狼と妖精の雪原生活
「うぉぉぉぉぉ!」
レルガは雪原の中を走りながら魔獣の群れを斬っていた。
斬っても斬っても減らない数にうんざりしながらレルガは戦い続けた。
「……おかしいな。 時間的にもう学院に戻ってもいい頃なんだけどなぁ」
そう言いながらレルガは端末で時間を確認するが、端末の時間は帝国歴二百十年六月十日から変わっていない。
それもそうだろう。
何せ迷いの時間が訪れると時間という概念が曖昧となっているからだ。
果たして現在のフィルノ学院の時間が今、何時なのかはさっぱり分からない。
最大で一週間の時間が経過していた事もあるので油断は出来ない。
噂では九年間ずっと迷いの時間を過ごした人物もいるらしいが今のレルガにはどうでも良かった。
「……なんか食うか」
レルガはとりあえず狩った熊を解体し、炎の魔法で火をつけて肉を焼き、そのままかぶりついた。
「んめぇ」
口に広がる熊肉の旨みを噛み締めてレルガは笑った。
「さて、ご飯も食ったし、行くか」
レルガは寝床になりそうな場所を探すべく歩くと一人の女子生徒を見つけた。
「……君は!」
「……何よ」
レルガが見つけたのは瑠璃色の髪が目立つエルフ族の女子生徒フィリシア・エイルだった。
「……ようフィリシア。 元気か?」
「あのねぇこれが元気……つっ!」
フィリシアがレルガの顔を見るなり嫌な顔をするが左腕を庇って強く握り締めていた。
「もしかして怪我してるのか?」
「……もしかしなくても怪我してるのよ。 魔力はもうないし、歩き疲れたし最悪」
そう言ってフィリシアは右手で顔を覆い、ため息を吐いた。
するとフィリシアのお腹がグゥと腹が鳴った。
「……お腹が減ったわ」
「……今それ言うか?」
「しょうがないでしょ? 学院に帰れないんだもの。 ねぇ失礼を承知で言うけれど食べ物ない?」
「肉のあまりならあるぜ」
「……木の実とか食べたいんだけどしょうがないわね。 ちょうだい」
フィリシアはレルガに右手を伸ばして肉をせがんできた。
「……とりあえず、腕の治療だな。 動くなよ?」
「……何するつもり?」
「ヒールエイド」
レルガは懐から白杖を出してフィリシアの左腕に向けると回復魔法を詠唱し、腕の骨折を治した。
「……すごい。 こんな正確に治療出来るなんて」
「そ……うかよ」
「ちょ、あなた!?」
フィリシアが感心した声を出すがレルガはずっと連戦した疲れが急に襲ってきてそのまま気絶した。
「んっ?」
レルガが目を覚ますとそこはテントの中だった。
「俺……は?」
ぼんやりとした頭で思考するが何も思い浮かばなかった。
「まだ寝てなさい。 見張りはしておくから」
声の方向を見てみるとフィリシアが本を開きながら焚き火に当たっていた。
「……魔力は回復したか?」
「……あなたねぇ。 目が覚めてから言う言葉がそれなの?」
「……しょうがないだろう。 魔法使いの先生から魔法使いはいかに魔力の消費を抑え、回復するのが速いかって教わったんだから」
「そう。 それは悪かったわね」
フィリシアの呆れた口調にレルガは真面目なトーンで答えたがフィリシアは真面目に話を聞いていない。
「……なぁお前友達とかいねぇの?」
「……友達? そんなのいる?」
レルガは何故かそんな質問をフィリシアにしていた。
理由はわからないがどこか孤高を気取るフィリシアにどこか自身と似ている所があるような気がした。
「まぁ。 これから二人で過ごさねぇか?」
「……ナンパ?」
「マジな冷たいトーンやめてくれね? めっちゃ傷つくぜ俺」
この迷いの時間を生き抜く為に共闘を提案しただけなのだがフィリシアにとってはナンパに感じたらしい。
「この迷いの時間長さおかしいじゃねぇかよ。 こんな時だからこそ力を合わせたいって言うか……うん」
レルガは出来るだけフィリシアが納得する言葉を出してみたがフィリシアはジト目から全然表情が変わらなかった。
「まぁいいわ。 私は生粋の魔術師だし」
「……あれ? お前剣持ってなかったけ?」
「……あれはまぁ剣を振るう事が出来てれば生き残れる確率が上がるでしょ? 能力があるから剣を帯刀してるわけじゃないわ」
レルガは一年前に出会った時の事を思い出してフィリシアに疑問を投げかけたがフィリシアにとって剣は出来たらいいなと思う産物であるらしい。
「そうかよ」
「むっ? 何かしらその目。 何か不満でも?」
「……別に? ただすごい努力家だなぁって」
そんな真面目でひたむきなフィリシアをレルガは人間として好感を抱いた。
「そう。 褒め言葉ありがとう。 でも私が組むのはこの迷いの時間のみよ。 フィルノ学院に戻ったら私はすぐさま魔法の鍛錬に入るんだから」
そう言って口を尖らせてからフィリシアは横になった。
「おやすみなさい。 あっ、あなたテント使っていいからね」
「別に俺はいいよここで寝るから! おやすみ」
「そう。 じゃあ私はテント使わせて貰うから」
そう言って二人は挨拶を交わして眠った。
「ンァー起きた」
そう言ってレルガは目を覚まして、起きるとテントに向かった。
「おはよう。 フィリシア?」
レルガがテントの中に入るとフィリシアは既にいなかった。
「おーいフィリシア? フィリシア」
フィリシアを探して森の中を歩くと
川が見えた。
そこにいるかと考え、レルガは川へと向かった。
「おーいフィリシ」
美しかった。
瑠璃色の髪に黄金の瞳、たおやかな肢体。
男を狂わす妖艶さを兼ね備えたエルフの裸体が目の前にあった。
「「あ」」
するとフィリシアと目が合い、みるみるとフィリシアの顔が赤くなった。
「この覗魔ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ」
レルガはフィリシアから放たれた雷の魔法に体を焦がされた。
「……すみません。 フィリシアを探してただけなんです」
「……全く信じられないわ! エルフの水浴びを覗くなんて! ああもう! 思い出しただけで恥ずかしい!」
よっぽど恥ずかしくかったのかフィリシアがクールな口調を崩して赤面し、口調が荒れていた。
「……心配だったんだよ。 昨日あんな青ざめた顔してたしさぁ」
「……まぁ。 魔力枯渇した私が悪し、あなたに連絡の一つ入れてない私が悪かったわね。 じゃあ連絡先を交換しましょう」
「……もういいのか?」
「はっ? 許したわけじゃないわ。 エルフの水浴びを見た男共は大体半殺しにされるのが普通で、それに……水浴びを見られた相手とは結婚する運命にあるとも言うし」
「……何言ってんだお前?」
「……まぁ別にいいわ」
フィリシアが何故こんなにコロコロと感情が変わるのかレルガはさっぱりわかっていなかった。
それも仕方ない。
フィリシアはエルフの先祖返りであり、エルフの伝承を片っ端から読み漁り、エルフらしい行動と言動をしているエルフのふりをした人間である。
先祖返りである事から幼少期より差別されたフィリシアに対してレルガは対等に接しているので友達少ないフィリシアはチョロインであった。
さらに付け加えるならレルガは今、エルフの伝承的な恋の出会いである水浴びを見られると言う黄金パターンをした為、フィリシアの中にある乙女ハート的な何かを見事にぶち抜いている事をレルガは自覚していなかった。
「と・に・か・く! これからしばらくのあいだよろしくね! レルガ」
「お、おう。 よろしくフィリシア」
こうしてレルガとフィリシアは互いに連絡を交換し、共闘し、力を合わせて雪原を生き抜いた。