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魔となった心は、死の瞬間ですら悔恨を知らない。

方源ファン・ユアン、大人しく春秋蝉を差し出せ。そうすれば、楽に死なせてやろう!」


「老いぼれ方源、もう無駄な抵抗はやめろ! 本日、正道の各大勢力が総出で貴様の魔窟を滅ぼすために集結した。この地は逃れようのない包囲網で覆われている。今度こそ、貴様は首を落とされる運命だ!」


「方源、この忌まわしき魔頭め! 春秋蝉を修練するためだけに、幾千もの命を奪った……その罪は万死に値する!」


「魔鬼め……三百年前、貴様は私を辱め、純潔を奪い、家族を皆殺しにし、九族までも滅ぼした。その日から、私は貴様を骨の髄まで憎み続けてきた! 今日こそ、死ね!」


……


方源は、ずたずたに裂けた深緑の長衣を纏っていた。髪は乱れ、全身は血に染まっている。彼は静かに周囲を見渡した。


血に濡れた衣は、山風に揺れ、まるで戦旗のように翻っていた。


無数の傷口から流れ落ちる鮮血は、彼がわずかに立っているだけで、足元に大きな血溜まりを作っていく。


敵は四方を完全に取り囲み、もはや逃げ道はない。


――ここで死ぬ。それは、避けられぬ結末だった。


方源はそれをはっきりと理解していた。しかし、死を目前にしても、その表情は微塵も揺らがない。あまりにも静かだった。


彼の視線は澄み切り、井戸の底のように深く、どこまでも果てが見えなかった。


彼を包囲する正道の者たちは、老獪な長老だけではない。若くして名を馳せた俊英たちも混じっていた。怒号を上げる者、嘲笑する者、光を宿した眼差しで睨みつける者。傷を押さえ、恐怖を隠せずに見守る者もいる。


だが、誰一人として動かなかった。


――方源の最期の反撃を、誰もが警戒していたのだ。


緊張に満ちた時間は、六時間にも及んだ。やがて夕刻となり、沈みゆく太陽が山肌を赤く染める。その光景は、まるで山そのものが燃え上がっているかのようだった。


彫像のように沈黙を保っていた方源が、ゆっくりと身体を巡らせた。


それだけで、包囲していた修行者たちは一斉に息を呑み、反射的に一歩後退する。


彼の足元の灰色の岩は、すでに濃い血色に染まっていた。大量の失血により顔色は死人のように青白い。しかし、夕焼けの余光を浴びたその顔は、どこか妖しく、煌めいて見えた。


沈みゆく夕日を見つめ、方源は小さく笑った。


「青山に日が沈み、春風に秋月が照る。朝は髪のように細く、夜は雪のように白い……振り返れば、成否の先には何も残らぬ、か」


その瞬間、地球で生きていた前世の記憶が、次々と脳裏に浮かび上がった。


彼はかつて、地球に生きる一介の中国人学者だった。偶然この世界へ迷い込み、三百年を耐え忍び、さらに二百年を生き抜いた――五百年を超える歳月は、瞬きほどの速さで過ぎ去っていった。


心の奥底に埋もれていた無数の記憶が、再び芽吹き、生々しく蘇る。


(……結局、失敗か)


方源は心の中で静かに嘆息した。だが、後悔はなかった。


この結末は、最初から予見していたものだ。あの決断を下した瞬間から、彼は覚悟していた。


魔となるとは、無情にして残酷、殺戮と破壊を選ぶこと。天地に居場所はなく、世界そのものを敵に回す――その代償を、背負うことに他ならない。


(もし、今しがた完成させた春秋蝉が本当に効力を発揮するのなら……)


(来世でも、私は魔として生きよう)


その思いと共に、方源は堪えきれず、大きく笑い声を上げた。


「邪魔な魔め、何を笑っている!」


「皆、警戒しろ! 最期の一撃を放つ気だ!」


「早く春秋蝉を差し出せ!!」


武者たちが一斉に前へと押し寄せた――その瞬間。


轟音が天地を揺るがし、眩いエネルギーの奔流が、方源の姿を完全に飲み込んだ。


……


春の雨が、静かに青茅山へと降り注いでいた。


すでに夜は更け、細かな雨に混じって、わずかな山風が吹いている。


それでも、青茅山は闇に沈んではいなかった。山腹から麓にかけて、無数の小さな灯りが帯のように連なり、闇を切り裂いている。


万家の灯火と呼ぶには及ばないが、それでも数千の明かりが確かにそこにあった。


それらは高く建てられた建物から漏れ出す光であり、山中に佇む古月グー・ユエ村の存在を示していた。人の気配なき広大な孤峰に、文明の温もりを添えるかのように。


古月村の中央には、荘厳な楼閣がそびえ立っている。今宵、その中では盛大な儀式が執り行われており、灯火はひときわ眩しく、威光を放っていた。


「ご先祖様方よ、どうか我らをお守りください……この儀が、多くの英才ある若者を生み、我ら一族に新たな血と希望をもたらしますように――」


祈りを捧げているのは、古月一族の族長だった。中年の容貌で、こめかみには白髪が混じり、純白の礼服に身を包んでいる。褐黄色の床に跪き、背筋を伸ばし、両手を合わせ、目を固く閉じて誠心誠意祈っていた。


彼の正面には、黒塗りの高い供案が置かれ、その上には三段に分かれた祖先の位牌が安置されている。両脇には銅製の香炉が並び、細い煙が静かに立ち昇っていた。


その背後には、十数名が同じように跪いている。皆、ゆったりとした白の儀礼服を着用し、一族の長老や重鎮、実権を握る者たちだった。


祈祷が終わると、族長は両手を床につき、深く頭を垂れた。額が床に触れるたび、鈍い音が静寂に響く。


長老たちもまた、厳かにそれに倣った。


堂内には、額が床を打つ音だけが、静かに連なっていった。


やがて儀式が終わり、人々はゆっくりと立ち上がり、言葉少なに祖廟を後にした。


回廊に出ると、張り詰めていた空気が解け、長老たちの間から安堵の吐息が漏れ始める。やがて、小さな話し声が重なっていった。


「時の流れは早いものだな……気づけば、もう一年だ」


「前回の儀式が、まるで昨日のことのように思い出される」


「明日はいよいよ開脈の大典か。今年はどんな新しい血が現れるのやら」


「才能ある子が出てくれればいいのだが……古月一族は、もう三年も天才に恵まれていない」


「まったくだ。白村や熊村は、この数年で逸材を輩出している。特に白家の白凝氷……あの子の資質は、まさに恐ろしい」


誰かがその名を口にした途端、長老たちの表情に陰りが差した。


白凝氷は、わずか二年の修行で三転蛊師へと到達した存在だ。若い世代では群を抜いており、老世代でさえ、その将来性に圧迫感を覚えるほどだった。


いずれ必ず白家の柱石となる――いや、少なくとも一人で一勢力を支える強者になる。その未来を疑う者はいない。


「だが、今年の子供たちも、望みがないわけではない」


「そうだ。方支の系統から、一人天才が出ている。生後三か月で言葉を話し、四か月で歩き、五歳にして詩を詠んだという……聡明にして、並外れた才を持つ」


「両親を早くに亡くし、今は叔父夫婦に育てられている子だな」


「うむ。『将進酒』『詠梅』『江城子』……あの年であれほどの作品を作るとは、まさに神童だ」


古月一族の族長は、最後に祖廟を出た。扉を静かに閉じた後、回廊で交わされる長老たちの会話が耳に入る。


――彼らが話しているのは、古月方源。


族長として、有望な若者に目を配るのは当然のこと。そして今代において、最も目を引く存在が方源であることに疑いはなかった。


(もしこの子が甲等の資質であれば……白凝氷と肩を並べることも夢ではない。仮に乙等であっても、将来は一族の旗印となろう)


(この早熟ぶり……甲等の可能性は極めて高い)


そう思い、族長は口元に微かな笑みを浮かべた。


軽く咳払いをし、長老たちに向かって言う。


「皆、夜も更けました。明日の大典に備え、今夜はしっかり休養を取ってください」


その言葉に、長老たちは一瞬ぎくりとした表情を見せ、互いに視線を交わす。


族長の真意は、誰もが理解していた。


毎年、才能ある子供を巡って、長老同士が激しく争うのだ。顔を赤らめ、血を見ることすらある。


特に――古月方源。


両親を失い、方支の血筋を継ぐ唯一の存在。その上、甲等資質の可能性が極めて高い。彼を自分の系統に引き入れ、丹念に育て上げれば――百年の繁栄が約束される。


「だが、先に言っておく。競い合うのは構わんが、公平に行え。策謀や一族の団結を損なう行為は許さん。肝に銘じておけ」


「心得ております」


「決して、そのようなことは」


長老たちは深く頷き、散っていった。


やがて長い回廊は静まり返る。


春雨を含んだ風が窓から吹き込み、族長は静かに窓辺へと歩み寄った。


山の湿った空気を胸いっぱいに吸い込み、目を細める。


ここは三階。窓の外には、古月村の半分が見渡せた。


深夜にもかかわらず、村の多くの家に灯りがともっている。


明日の儀式は、すべての者の未来に関わる。期待と緊張が村全体を包み、多くの者が眠れずにいたのだ。


「……これが、一族の未来への希望か」


族長は、揺らめく灯りを見つめ、静かに呟いた。


同じその時――


別の窓辺でも、一対の澄んだ瞳が、夜に瞬く灯火を見つめていた。胸中には、複雑な感情が渦巻いている。


「古月村……五百年前か」


「どうやら、春秋蝉は本当に成功したようだ……」


方源は窓際に立ち、風雨に身を晒しながら、静かに夜景を見下ろしていた。


春秋蝉の力――それは、時を逆流させること。


十大奇蛊の中で第七位に名を連ねるその存在が、凡俗であるはずがない。


端的に言えば――転生。


「春秋蝉によって、俺は五百年前へと戻ってきた……」


方源は手を伸ばし、自分の掌を見つめた。幼く、白く、柔らかな手。


それをゆっくりと握り締め、現実を噛みしめる。


雨音が窓枠を叩く中、彼は目を閉じ、しばらくしてから再び開いた。


「……五百年の経験か。まるで夢のようだな」


だが、彼は理解していた。


――これは、決して夢ではない。

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