一年目
そこからのレルガの旅は過酷だった。
常に獣の旅人のメンバーと二人一組で魔獣の狩りに七年間出かけていたレルガであったが今はたった一人というのはとても厳しいものだった。
無意識に共闘する相手がいるという思い込みで何度も死にかけた。
魔法を使ってみるが七年分の研鑽をしてもレルガは魔力コントロールや使う量を間違えて凍え死にそうになったり、風魔法で指を切ってしまったり、火傷で死にそうになったがそれでも諦めずにレルガはフィルノ学院を目指して歩いた。
「着いた」
レルガは一年掛けてフィルノ学院に辿り付くとその正門を見上げた。
「……ここがダルファスとサウィナの母校」
白く大きな門を見て一種の感動を覚えてレルガは一筋の涙を流した。
「俺はここで強くなる」
そう言って正門を潜り抜けた。
「……あっ」
怖気が走った。
見られている四方八方から見られてレルガは吐き気がした。
とても濃い魔力と殺気に好奇な目。
__測られている。
レルガの実力を、心を、そして何より目で訴えられている。
__この場所では調子に乗るなと。
「……とんでもない所に来たな」
レルガは苦笑いを浮かべて、まだ見ぬ強者集う学院の中を歩き出した。
「君、入学希望者かい?」
「えっ?」
背後を振り返ると一人の男が立っていた。
「……気が付かなかった」
学院内の雰囲気に当てられて、動揺していたがまさか背後を取られるとは思っても見なかった。
「驚かしてすまないね。 僕は三年生のセンディア。 よろしくね」
右目に眼帯をし、赤茶の髪をしていてとても優しそうな雰囲気を出していた。
「……よ、よろしくお願いします」
そう言ってレルガは頭を下げる事しか出来なかった。
「新入生はあっちの運動場に行っててね?」
「分かりました」
そう言ってレルガは頷いて運動場へ走った時だった。
「えっ?」
「あ、それよりも前にこの時間が来ちゃったか。 ……ご武運を」
センディアがそう言うと、急に足場がなくなりレルガは地面の中に落ちて行った。
「……んここは?」
レルガが目を覚ますとそこはとてもハイテクな街並みだった。
ビルがたくさん並んでおり、都市と言うべき空間だった。
「……なんだここ」
「ぐぅるぁ!」
「がぎゃぁぁぁぁ!!」
「……えーマジか」
すると目の前に三百はいるであろう魔獣の群れがやって来た。
「……面倒だな!」
そう言ってからレルガは剣を抜刀四方左右に剣を自在に操り、瞬く間に群れを一掃した。
「……足りねぇな」
レルガは剣を振って血を落とすと、帯刀し、そのまま地面に寝そべった。
「……いきなりなんなんだ? 魔獣がいきなり出てくるなん……て?」
気がつくと頭上からビルの残骸が降って来たのでレルガはすぐさま剣を抜いて残骸を粉々にした。
「あっ、ぶねぇ! 死ぬ所じゃねーか!」
そう言った時だった。
「はっ?」
「う、うぅ」
「あぐぁぁぁぁぁぁ!!」
空から白桃の髪をした二本の剣を差した少女と大きな猿型の魔獣が降って来た。
「はぁはぁ。 お前は私が倒す!」
「待て待て待て。 頭から血を流してんだから大人しくしてとけよ」
「だ、誰!?」
「俺? 俺はレルガ。 今日からフィルノ学院に入学する男だ」
「そんなの知らないわ! 早く逃げて! あなた死ぬわよ!?」
レルガは思わず声を掛け、自己紹介をするが白桃の髪の少女は顔を真っ赤にして怒った。
「うぅぅぅ」
猿型の魔獣はレルガを睨んでそのまま動かなかった。
「よう。 猿型の魔獣。 俺はもう剣振るうのに疲れたから、こいつで相手しやるよ」
そう言ってレルガは懐にある白杖を出した。
「うがぁぁぁぁぁぁ!」
「ボルマ」
「ぐぁぁぁぁぁ!?」
猿型の魔獣に向けて、爆発の魔法を放ちレルガはそのまま背を向けて歩き始めた。
「……すごい。 Bランクの魔獣を一撃で」
「あん? B級?」
「あ、あなたねぇ! どれだけすごい事したか分かっていないの?」
すると白桃の髪の少女は困惑した顔をしながらレルガを見てくる。
「別に興味ねぇよ」
そう言ってからレルガは歩き出すとコツンと音がなった。
「はっ?」
辺りを見回すと建物の中であった。
どうやら教室に転移して来たらしい。
「……フィルノ学院に戻って来た感じか?」
するとピロンと端末がなったのでレルガは端末を開いた。
「アプリ?」
レルガはそう呟いて端末を開くとフィルノ学院と書かれたアプリがあり、それをタップしてみると映像が流れた。
『皆さんこんにちは。 ようこそフィルノ学院へ!。 ここでは皆さんは九年間この学院で様々な事を学んで頂きます! ここは全寮制! 制服は灰色のローブを着用してくださいね! それとバッチ。 赤が二年生、青が三年、黄色が四年、翠が五年、紫が六年、オレンジが七年生、八年生がピンク、九年生は銀の星バッチを胸元につけているので確認してくださいね! では楽しい学園生活を!』
そう言って学校案内のアプリは終了した。
すると目の前に灰色のローブと寮の部屋の鍵が落ちた。
「これ持って行けって事か? とは言ってもどこ行きゃいいんだ? ん?」
レルガが端末をスクロールすると自身の情報が事細かく書かれていた。
身長や体重に誕生日。
そして今から何をすればいいかまで全て記載されていた。
「……一年生の教室が……というかクラスって概念ないから一年生が利用する所って言った方が正しいのか?」
そう言ってレルガは一年生の教室を目指した。
「……入ってみるか」
レルガは一年生の教室前で深呼吸をしてから中に入った。
すると一斉に視線が集まり肩が跳ねた。
「うおっ」
多い。
とても多いと思った。
おそらくここにいる人数だけで軽く六百名はいるだろうと感じた。
「……座りたいけどどこがいいのやら」
そう言って辺りを見回すとさっき出会った白桃髪の女の子と目が合った。
すると白桃の女の子は目を見開いて席を立ち、そのままレルガの元へ来た。
「ねぇあなたさっきの! 名前は確か……レルガ!」
「あーよく覚えていたな。 えーと」
「ラファンよ。 よろしく」
そう言って白桃の短髪の少女ラファンとレルガは握手を交わした。
「さっきはありがとう助かったわ。 ありがとう」
「傷は大丈夫か?」
「平気よ。 あれくらい別にどうって事ないから」
そう言ってラファンは笑った。
「そうかよかった」
「これからの学院生活よろしくね」
「ああ、よろしく頼む」
そう言ってレルガはラファンと握手を交わし、別れそのまま男子寮に向かいベットにダイブした。
「はぁ。 なんか疲れた」
レルガは暗い天井を見ながらため息を吐いた。
「……ペンダントは毎日首に掛けておこう」
サウィナから送られたハート型でチョコレート色のペンダントを握り締めてレルガは笑った。
「みんなありがとう。 俺、フィルノ学院に入学したよ」
レルガは笑った後に涙を流した。
「……寝るか」
レルガはそう言ってベットから起き上がり、付属している風呂のシャワーを使って汗を流した後、眠った。
「……朝か」
レルガは起きると、顔を洗い制服に着替えて、寮を出た。
「……本当にすごいな」
レルガが辺りを見回すと様々な種族や人がいる。
シャリンから魔力感知を教わっていたせいかフィルノ学院にいる生徒達の魔力量はとんでもない量である事をレルガは内心驚きを感じながら一年生の教室へと進んだ。
「……誰もいねぇ。 休みか?」
「あ、レルガ! おはよう!」
すると席に座っていたラファンがレルガを見つけて手を降って来た。
「おーラファン。 おはようみんなは?」
「えっ? みんなって?」
「だから一年生のみんなだよ。 どうしたんだ?」
「え? みんなは自由行動してるよ?」
「はっ?」
レルガは言われた事が分からずに首を傾げた。
「……普通学校って授業受けるものじゃないの?」
「ここフィルノ学院は自主性を重んじる学校でね。 自己鍛錬をしていいし、寝てもいいし、食べてもいい。 魔法の本を読んだり魔道具を作ってもいい。 好きにやって死ぬが校訓みたいな所だからね」
そう言ってラファンはあははと苦笑いしながら頬を掻いた。
「……待てよ確か?」
レルガは顎に手を当ててサウィナとダルファスの言葉を思い出した。
「なぁサウィナ! ダルファス! フィルノ学院ってどんな所なんだ!」
フィルノ学院の事をサウィナから聞いて数日経ったある日。
レルガはダルファスとサウィナにフィルノ学院について聞いていた。
「……レルガ。 お前どこでフィルノ学院ついて知ったんだ?」
「サウィナが言ってくれたんだ! 十三歳になったらフィルノ学院に行ってみたらって!」
「……サウィナ。 レルガにはフィルノ学院は無理だと思う」
「どうしてダルファス? あの学院はとてもいい所だよ。 生徒の自主性と個人の能力を好きなだけ鍛錬出来るあの場所は」
「……死者も出る学院だ。 自由という事はその自由保護と安全を学院側は関与しないというと事だ。 危険過ぎる」
するとダルファスが苦い顔を浮かべてレルガの肩を掴んだ。
「いいかレルガ。 あそこは魔境だ。 一人一人が精鋭揃い。 ふとした瞬間に魔獣の群れに投げ込まれる迷い時間があるし、何より先輩達は恐ろしい。 入学したての俺でも二、三年生に勝つ事すら難しかった所だ。 もし行くと決めたら……覚悟しとけ」
「……分かったよ。 ダルファス! 俺めちゃくちゃ強くなって先輩をぶちのめせるように強くなるよ!」
「……そういう事じゃないんだがなぁ」
「まぁいいと思うよ夢があって!」
「ありがとうサウィナ!」
「ふふ。 どういたしまして」
そんな会話をふと思い出した。
「……レルガどうしたの?」
「あーごめん。 ぼぅとしてた。 フィルノ学院を卒業した冒険者と一緒にいてね。 それを思い出してたんだよ」
「そうなんだ。 じゃあこれから闘技場行かない? 一緒に体を動かそうよ!」
「まぁ行ってみるか」
そう言ってレルガとラファンは闘技場に足を運んだ。
「……なんだこれ」
レルガが見たのは死屍累々の一年生の山だった。
ざっと見た所、五十人は地面に倒れて気絶していると見た。
「おっ! 来たな! 次の僕の相手」
すると一人の生徒がレルガに向かって歩いて来た。
「初めまして。 僕は一門鬼丸。 よろしくな」
黒髪に黒瞳の男だった。
髪を後ろで纏めてゆるりと下げており、犬歯の見える笑みはとても軽薄で挑発的だった。
「……俺はレルガ。 見ての通り獣人だ」
レルガはただ淡々と自己紹介をして鬼丸の反応を見た。
「はっは! 獣人? 何言ってんの? 耳も尻尾も生えてないで獣人とか笑えるなぁ? あっ、もしかして魔獣からの進化した感じの子? まぁ別に僕はどうだっていいけど」
「くっ」
「僕を舐めたらあかんで? 狼くん」
そう冷酷な声を出しながら鬼丸が強力な回し蹴りを放ってきたのでレルガは咄嗟にガードしたがそれでもやや腕が軋む威力だった。
「はは。 頑丈やなぁ? 目つきも生意気で黙らせたくなる……喧嘩付き合ってや狼くん」
「……めんどくせぇ」
「ち、ちょっと待って! な、なんでこんな事をするの! やめなさい! 鬼丸!」
「うっさいな」
「あぐっ」
ラファンが喧嘩を止めようとすると鬼丸は容赦なくラファンに暴力を振るって黙らした。
「テメェ何やってんのか分かってのか?」
「あん? ここはフィルノ学院やで? 弱肉強食の実力の世界や!」
そう言って鬼丸はレルガの元へ走って来て飛び蹴りを喰らわして来た。
「うぐぅぁ?」
とてつもないスピードでレルガは反応出来ずそのまま地面を転がった。
「ほら! 立ち上がりや! 狼くん! 喧嘩はこっからやで!」
「おい。 調子に乗んな」
「……はっ?」
レルガは鬼丸の顔面を掴んでそのまま地面に叩き潰した。
「がぁ?」
鬼丸は何をされたのかも分からずに白目を向いて気絶した。
「……頭から血が流れてんな。 回復魔法を義理で掛けてやる。 めんどくさい事させんな」
そう鬼丸に告げてレルガはラファンの元へ歩いた。
「大丈夫か?」
「平気。 レルガの方は?」
「こんなの擦り傷にもなんねぇ」
「そうなんだ。 お腹減ってない? どこか食べに行こうよ」
「あーいいな。 なんか体動かして腹減ったわ」
「じゃあ行きましょう? レルガ」
「……おう」
レルガはラファンの笑みを見てドキドキしながら食堂へ向かった。
「あっ?」
しばらくして鬼丸は目を覚ました。
頭がぐらぐらするが歩ける程度までには回復している。
一門鬼丸。
和都地方の言語だとこの表記だが、ゼロライド帝国の共通の言語にするとイチモン・キマル。
彼はシノビの家系であり、家を捨てた不良息子である。
そんな彼はあらゆる強者、実力者が集うフィルノ学院に来て同学年の連中をぶちのめし嘲笑う為にやって来たがそれはすぐに打ち砕かれた。
レルガという謎の赤い髪に黒瞳が目立つ少年に一撃で顔面を掴んで地面に叩きつけられてしまった。
「……ホンマ本当に強い奴らが集まる学院なんやなここは」
黄昏ながら鬼丸は愉快に笑った。
一方レルガはラファンと一緒に食事を楽しんでいた。
「お米っていうのは初めて食べるな。 いただきます」
そう言ってレルガは異世界にあるという和食というものを食べていた。
魚に漬物、米に味噌汁。
異世界から来た人物が見ればこれは普通に和食セットだと驚くぐらいのクオリティだった。
「おおーうめぇ」
ちなみに、食事は食べ放題であり、購買に行けばポイントを使ってご飯を買う事も出来るがほとんどのフィルノ学院の生徒達はこの食べ放題の食堂を利用する事が多い。
ちなみに食堂での魔法と喧嘩は御法度であり、すればすぐに退学である。
「しかし。 色んな奴らがいるんだな」
「まぁ。 小さな学園を卒業して殆どの子達がここに来るからね。 ゼロライド帝国の弱肉強食を体現する社会だから色んな種族がいるのよ」
そう言いながらラファンが笑ってシチューを頬張る。
「隣いいかな?」
「お、お前は! センディア!」
右胸に青色の星バッチをつけた眼帯の少年センディアと再会して、レルガは驚いた。
「本当にお前三年生だったんだな」
レルガはセンディアの登場に驚いて固まった。
「早速彼女ゲットしたのかい? 新入生君。 白桃の髪の子は見た感じ竜人に見えるけど合ってる?」
「えっ?」
レルガはセンディアの指摘に驚いて思わずラファンの方を見てしまう。
「え、あ、そのぉ。 先輩の言っている事は合ってるわ。 私は竜人族よ」
そう言ってラファンが赤面しながらレルガとセンディアを見た。
「……なんでラファンが竜人って分かったんだよ」
レルガは思わずセンディアに質問をした。
「まぁこの学院じゃあ一目見て相手がどんな種族か分からないと戦いに勝つなんて出来ないからね。 君はちゃんとこの学院で君は生き残るんだよ? ご馳走様」
そう言ってセンディアは手を合わせてご飯を片付けてしまった。
「……ラファンごめんななんか騒がしくして」
「ううん。 いいよ」
そう言ってラファンは笑ってくれた。
「ははは! 熱々やな! お二人さん!」
するとさっきレルガがぶちのめした鬼丸が寿司を乗せたお盆を持ってやって来た。
「……なんだよ。 食堂じゃあ喧嘩出来ないから外で待ってろよ」
思わずレルガが殺気を込めて睨むと鬼丸は犬歯を見せて笑った。
「そうカリカリせんで欲しいなぁ。 僕はただ君達と友達になりに来たんや!」
「「はっ?」」
レルガとラファンは思わず声を揃えてしまった。
「僕は君に負けたからなぁ。 悔しいけど喧嘩したら友達って昔から言うやん?」
「……なんでそうなんだよ?」
「まぁまぁええやん。 狼くん。 それとラファンちゃんさっきはごめんな僕もなんか気分が高くなって変な感じやったみたいや。 堪忍な」
そう言って鬼丸は頭を下げた。
「……レルガが許すならいいけど、もう二度と女の子にあんな暴力的な事しちゃダメだよ?」
そう言ってラファンは立ち上がり、鬼丸の顔を覗くと高速で鬼丸に向けてデコピンをした。
「イッタ! 暴力やんそれ!」
「さぁ? 蜂でも止まったんじゃない?」
「はぁ? ムカつくなぁラファンちゃん! よっしゃ! 午後から組み手やるで! ええな?」
「いいわね? 私も体を動かしたかったからいいわ。 レルガもやらない?」
「はぁ。 ……いいぜやってやるよ」
レルガは闘志を燃やす二人にため息を吐きながら、ご飯を全てかき込みお盆を下げると闘技場で寮に帰る時間である十七時までずっと組み手をした。
「……疲れた」
結局三人とも魔法も体力も無くなるまで激闘を繰り広げレルガは寮に帰って行った。
「……手加減しろよあの二人」
そう言いながらレルガは両頬を摩って悪態をついた。
最初は順番にローテションを組んで戦っていたが、最終的に二体一の戦いに切り替わり、ラファンと鬼丸は容赦なくレルガをボコボコにした。
「……疲れた。 て言うかダルファスとサウィナの奴いつもこんな事してたのか」
目をパチパチさせながらレルガは天井を見る。
「……絶対に強くなってやる」
そう決意を口にして、手を伸ばして強く握り締めた。
「よし、二人と合流するか!」
そう言ってレルガは寮を出て、鬼丸とラファンの元へ歩いて行くと一人の生徒を見つけた。
「うっ」
「おい。 大丈夫か?」
すると背の小さな灰色の髪が目立つ少女がおり、口元にマフラーを巻いていた。
「……怪我してるじゃねぇか。 医務室に箱ばねぇと!」
そう言ってレルガが目の前の少女を背負おうとした時だった。
「すみません。 少しいいですか?」
「えっ?」
背後を振り返ると、黒髪に水色の瞳が目立ち、青色の星バッチ。
つまり三年生の女子生徒が立っていた。
「彼女、怪我してますね。 ヒールエイド」
女子生徒はそういうとローブの袖から白色の短杖を出し、倒れている少女に向けて回復魔法を詠唱するとみるみると灰色髪の少女の傷を癒やした。
「あ、ありがとうございます。 な、名前を伺っても?」
「ユクラ・レティスよ。 見ての通り、三年生」
するとユクラはくすりと微笑を見せて笑った。
「……あっ」
その微笑に思わず見惚れてレルガは固まってしまった。
シャリンやサティナにも似た雰囲気に思わず動揺してしまった。
「じゃあ私はこれで」
「あ、ありがとうございます!」
レルガは赤面し、上擦った声で挨拶をした。
「ふふ。 じゃあね」
ユクラはまたクスクスと笑って手を振って歩いて言ってしまった。
「レルガ! 大丈夫?」
「狼くん! 無事か!」
すると背後からラファンと鬼丸が駆け寄って来た。
「こ、この子怪我してるじゃない……てでも元気そうね」
「ほんまや怪我がすっかり治っとるで!」
「とりあえず広い場所に行こう。 話を聞くのはそれからだ」
そう言ってレルガは胸に抱いた少女を抱えて広場の中庭へ走って行った。
「う、」
「目が覚めたか?」
「ここは?」
「ここは中庭だ。 お前の傷はユクラ先輩が治してくれた」
「そうですか。 自分を助けてくれてありがとうございます。 自分の名前はロナと言いますよろしくお願いします」
そう言うとロナは頭を下げた。
「あー俺はレルガ。 獣人族だ」
「私はラファン」
「僕は一門鬼丸。 よろしな!」
レルガ達はそれぞれに自己紹介をし、ロナに向けて笑いかけた。
「あ、ありがとうございます。 自分を助けてくれて」
赤面し、おどおどしながらロナはレルガ達を見た。
「なぁロナ。 よかったらでいいが俺達は友達にならないか? これも何かの縁だしな」
レルガはなんとなくロナを友達に誘ってみた。
「え、いいんですか! こんな自分と友達になって!」
「おういいぜ!」
「私も賛成!」
「僕も!」
「はいよろしくお願いします! 皆さん!」
そう言ってレルガ達は仲良く学院の生活を過ごした。
鬼丸、ラファン、ロナと出会って半年が経った。
そんなに自身が強くなったという感覚がないがそれでも毎日友達と手合わせと鍛錬をしているのだから強くなっていると思いたい。
「……目指すは獣の旅人の奴らと同レベルにまで強くなる事だな」
そう言ってレルガは手を握ったり、開いたりした。
「……何が足りないんだろうか?」
レルガはベットを胡座で座り思考に沈んだ。
剣の腕、魔法に知識どれを取ってもそこそこでありレルガ自身の才能と言えるべき才能はない。
十二年間獣の旅人から教わった技術と一年の旅でほとんどレルガが伸ばすべき所は全て伸ばしきってしまったと思っている。
「……俺って才能ないな」
レルガはふと思考への集中を切らしベットに寝転んだ。
「……先輩に喧嘩売るか?」
レルガはふと思いついた案を口に出したがいい相手が思い浮かばない。
「……あっ、センディアがいる」
レルガは右目を眼帯で覆った生徒の事を思い出して早速鍛錬の相手を頼む事にした。
「センディア先輩お願いがあります」
「なんだい? 新入生君? 僕でよければなんでもするよ」
「あ、そう言えば名乗っていませんでしたね。 俺はレルガって言います。 よろしくお願いします。 それと俺と決闘……ていうか稽古つけて欲しいです」
「……僕は拳を使う人間だけどいいの?」
「……武器や剣が壊れても動けるようになって結局使えるのは自身の拳と足ですから願ったり叶ったりです。 よろしくお願いします!」
そう言ってレルガは頭を下げて仲間達に内緒でセンディアに弟子入りし、センディアに挑んでは返り討ちにされる事を続けた。
剣も魔法も不意打ちの拳すら受け流されて地面に転ばされ、血反吐を吐いた。
そして時に迷いの時間が来るのでそれも必死で討伐してまたセンディアと戦い戦闘の経験を積んだ。
ある日の事だった。
センディアに弟子入りして一ヶ月が過ぎた頃ピロンと端末が鳴ってあるメッセージが来ていた。
「……婚約の指輪?」
そう言うと端末から指輪が三つ出てきた。
「……なんだこれ?」
手の平に持った指輪に疑問を持ちながら、食堂に向かった。
「おっ、狼くん君も指輪貰ったか! 互いに頑張ろうな! 交換していい指輪は三つまでやからな! 注意しといてや!」
「……婚約期間?」
「あぁ。 この指輪はなあなたの事が好きです! 僕の物になってくださいって言う告白指輪なんよ。 十四歳になったら皆持ってるもんなんやけどな! 声掛けていいのは三人まで、いい後輩が出てくるまで待つ人もおるけどな! まぁ、あくまで好きですっていう意思表示やからなぁカップルや婚姻が相手川で成立すると返される事もあるけどな! あ、ちなみに指輪を交換出来たらカップル及び婚約が成立するんやけど!」
そう言って笑いながら鬼丸がケラケラと笑う。
「……指輪が三つなのは妻、夫を三人までしか結婚出来ないというゼロライド帝国の掟からか?」
「そうや。 さぁレルガ君! 腕の見せ所やで! 君も男や! ハーレムというか女の子や男の子を一人や二人囲みたいだろ?」
そう言って鬼丸が腕を回してくる。
正直うざいと思ったがレルガはパンを頬張ってそのままお盆をさげた。
「頑張ってなぁ!」
そう言って鬼丸はレルガが食堂を出るまでずっと手を振っていた。
「……あ、ラファン」
しばらく廊下を歩いているとラファンがいた。
「……ラファンお前も指輪を持っているのか?」
「あ、うんそうよ。 レルガはもう誰かに渡したり、交換した?」
「……まだしてないけど?」
「じゃあ。 私の貰ってくれる?」
「……えっ? いいのか?」
「交換はしなくていいから……ね?」
そう言ってラファンがレルガに向けて指輪を手渡してきた。
「……俺でいいのかよラファン?」
レルガが恐る恐る受け取るとラファンは笑みを浮かべた。
「まぁね。 あっ、レルガ。 私に遠慮せず好きな人には指輪を渡してね?」
「……なんでだよ」
ラファンの言ってる意味がわからず首を傾げた。
「この国じゃあ一夫多妻や一妻多夫に同性婚なんて当たり前だから。 レルガも好きなようにしていいから! 自分の気持ちに正直にね!」
そう言ってラファンは手を振って歩いて行ってしまった。
「……あくまで好きですって言う意思表示なんだよな? これ」
レルガはラファンの指輪を端末に入れると、そのまま歩き出した。
「「「「レルガ君この指輪を受け取ってくれ!」」」」
「……え?」
すると一気に上級生や同年齢の生徒達から声を掛けられて指輪を渡された。
挙句の果てにここで今すぐ指輪を交換してくださいと言う同級生と先輩の男女がいたが決闘をして、なんとか交換を免れた。
「……めちゃくちゃ貰ったけどすげぇな」
端末を見てみると百個近くの指輪が入っており、思わずレルガはため息を吐いた。
「はぁ。 ヤベェ……な。 って、もう夕方じゃねーか」
そう言ってレルガは食堂を歩いていると一人の女子生徒に出会った。
「あら?」
その女子生徒は黒髪の女性で胸に青の星バッチをつけていた。
「……ユクラ・レティス先輩」
「あら? 確か君はあのギアノイドの女の子を見ていた?」
「レルガと言います。 見ての通り一年生です」
そう言ってからレルガは頭を下げた。
まさかこんな所で会えると思わずレルガは赤面して頭を下げた。
「ふふ。 そんな緊張しなくてもいいですよ? あ、もしかして指輪を渡しに来ましたか?」
「えっ?」
体を触れられている事に気がつき、さらには耳元で囁かれている事に気がついた。
「あ、え、そのぉ」
「ふふ。 別に構いませんよ? 指輪の交換ならまだしも渡すだけならタダですからね? ただし、私は私自身を安売りするつもりはありませんから……力を示してください」
すると腰からユクラは杖を抜いてレルガに向けて来た。
「レルガ君。 どうします? 指輪を渡す為に私と戦いますか? それともここで逃げますか?」
夕日に照らされて、ユクラの顔が妖艶に輝き魔女のような微笑を浮かべた。
__挑発をされている。
そうレルガは感じた。
「まぁ。 元々指輪渡すつもりは無かったんですが……先輩が言うならやりますよ……で形式どうしますか?」
「……えっ? い、いきなり襲って来ないんですか?」
「ん? えっ?」
レルガは決闘の形式を聞く為に質問をしたがユクラにとっては予想外だったらしくキョトンと首を傾げていた。
「あ、え、そのぉ。 いつも大体の人達はいきなり襲って来たので……はぁなんか疑った私がバカバカしいですね。 では疑ったお詫びに!」
「……えっ?」
急に何故かユクラが杖をしまい、指輪を投げてきた。
「……ど、どうして? た、戦ってもないのに」
「……どうしてですかね? 私はレルガ君とは戦いたくないんですよ。 それにちゃんと人と話してくれる人みたいですし指輪程度あげますよ。 まぁあくまでそれはあなたをそれほど嫌いではないと言う意思表示ですから……期待なんてしないでくださいね? 後、私の事はユクラと呼んでくださいその方が気分がいいです」
視線をレルガに向けてそう言いながらユクラは歩いて行ってしまった。
「……ユクラ先輩?」
何故かその目線が寂しさを抱えている事を感じながらレルガはユクラが歩いて行くのを見守る事しか出来なかった。
「はぁ。 なんだったんだ?」
レルガが歩いていると一人の生徒に出会った。
「ん?」
「何? ジロジロ見ないでくれる?」
瑠璃色の髪に黄金の瞳をしたエルフだった。
腰に剣を差しておりとても剣呑な雰囲気を纏っていた。
「何? あなたも指輪が欲しいの?」
「あ、いやその別に?」
「そう……あげるわ指輪ぐらい。 他人の思いの予約なんて馬鹿馬鹿しい」
そう言ってエルフの女子生徒はレルガに向けて指輪を投げ渡しそのまま去っていった。
「あ、あの名前を伺っても?」
「一年生のフィリシア・エイルよ」
「俺は一年生のレルガだ。 よろしく頼む」
「……そう」
レルガの自己紹介にどうでもよさそうに一言呟いてフィリシアは歩いてしまった。
「エルフって綺麗なんだな」
レルガはそんな感想しか呟くことが出来なかった。
「レルガ。 どうだった?」
すると背後からラファンが声をかけてきた。
「ラファン! どうだ? 結構貰えたんじゃないか?」
「あっははは。 まぁねそう言うレルガもたくさん貰ったんじゃない?」
「まぁ俺からは一つもあげてないんだけどな」
そう言ってレルガは自身の頬を掻いて笑った。
「レルガはさ、ハーレムとか興味ある?」
するとラファンは首を傾げて両手を後ろで組みながらにこりと笑った。
「……まぁ血筋がたくさんある事はいいと思うけど……俺は妻が三人いてちゃんと平等に愛せるか分からないな子供の件もあるし」
そいってレルガは月を見上げた。
そしてふと自身が食い殺したレッドウルフの死体を思い出して目を閉じ、さらに獣の旅人の面々の死を思い浮かべた。
「……俺は兄弟を殺してるし、家族と言える人も死んだ。 けれどもし俺が血を分けて愛しあえるような家族がたくさんいたらそれはとても幸せな事だと思うんだ」
レルガは魔獣として生きた感覚と『レルガ』としての理性を持って自身の経験を持ってラファンに言葉として伝えた。
「そうなんだ。 じゃあ、もしも私たちが恋人になってレルガが他にも妻にしたい人が出来たら私はその気持ちを否定しない。 それともしも私を捨てたかったら捨てていいから」
「……え?」
レルガはいきなりのラファンの言葉に困惑して戸惑いを覚えた。
「……ラファン。 何言ってるんだ?」
「私の父親はさ、三人妻がいて私は二番目の妻の子供なんだ。 そして父も母も死んだら他の妻の人達に捨てられちゃった」
そう言ってラファンはちろりと舌を出した。
「……それでラファンはどうしたんだ?」
レルガが恐る恐る尋ねると真顔で月を見ながらラファンは言葉を吐いた。
「もちろん家を出たよ。 あんな所いたくないし」
そういうラファンの顔は自虐的で嫌悪に満ちていた。
「だからレルガには子供とハーレムを作るんだったらそう言う環境にしないでね」
自分なりの助言を言うラファンの顔は、涙で濡れていた。
「ラファン」
レルガはそんな表情を見て何んとも言えない感情になった。
赤の他人でしかないレルガはラファンに対してどんな感情を抱いていいのかさっぱり分からなかった。
「じゃあここでお別れだね」
そう言ってラファンはレルガに手を振って女子生徒の寮へと走って行った。
「みんな俺はどんな感情でこんな気持ちを飲み込めばいいんだよ」
レルガはラファンに対する感情に戸惑い、引きずりながら残りのフィルノ学院の一年目を終了した。