこそいらっしゃいました」



小さな主催者は、ニコニコと笑いながら迎えてくれた。

フォローのメイドさんに案内されて席につく。

すぐにアレシオさんと殿下も到着し、お茶会が始まった。

セティの焼いたクッキー、私の持ち込んだパウンドケーキ、チョコレート、それにセリムの砂糖漬けが並べられる。

他にもいろいろなお菓子や軽食が並んでいて、とても華やかで可愛らしいお茶会だった。



「わぁ、チョコレートだ…久しぶりに見ます」

「真理恵の祖国にもあるのか?」

「はい。甘くて大好きです」

「そうか、それなら良かった」



そんなふうに、本当に久しぶりに、和やかに進む時間だった。

セティが1人で焼いたクッキーは、上品な甘さのチョコレートと相性ぴったりだった。

おかわりを勧められ、セティに注いでもらう。

セリムの砂糖漬けの甘さを堪能して、紅茶を一口含む。



「……?」



カップの中の紅茶が、妙に渋く感じた。


チョコレートも食べたあとだから?

セリムが甘いから?


胸の奥で、何かがじわりと広がる。

息が苦しい。

視界が揺れ、指先が震えた。



「……っ、な、に……?」



言葉にならない声が漏れる。

カップが指先からすり抜けて、ガシャンと音を立てて割れた。

手も足も声も、自分の身体なのに何一つ自由に出来ない。



「真理恵!?」



セレスティアの悲鳴。

駆け寄る足音――皇太子アレシオの腕が私を支え、その顔がすぐ近くにある。

喉は焼けるように熱いのに、背筋は凍るように冷えていく。

彼の唇が何かを叫んでいたが、その言葉はもう聞き取れなかった。

彼の青色の瞳に浮かんでいたのは、慟哭にも似た痛みと深い悲しみで。



なんだ、これ。


毒?

私には魔法が効かないから?


階段から落ちたと思ってたら異世界転生で。

今度こそ、死ぬのか、私。


一緒にいるって言ったのにね。



――約束、守れなくてごめんね。




最後に思ったのはそんなこと。

そして、意識は闇に落ちていった。




***



視界に入ってきたのは一面の青だった。

絨毯のような、果てが見えないほどに咲き誇るネモフィラのような美しい花と、私の顔を覗き込む、大きな青色の瞳。



「もとの場所に戻る?

それとも、進む?」



女神のようなひとだった。

長い銀髪が、星を散らしたようにきらめく。



私…?


わたしは――




***



「ルルリエー!ちょっといい〜?」

「はぁーい、」



母の声に、作業の手を止める。

竈の火を消し、薬草を煮出していた鍋をそこから引き上げた。


粗熱が取れればあとは瓶詰めだけ。

明日には市に卸しに行けるだろう。

そういえば来客があるって言ってたな…と最低限の身なりだけ確認して、作業場から家へと戻る。

そこには両親と、見覚えのない男性が2人向かい合って座っていた。


――否、全く見覚えがないではない。


あの制服は、宮廷騎士団の団服だ。

嫌な予感しかしないな〜、逃げたいな〜、と心底思いながら、促されるまま母の隣に座る。

彼女はニコニコしながら、ぽんっと軽く私の肩を叩く。



「ルルリエ、あんた、お城でメイドやる気ない?」

「はい?」



ルルリエ・ベルフォート。

薬師の父と、元騎士の母を持つ15歳。



私、瀬戸真理恵の、

2度目の人生の名前である。




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