10 打開策
「もう少しだけ一緒にいて」と言ったセティが今にも泣き出しそうで、断ることが出来なかった。
眠ってしまうまでそばにいるよ、と何度も言い聞かせて何とか寝台へと連れて行く。
小さな子供に添い寝をするように隣に寝転がると、セティはぴったりと寄り添うように距離を詰めてくる。
「……何かあった?」
「自分の役割が…うまく果たせなくて……わたし…っ」
嗚咽を堪えるように、声が震えていた。
抱きしめるようにして背中を撫でると、セレスティアの強張っていた体からゆっくり力が抜けていくのが分かる。
「こんな私を、みんな嫌いになるかな…」
「どうして?」
「だって……私にはそれしかないもの…」
「でも、少なくともセティの言う“みんな”の中に、私とアレシオ殿下は入ってないと思うよ」
「え…?」
不安そうに、青色の瞳が揺れる。
「セティのことを誰よりも心配してるのは殿下だし、私も……セティのことが大好きよ。それは、セティが女神の生まれ変わりだからじゃない。
ここにいるセレスティアだから、大好きなんだよ」
「っ……」
ポロポロと、透明な雫が落ちる。
私の胸元に顔を押し付けて声を押し殺しながら、肩を震わせて泣いていた。
8歳の、小さな女の子。
まだまだ、無条件に周囲から愛情を注がれていて当然の年齢なのに。
誰かの代わりだから愛されるなんて、そんな寂しいことを思わないで欲しい。
「私はずっとセティの友達で、味方」
約束、と小指を突き出す。
不思議そうな顔をするセレスティアに、小指を絡めてする私の国の約束の儀式のようなものだと教えた。
「…うん、約束」
ようやく、ほんの少し笑顔が見れる。
疲れも溜まっていたのか、一度目を閉じるとあっという間に眠ってしまった。
穏やかな寝息が聞こえてきたのを確認して、そっと繋いでいた手を離す。
それから、夜セレスティアが眠る前に部屋で一緒にお茶を飲んだり話をしたりするのが日課になった。
忙しさは更に増しているようだけれど、あれからは涙を見せることもない。
「この時間があるから頑張れるのよ」と私に甘えながら微笑むセティは、普段通りのよう見えた。
一度だけ、洗濯仕事をする私に、アレシオ殿下から何かを言いたげな視線を向けられたことはあったけれど、――それだけだ。
特に咎められるでもなく、言葉を告げられるわけでもなく。
セティと殿下と3人で庭園でお茶をした日々が遥か昔に思うほど。
殿下と2人で、お祭りを見て回ったのがまるで夢だったのかと思うほど。
アレシオ・ルミエステという人と、現在の私との距離は、遠くなったような気がした。
***
政務会議。
国境結界の弱まりに対する危惧の声が、日々高まる。
「星渡りの乙女」である少女を排除せよとの声が、日々増えていく。
国の主たる皇帝は、「女神セリシアの加護さえ失わなければそれで構わない」と全権をアレシオに丸投げして、静観の姿勢を崩さない。
最近に至っては、政務会議にすら現れなくなった。
「くそっ…」
行き場のない感情に任せて、拳で議場の机を叩く。
「落ち着きなよ、アレシオ」
「ルキウス…」
隣に立つ参謀かつ友人に宥められ、アレシオは細く長く息を吐く。
教会関係者に足元を掬われる口実を作ってはいけない。
「――皆さんも。“排除”って、便利な言葉ですよねぇ。意味合いは通じるのに、具体性は一切無い」
ルキウスは、芝居でも演じているかのような身ぶりで両手を広げ、議場に集まった高官や貴族たちの顔を見回した。
ニッコリと目を細めて笑っているのに、その瞳の奥には冷たい鋭さを宿している。
「排除とは?僻地へ送りますか?国外へ追放しますか?それとも――命を奪いますか?」
進まない会議にざわついていた室内が、水を打ったように静寂へと変わる。
誰もが口を噤んだ様子に、ルキウスはやれやれと首を横に振って見せた。
「他人に責任を押し付けて、結果の甘い蜜だけ吸おうなんて、あまりにも品がない」
「ではヴァレニエ卿は、何かこの状況を打破する策があるというのかね?」
「――立ち止まったままじわじわと崩壊していくのをただ待つのか、破滅を恐れず何かしらの変化を与えて観察するのか。皆様に選んでいただく必要はありますが」
ニッコリと微笑むルキウスの言葉に、アレシオは彼を振り返る。
嫌な汗が、掌に滲んだ。
状況を打破する策?
そんなものはこれまで一度だって彼の口から報告はなかった。
ルキウスは、この場で、一体何を言おうとしている――?
「皆さんは、女神セリシアの神託をご存じですか?」
愉しげな、朗々たる声が、議場に響く。
制する者は、誰もいない。
まるでこの場で“命”そのものに手を加える提案すら正当化してしまうかのような響きに、アレシオの背筋が冷たく震えた。




