女神は祝福を与えるが、獣は獣なり
女神の金貨。
それはこの世界に与えられた唯一の福音なのかもしれない。
食べれば肉体強度が増し、魔力量も増え。
道具として使えば神をも殺せる武具となる。
だが慢心し貪欲に使いすればそれは福音ではなく呪いとなるのは世の常だ。
今まさにレルガ達は女神の金貨の負の目が訪れようとしていた。
「なぁこれからどうする?」
「そうね。 まだこの街並みをぶらぶらしたいわね」
「それは賛成だわ」
「僕もそれは同感やわ」
「自分もです」
レルガ達一行はドーナツを食べ歩きしながら街並みを見て回っていた。
すると急に地面が揺れて始めた。
「なんだ?」
レルガが背後を振り向くと細身でありながら、膨大な魔力を持った男がいた。
「金貨ァ。 金貨をヨコせぇぇぇぇぇ!!」
するといきなり男は叫び出し、レルガ達に襲いかかって来た。
「狼君逃げてや! こいつ金貨を求めとる!」
すると鬼丸が前に出て、戦闘体制に入った。
「よっしゃごはぁ!?」
「鬼丸!?」
レルガが気がつくと既に鬼丸は壁に体をめり込ませて気絶していた。
「……なっ!?」
気がつくと男が目の前にいて既に殴られていると気がついた時には既に遅く地面を転がっていた。
「……がぁ!?」
全身の肉体と骨が軋むのを感じたがそれでもレルガは目の前の敵に集中した。
「て……めぇ何もんだ!?」
「金貨ァ! 金貨ァ!!」
「……正気失ってるのかよ」
レルガはボロボロの体に無理やり力を入れて立ち上がった。
「……ラファン……ロナ」
既にレルガの意識がはっきりしてくると襲撃してきた男の傍でラファンとロナが倒れていた。
おそらく男の動きについて行けず、殴られて意識を奪われたのだと察した。
「……テメェ」
「金貨ァ! 金貨ァァァァァァ!!」
既に男に意識はない。
もう相手は力に溺れた狂戦士だった。
「……首を斬れば止まるか?」
レルガは呼吸し、集中を高めた。
一歩も動かずに静止。
下手に動けば相手の腕力と速さに飲まれる為、カウンターを持って相手を殺す事を覚悟した。
「金貨ァァァァァァ!!」
「っ!?」
レルガの読み通りに音が突進。
レルガは空中回転と同時に首を斬り落とそうとしたがタイミング合わず、男の速さに巻き込まれて軽く轢かれた。
「っあ!?」
頭を切って大量に出血。
獣人族の頑丈さがなければ、今の攻撃で死んでいた。
「……ヒールエイド」
すぐさま魔力の消費を抑えるのも込みで、白杖を抜いて頭の出血を治癒魔法で止めて、キッカリ五秒で白杖から剣に持ち変える。
「金貨! 金貨ァァァァァァ!!」
「……それしか喋れねぇのかよ」
レルガは目の前の男の暴走にそうため息を吐いて集中する他なかった。
会話は意味を成さず鍛錬の成果も戦術も効果は薄く、一言で言えば地獄であった。
「……剣じゃない方がいいのか?」
さっきの攻防の結果から剣での対応をやめて、魔法と拳による戦闘に切り替える。
「ウォォォォォォォ!!」
男が吠えると筋肉が盛り上がり、巨大な拳で殴って来た。
「そ、らす! そしてぇ! エレック!」
「ウグゥ!?」
レルガは力の方向を逸らして男を転倒させ、そのまま手のひらで雷の魔法を放つが体をビクンと跳ねさせるだけで全く効果がなかった。
「金貨! キンガァ!?」
「……本当に意識ねぇのか……じゃあ遠慮なく! コオイス! ボルマ! ボルマ! ボルマァァァァァァ」
レルガは男の腕を掴み、氷魔法で凍結。
そして連続で爆発魔法を唱えて、男の体を粉々に粉砕した。
「はぁはぁ。 こ、れがぁ!?」
ダメージを与えたと思ったらいきなり拳がレルガの頬をぶち抜いてレルガは床に転がった。
意識の半分を持ってかれて世界が真っ白にチカチカとぶれ、耳鳴りがした。
「あっ? えっ? あ?」
耳鳴りがすごい。
何も聞こえず視界もぼやけていた。
純粋な暴力による脳震。
正常な判断が下せず、レルガは恐怖を感じた。
「……金貨ァ。 金貨ァァァァ」
「……あ」
レルガは微かに残る聴力で敵の健在を知った。
そして恐怖が全身を支配した。
「う、嫌だ! 死にたくない! 死にたくない! い、嫌だァァァァァァ」
子供のように泣きじゃくりレルガは全身を震わせた。
「……金貨」
すると神からの啓示を受けたかのようにレルガは一つのアイデアを思いついた。
「……そうだ。 相手が金貨を食べて強くなったんなら俺も女神の金貨を食べればいいんじゃん」
そう言ってレルガはポケットにある女神の金貨を一枚取り出して咀嚼。
「……硬いな」
女神の金貨は無味であった。
それでいて硬いビスケットの様に噛むたびにパキンと音を立てながらレルガは犬歯でなんとか噛み、飲み込んだ。
「……う、うぉぉぉぉぉぉ!!」
するとレルガの体が変わった。
人から獣へ。
赤い獣毛を生やし、犬歯を見せつけた。
人から人狼へと変化を、進化を遂げる。
『殺す』
そう言ってレルガはそのまま疾走し、生えた爪で男の顔を引っ掻いた。
「ぐぎゃぁぁぁ!?」
男は反応出来なかった。
獣の狩りの手腕に反応出来なかった。
本能的で殺し、そして狩る。
その獣の理性なき暴力が今、男を襲っていた。
「や、やめてくれ! も、もうお前達に手を出さない! 何もしない! 金貨も渡す! だ、だから!」
殺される恐怖で女神の金貨に意識を奪われていた男の理性が戻った。
純粋な生存本能が告げているのだろう。 目の前の狼と戦うなそして逃げろと。
だがレルガは魔獣であり獣人だ。
家族と言えるべき友を傷つけた相手を許すほどレルガは大人に……人間的にはなれなかった。
『死ね』
ただそう一言呟いてレルガは男の肩に歯を突き立てて噛み砕き、無慈悲にその命を奪った。