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11 建国祭

建国祭当日の朝を迎えた。

耳に届く全ての音が遠く、身に触れるもの全てが薄い膜で覆われているような感覚の鈍さを覚える。

女神に対する集中が途切れたら困るから、というよく分からない理由で、今日は今朝から真理恵に会うことも禁止された。

純白の礼拝用の衣装を身に纏い、ティアラを頭に乗せられる。

神官の先導で王城から神殿へと向かう。

「聖導の儀」と呼ばれるこの行程は、女神の再臨を民に意識させると共に、教会の力を知らしめる目的があった。

女神と、その代理人である教会のおかげでこの国の成り立ちと加護があるのだ――と。


もうすぐ神殿に着く。

そうしたら、「祈りの儀」が始まる。



「……っ…」



そう思った瞬間、小さく指先が震えるのを自覚した。

もともと、他人の注目を浴びるのは好きではない。

どうしても、彼らが私と女神を重ねているのを感じてしまう。

私が好むのも、私が嫌うのも、全部「私」の感情なのに。

全てが「女神の思し召し」という言葉で真っ黒に塗りつぶされていく。



「真理恵…」



そっと、髪飾りに触れる。

あの日真理恵が買ってくれたものだ。

私の身支度をした女神官たちは安っぽいと嫌がったけれど、これだけはどうしても譲れなかった。



「……行ってくるね」



約束を思い出して、小さく呟いた。



***



皇女セレスティアが、神殿の中央に立つ。

天窓から差し込む光が、彼女の銀髪を淡く輝かせていた。

神官が、大司教が、皇帝さえも、この時だけは彼女の前に跪く。

民衆の視線は一心に彼女へ注がれ、その瞬間を待っている。


皇女は両手を胸の前で組み、ゆっくりと瞳を閉じる。

深く息を吸い、女神への祈りの言葉を紡ぐと、手のひらから柔らかな金色の光が広がっていった。

青空に魔法陣を描くように瞬いては消え、それを目にした人々の不調を取り除く。

何処からともなく花弁が舞い、甘い香りが神殿を満たした。

目の前で起きた《奇跡》に、人々の歓声と拍手が巻き起こる。


――しかし、その光に去年までのような国全体を包み込むほどの広がりはなかった。

それが、神官や皇帝が期待していたほどの力を持っていないことは、自身が最も感じていた。

それでも、セレスティアは顔に出さず儀式を終える。

祈りの最後に微笑みを浮かべ、手を下ろすと、広場は拍手に包まれた。

その拍手に混じって、別の声も耳に届く。



「今年は女神の光が弱いな」

「やはり皇女様はまだお若い……力も足りぬのだろう」

「いや、もしかして我らは女神に見放されたのでは――」



護衛たちは聞こえないふりをして、セレスティアを神殿の奥へと案内する。

けれど、その小さな囁きは棘のように彼女の胸に残った。



***



年に一度の建国祭は、例年通りの賑わいとともに終わった――はずだった。

しかし王宮奥の議場では、今までにないほどの緊張と危機感に包まれていた。

大司教、神官2名、王城の高官2名がアレシオを囲むように席に着いている。



「……やはり今年の加護は、明らかに弱まっておりましたな」



大司教が低い声で切り出すと、周囲の神官たちがうなずいた。



「民の間でもざわめきが出始めています」

「未だ、星渡りの乙女の力に関しては民衆には秘匿しています。

しかし、このままでは『女神の加護が途切れる』と信じる者も出ましょう」



 長い卓の端に座るアレシオは、黙って報告を聞いていた。

眉間に刻まれた皺が、わずかに深くなる。

妹の姿を思い浮かべる――健気に笑っていたが、ほんの少し、その笑みが揺らいでいた気がする。



「……いっそのこと、星渡りの乙女の能力を民衆に開示した方がいいのでは?」

「馬鹿な。それでは民に彼女を殺させるのと同義だろう」

「異世界の娘ひとりの命と、帝国存亡の危機です。比べるまでもないでしょう」


「――黙れ。」


アレシオの低く冷たい声が、一蹴する。



「民の加護と繁栄を最も願うべき我々が、他者の命を軽々しく選別するなどあってはならない」



言葉を選びながら、しかしはっきりと断言する。

臣下たちはそれぞれに顔を見合わせながら、



「殿下は彼女に、何か特別な感情をお持ちですか?」

「今はそんな話をしているのではない」

「……では、」



短く息を吸った高官は、まっすぐにアレシオを見つめる。



「殿下はどうなさるおつもりなのです。

ルキウス・ヴァレニエ卿の提案を、どうお受け止めなのですか?」



***



「そろそろ終わったのかなぁ」



漏れ聞こえてくる華やかな喧騒に耳を澄ましながら、小さくぼやく。

本日も例に漏れず、私は厨房でお留守番だ。

女神に感謝を伝える祭典ということで、今日は私以外は皆出払っている状態。

暇である。

はぁーと何度目かも分からないため息をついていると、両手いっぱいに屋台料理を抱えた料理長がやってきた。



「おかえりなさい。終わったんですか?」

「おう、皇女殿下も頑張ってたよ。コレ土産な」

「わー!ありがとうございます」



トルティーヤのようなもの、串刺しのお肉、それにこれは……リンゴ飴ならぬ、セリム飴。

見たことのない焼き菓子もいっぱいだ。



「それにしてもいっぱい買ってきましたね…」

「ああ、もしマリエが皇女殿下に会うなら、持っていったらどうかと思って。

多分あの子も、ゆっくり楽しむ余裕なんかないだろうからな」



茶目っ気たっぷりにウィンクをする料理長。

セティの自己評価はともかく、こうして心配して気遣ってくれる人が、身近にはいくらだっているのだ。



「もう儀式は全部終わって残りは祭りだから、何事もなければそろそろ城に帰ってくると思うぞ」

「ありがとうございます」



お土産を籠に詰めて、セティの部屋のあるフロアへと向かう。階段を登りきった辺りで、護衛の何人かと一緒に角を曲がる姿が見えた。



「セティ」

「真理恵!」



私の声にぱっとこちらを振り向いたセティが、護衛を振り切るようにしてこちらに駆けてくる。



「ただいまっ!全部終わったよ!」

「うん、お疲れさま。頑張ったね」



彼女の小さな体をぎゅーっとハグしていると、視線を感じる。

ふと顔を上げれば、護衛の中に微笑ましそうにこちらを見守るルキウスさんの姿があった。



「……どうも、」



優しげな、凪いだ水面のような瞳なのに、その水底の見えない雰囲気に、どうしても苦手な印象が拭えない。


彼の目には、何が見えているんだろう。


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