レルガの十二年
『ぐぅるる』
赤い毛皮をした狼が洞窟を彷徨っていた。
とても小さく、子犬程度の大きさであった。
『ぐるぅわぐ!』
『わんわん!』
目の前に自身と同じ種族の赤い狼がいたが問答無用で狼は目の前にいる狼を食い殺した。
理由はない。
ただ腹が減ったから殺す。
獣じみた理由であった。
『うぅぅ!!』
すると体が成長した。
二本の足で立ち、人狼というべき存在へと進化したが狼はそんな事に気が付かずそのまま次の獲物を求めて洞窟を彷徨い歩いた。
『ア……グゥガァ』
しばらく歩くと広い空間に辿りつき、五百はいるであろう赤い狼達がいた。
『キャン!』
『ガルグゥア!』
『ワンワン!』
『アグルゥグァァァ!!』
『……ウゥ』
目の前の狼達は狼に向かって大軍で迫ってきたが狼はため息を吐いて自身の闘争本能を爆発させ、目の前の狼の大群を己の爪や牙で蹴散らし、全滅させた。
『わ、ワグゥガァ』
十分足らずで狼の大群は全滅し、遺体が洞窟中に転がり、全てを返り討ちにした狼は体力の限界を来て気絶した。
『………うぐぅぅぅ』
狼は腹が減るのを感じて目を覚ました。
目の前には死んでそんなに時間が経っていない魔獣の肉がたくさんあった。
『うぅぅぅぅ。 アグゥ』
目の前にある肉という肉を貪り喰った。
ただ腹が減ったから食べる。
生きる為に腹を満たす。
ただそれだけの生存本能に身を任せた食事であった。
『あぅぅぅぅ』
腹を満たして、辺りを見回すと様々な魔獣がここに集まって来ていた。
虎に虫、兎や猫に自身と同じく赤い狼。
『……ウゥゥゥワァ』
狼は目の前の軍団を見る。
まだこんなにも自身の腹を満たしてくれる獲物がいるとはなんと幸運な事かと狼は思った。
本能が言う。
腹を満たせ、喰らえそして強くあれ。
その本能に身を任せて狼は吠えた。
『ウォォォォォォォ!!』
『ウゥ!?』
『ピィ!?』
すると周りを囲んでいた魔獣達が狼の遠吠えで体を硬直させた。
『ウルワァ!!』
それを気にせず狼は魔獣達を殺戮した。
左右上空なんであれ、蹂躙した。
殺す快感に身を任せ、自身の強さを見せつけるように弱者を笑いながら全てを殺した。
『ウゥゥゥ。 アグゥアグゥ』
また狼は食事をとった。
数なんぞ数えず殺戮したのでほぼこの洞窟にいる魔獣達は狼の腹の中に収まってしまった。
『ウゥゥゥゥゥ』
まだだ。
まだ足りない。
本能でそう感じながら狼は獲物を追い求め、洞窟を歩いた。
すると一つの集団を見つけた。
「……レッドウルフの上位種!?」
黒髪の女魔法使いが狼に杖を向けながら驚きの声を上げた。
「……なんと凄まじい魔力でしょう! Aランクに匹敵する魔力を感じます!」
盲目のシスターが狼を見て、冷や汗を掻いて手足を震わせた。
「でも……なんかおかしいよ? まるで人間みたいに経ってるけど?」
水色のローブを纏い、クリーム色の髪をした少女が狼を見て不安そうな声を出し。
「……そんな訳あるかよサウィナ。 目の錯覚だ」
水色髪に緑目の男はそんなクリーム髪の女性の言葉を一蹴した。
「そうだ。 それは錯覚だ。 だろう? リズリードの旦那」
「あぁ。 やるぞ皆!」
「「「「「おう」」」」」
一同は構えて狼を見て来た。
『……うぅ』
狼はふと盲目のシスターが胸に掛けている物を見つけ、目を輝かせた。
『わう!』
狼は自身の力を込めて駆け出し、盲目のシスターを押し倒した。
「リノ!」
水色髪の少年が驚いたが狼はその声を無視して、リノと呼ばれたシスターの胸元に掛けられたロザリオをぶんどった。
「お、おやめなさい! この魔獣! 地獄に落ちるのです!」
リノは押し倒された事は分かっても、動揺して魔力探知が出来ずに狼を見失った。
『あぐ』
「えっ?」
リノと言われたシスターは自身が殺されるかと思ったのか手に魔力を込め始めていたがそれを無視して狼はロザリオを飲み込んだ。
「なっ! な、ない! 院長から貰ったロザリオが!」
するとリノは胸に手を当てるとロザリオがない事に気がつき、あたふたし始めた。
「落ち着けリノ! そいつが今食べた! 腹を掻っ捌いて出してやる!」
『う? うぁぁぁぁぁ!?』
水色髪の少年が狼を殺そうとしたその時だ。
狼の体が発光し、体を変化させていった。
「……えっ?」
「……これは?」
「……どう言う事だ?」
「赤ん坊だ」
「赤ん坊がいるぞ」
「あぅぅぅ。 あぁ」
ロザリオを飲み込むと何故か狼は赤ん坊となってしまった。
「……何よ。 何が起きているの?」
「み、皆様! い、一体何が起きたのでしょうか!」
「……リノ。 落ち着いて聞いてくれ。 目の前の狼がお前のロザリオを飲み込んだら赤ん坊になった」
「な、なんと!? ……もしや女神は私にこの子を育てよと言っているのかもしれません。 ……いえ! きっとそうです! この子は神が遣わした神子なのです!」
そう言ってリノは両手を上げて、閉じた目から感動の涙を流した。
「……名前はどうする?」
「レッドウルフの子だから。 レルガでいいんじゃない?」
「おお。 いいな! シャリン!」
そう言って水色髪の少年は黒髪の女魔法の少女シャリンを褒めた。
「……どうするリズリードの旦那」
すると口元をマスクで覆った男は左目に眼帯をした四十代の男に意見を求めた。
「……ジーグ。 俺ら獣の旅人はこの子レルガを育ててみようと思う。 それと同時に、この子の事は他言無用でさらに、魔獣が子供になった事例を探すぞ」
「「「「「分かった」」」」」
「よし、帰ろう。 我が家へ」
そう言って獣の旅人一行は自分達の拠点へと帰っていった。
魔獣の子を携えて。
「あぅぅぅ」
狼こと、レルガ目を覚ました。
だが強い空腹と本能が襲ってこない。
むしろ温かな気持ちが不思議と感じて安らかだった。
「うぅぅぅ」
立ちあがろうとするが無理だった。
何せ赤ん坊という体の感覚をレルガは知らない。
ましてや魔獣の体と人間の体は全く違うのだから。
「……うぁう」
何も出来なかった。
声を出そうとしでも声帯は未熟で、筋肉を動かそうにも筋力が発達してないので動かせる訳がなかった。
「……うぅ」
__つまらない。
そうレルガは感じていた。
まだ魔獣でいた時の方が自由でよかったと感じる。
その方がレルガはもっと魔獣を殺し、さらに力を得ていたのだから。
ととっとこの体を捨てたいと思った。
だが捨て方が分からない。
すると同時にある事に気がついた。
「……あぅ」
自我が自我があるのだ。
はっきりと、自身に名前などないはずなのに自身がレルガだという自覚がある。
そしてさらに空腹と闘争本能以外の感覚が芽生えている事に気がついた。
喜び、怒り、嘆き、苦しさ、痛さ、楽しみ、愛おしさ。
それがレルガの胸の中で疼いた。
「うぅ」
だがレルガにとっては生まれて始めて感じる感情はとても気持ち悪かった。
何故こんな気持ち悪くごちゃごちゃした物を感じなくてはいけないのか。
あの時ロザリオを食べた自身を殺してやりたいとレルガは自分自身を呪った。
「……おーい起きてるの?」
「いいよ。 シャリンちゃん」
「そうだぞ。 シャリン寝かせてやれ」
「……んぁ」
レルガが目を向けると、水色の髪の少年にクリーム色の髪をした魔法使いと、黒髪の女魔法使いの姿を見た。
「おはようレルガの坊や。 アタシはシャリン。 見ての通り魔法使いよ。 よろしく」
腕を組みながら黒髪の少女シャリンがレルガに向かって挨拶をした。
「……うぅ」
レルガはシャリンと顔を合わせると体が疼くのを感じた。
まるで美味しいご飯が目の前に来たような感覚を覚えたのだ。
「……見つけたのがアタシ達でよかったわね。 こんな子供見た事ない」
そう言ってシャリンがレルガを触る。
そのたおやかな指がくすぐったくて何故かレルガは泣いてしまった。
「うぅぅぅぅあぁぁぁぁ!」
「ご、ごめんなさい! 眠かったわよね! よしよし」
泣いたレルガを胸に抱いて、シャリンはあやそうとするがレルガ未知の感情が胸に湧いて来て意味も分からずそのまま泣いてしまった。
「うわぁぁん! うわぁぁぁん!」
「ど、どうしよう! サウィナ! ダルファス!」
するとシャリンは慌てて、クリーム色の髪の少女サウィナと水色髪の少年のダルウィンに助けを求めた。
「……仕方がない。 リノを呼ぼう」
「うん。 そうだね」
そう言ってダルファスとサウィナが出て行った二分後に金髪の盲目のシスター及び神官であるリノがやって来た。
「どうしたのですみなさん?」
リノは何故ここに呼ばれたのか分からずに混乱していた。
「リノ。 歌を歌うか笛を吹いてくれないか?」
「まぁ。 レルガの子守り唄を捧げればいいのですね? 分かりました」
ダルファスが声を掛けると、レルガの泣き声を聞くとリノはパンと両手を叩き、胸ポケットに入っている小さな縦笛を取り出した。
「では」
そう言ってリノが縦笛を吹くとレルガの心が安らいだ。
「うぅ?」
まるでお母さんさんが頭を撫でているかのような心地の良さを感じていたのだ。
とても安らかで、敵意がなく、愛に満ちた音。
それがレルガの心を柔らかく溶かしていった。
「……お、落ち着いたわ。 さすがリノね!」
「こら、シャリンさん。 ダメですよ。 レルガがまた起きてしまいます」
そう言ってリノが優しく、レルガの頭を撫でた。
盲目の身であるリノであるが彼女は視力以外の魔力感知、匂い、聴覚のその他の五感で全てを認識していた。
杖とついて歩かないので本当は目が見えているのではと聞かれる事があるが本当である。
これは純粋にリノの過敏的な触覚が過敏なのに加えて狩人のジーグによる狩人の技術を聞いてそれはさらに磨かれ、リノは盲目にも関わらず、ほとんど目が見える人とほぼ同一の動きを可能とした。
「この子はいずれ数多の人を救う光となるのです。 おお神よこの子にどうかご加護を。 そして最愛の人達に囲まれた人生でありますように」
そう言ってリノは膝立ちになり、レルガに向けて、祈りを捧げた。
「さぁみなさん今日もお疲れですから寝ましょう」
「うん。 そうだね」
「あぁ」
「わ、分かったわよ」
そう言ってダルファス達は各自の部屋に戻り、眠りについた。
「うぅ?」
レルガが目を覚ますと一人の男の顔が見えた。
「……お前はここで殺すべきだ」
マスクをした男だった。
右手にはナイフを持っており、そのナイフでレルガの命を奪おうとしてたが。
「……やめとけジーグ。 赤ん坊だぞ?」
左目を眼帯で覆った男リズリードによって阻まれた。
「……リズリードの旦那。 このガキは早く殺した方がいい。 俺らの為にならない」
「……だがあいつらは悲しむぞ」
「……分かりましたよ。 では十二歳までにこのガキを育てて、悪に染まるようでしたら殺します」
そう陰鬱な声を出して、ジーグはレルガの眠る部屋を出ていった。
「……すまんなレルガあいつは真面目なんだ」
そうため息を吐いて、リズリードはレルガに声を掛けると部屋を出た。
「うぅぅあ?」
レルガは意味がわからず座らない首を傾げた。
レルガ拾われて五年が経った。
「うおりゃあ! おりゃあ!」
絶賛レルガはダルファスと木刀を持って練習試合をしていた。
「ほら。 まだまだいけるだろ? レルガ!」
「やってやるぜ! ダルファス!」
そう言ってレルガは果敢にダルファスと鍔迫り合いを演じた。
「おら!」
「ぐぁっ!?」
ダルファスとの鍔迫り合いに負けてレルガは地面に転がった。
「くそぉ!!」
「ははっ! まだまだだな!」
悔しがって地面を叩くとダルファスはケラケラ笑ってレルガを見てきた。
「俺に勝てないようじゃ女にモテねぇぞ?」
そう言ってダルファスが木刀をレルガに向けてきた。
「……ちくしょう。 悔しいなぁ」
そう言ってレルガはため息を吐いた。
「ほらレルガ水でも浴びて汗を流して来い!」
「……分かったよ」
レルガは頷いて近くの川に向かった。
「……はぁ。 きついな」
レルガは近くの川に来ると顔を洗った。
「……体ってこんなに痛くなる物なんだな」
レルガはボロボロになった手の平を見てため息を吐いた。
「えっ? レルガ?」
「はっ? なんでここに居んの?」
「えっ?」
レルガが顔を上げて見てみると一糸を纏わぬサウィナとシャリンがいた。
「ん? なんでここにサウィナとシャリンが?」
「「き、キャァァァァァァァ!」」
「えっ?」
すると二人は赤面にシャリンは石を投げて来て、レルガは石にぶつかって意識が飛んだ。
「……あっ?」
「あ、起きた」
レルガが目を覚ますとサウィナの膝の上だった。
「さ、さっきはごめんねレルガ。 き、急だったから驚いちゃって……あ、でも女の子の体をあんなにまじまじと見ちゃいけません!」
謝罪と同時にサウィナとシャリンの裸体を見た事には小立腹のようでぷりぷりと怒った。
「……ごめんなさい。 そう言う常識的なの分からなくて」
レルガは素直に謝るしかなかった。
魔獣から生まれた身だからこそ人間の常識的な事や情緒がレルガには分からない事が多すぎる。
だからこそダルファス達からそう言う機微を理解していこうと思ってはいるが難しいとレルガは感じた。
「……そうか。 もうレルガを拾って五年経つんだね早いなぁ。 あっ、レルガ! 十三歳になったらフィルノ学院に行ってみたら?」
「……フィルノ学院?」
「そう。 九年間の学院制度でお金さえ払えば入れる学院で……あっ、そうだレルガ専用の端末買わないと」
「……端末?」
「え、えっとねこう言うので写真を撮ったり、連絡を交換出来たりする優れものなの!」
するとサウィナが胸ポケットから四角い物体である端末と言うものを取り出してレルガに見せつけた。
「……へー」
「……ねぇレルガ。 レルガは何か夢はあるの?」
「……夢?」
レルガはサウィナのいきなりの質問に戸惑った。
「急に夢とか言われても分かんねぇよ」
「そっか分からないか」
レルガがそう返すと柔らかい笑みを浮かべて、サウィナは笑った。
「……レルガ。 私、これからレルガ教えたい事があるんだけど」
「……何を教えてくれるんだ?」
「文字の読み書きとか、魔法とか」
「へー」
レルガはサウィナの提案に興味深そうに頷いた。
「ちょっと待ちなさい! その提案アタシも乗るわ!」
するといきなりシャリンが声を掛けてきた。
「あ、シャリンいい所に来た。 ねぇシャリンもレルガに魔法を教えてくれない?」
「ええいいわよ? その代わり! みっちりと教えてやるんだから覚悟なさいよね! このバカレルガ!」
シャリンは赤面しながらレルガ指を刺してフンと鼻を鳴らした。
「……よろしくお願いいたします」
レルガはサウィナからの膝から立ち上がりその場で土下座してお願いした。
「ふん! 覚悟なさいよね!」
そう言ってシャリンは照れくさそうに笑った。
「そういえば石を投げられて痛かった」
「そ、それは悪かったわね! で、でもアタシも恥ずかしかったんだから!」
「まぁまぁあれは事故って事でって言いたいけれど……ちょっとダルファスを殴ってくるね」
「アタシもそれ賛成!」
「ひっ!」
「じゃあ帰ろう」
サウィナの一言でテントに帰るとダルファスはサウィナとシャリンに捕まりその日の夜ダルファスの悲鳴が一日中響き渡っていた。
「……おはようジーグ」
レルガが目を目を覚まし、部屋を出るとジーグがいた。
「……おい昨日。 サウィナ達の裸を覗き見したらしいじゃないか? えっ? ぶっ殺すぞ?」
「……すみません」
朝早起きすると弓矢を背負ってジーグがレルガに向けて殺気を放ちながら鹿肉のスープを煮込んでいた。
「あの、ジーグ」
「なんだ? さっさとしろレルガ。 時間は有……危ない!」
「えっ?」
レルガがぼうっとしているといきなりジーグの右腕が吹き飛んだ。
「くっ、敵襲か!」
するとジーグは左手にナイフを持って辺りを見回していた。
「ま、待ってくれ! て、敵って……え?」
すると空から黒いフードを被った男が落ちて来た。
「きひひ。 仕事だ仕事!」
下品な笑い声を上げながら男はナイフを二本構えていた。
「……お前何者だ!」
「きひひ。 知る必要はねぇ!」
するとジーグと襲撃して来た男の剣戟が始まった。
「はっ? な、なんだよこれ」
「おい! ガキ早く逃げろ! でないと死ぬぞ!」
「へへ随分と余裕だなぁ! おい!」
「くっ!」
「じ、ジーグ!」
ジーグがレルガに向けて逃げるように声を上げたがその隙を狙われて右腕から鮮血が飛び出て地面を赤く染めた。
「ど、どうしよう」
レルガは何か出来る事がないか探すと薪を割る用の斧を見つけた。
「……こ、これで!」
レルガは斧を手に取り、気配をなるべく消して襲撃して来た男の背後に近づいた。
「ぐっ!」
ジーグは男に腹を蹴られてそのまま木に激突し、尻餅をついた。
「クソ!」
「テメェの方がクソだろ!」
「すまねぇリズリードさん」
「これで終わがっ!」
男がジーグの命を奪おうとした時だった。
男の頭には斧が突き刺さっており、絶命した。
「はぁ……はぁ……ジーグ。 だ、大丈夫か!」
「……レルガ?」
ジーグがレルガを見ると顔が青くなっているのを見た。
手が震えて目の焦点も合っておらず、震えていた。
「お、俺ひ、人を殺して……う、うぐぇ」
「レルガ!?」
レルガは思わず吐いてしまった。
初めて人を殺した時の感覚と命を賭けた心理戦による恐怖。
何より人間としての情緒の不安定さが胸を込み上げて吐いてしまった。
「はぁ……はぁ」
「落ち着けレルガ。 呼吸だ。 呼吸をしろ」
「あっ」
レルガはそのまま意識を失った。
「……大丈夫か。 ジーグ」
「……リズリードさん」
ジーグが背後を振り返るとリズリードがおり、安堵した声を出した。
「俺の事はいいんで、レルガの事を気にして下さい」
「それもいいが。 お前の右腕が先だ。 サウィナとシャリンに頼んでくっつけて貰え」
「……分かりました」
ジーグはレルガを地面に寝かせてテントへ向かった。
「よくやったな。 二人とも」
「……はい」
リズリードの言葉にジーグは頷く他になかった。
「……あ」
レルガが目を覚ますとテントの中だった。
「い、一体何がごほごほ」
レルガは立ち上がろうとしたが咳が酷くそれどころではなかった。
「……レルガ。 大丈夫か?」
「……ダルファス」
「……初めて人を殺したんだもんな」
「あっ……うっ」
レルガは手に残る命の感触を思い出してまた吐きそうになった。
「だ、大丈夫だ! これに吐け。」
「う、うぐおぇぇぇぇ」
胃液を銀の桶に吐いてレルガは少し、落ち着いた。
「今は休め。 何も考えるな。 ゆっくり眠れ」
「……うん」
「よし」
レルガはダルファスの言葉に頷いて眠りについた。
「んーよく寝た!」
レルガは初めての人を殺して二日目の朝快調し、テントの外へ出た。
「……おはようレルガ。 回復したか?」
「……お陰様で」
「……そうか良かった。」
テントを出るとジーグがおり、薪を両手で斧を持って割っていた。
どうやら腕はくっつける事が出来たらしい。
「……昨日はダサいところを見せたな」
「……別に大丈夫だよ」
「そうか」
そう言ってレルガは薪割り斧を持って木材を斬り始めた。
「本当にありがとうな」
「あぁ」
「これから様々な戦闘方法を叩き込んでやる」
「えっ、まだやる事あんの?」
「当たり前だ。 お前はこれからどんどん強くなって貰わないといけないからな!」
「……分かった」
こうしてレルガは獣の旅人と一緒に暮らした。
ちなみに今、獣旅人がいるのはゼロライド帝国の西方面のフィルノ地区と言う所らしく、そこを拠点に獣の旅人は活動している。
その日常の中でレルガは毎朝起きては薪割りとご飯の準備をし、昼はダルファスと剣の鍛錬に明け暮れ、午後はサウィナとシャリンと一緒に魔法の勉強に励んだ。
そんな事を繰り返して七年が経った。
「……もう七年経って、十二歳かぁ」
レルガは七年の時を得て、人間らしい言葉や行動を取れるようになっていた。
いつも通り、ルーティンである薪割りをしつつ、料理の鍋をかき混ぜていた。
「おはようレルガ早いな」
「おはようジーグ」
「くはっ。 もう一人前だな」
そう言ってジーグが笑って頭を撫でた。
「……や、やめろ。 もうそんな歳じゃねーし、後一年で俺はフィルノ学院に行くんだからよ。 確かみんなは麻薬を売ってる連中の討伐だったな! 今日みんな帰ってくるよな!」
「そうだな。へっ、生意気言うようになったじゃねーか」
そう言ってジーグが柔らかく笑った。
「……なぁ。 急なんだけど俺、一回洞窟に行ってみたいんだけどいいかな?」
「……そうか。 今日は一人で冒険者してみるつもりなのか。 だったらほれ」
「えっ?」
ジーグが何が四角いモノを投げ渡して来た。
「ジーグこれは?」
「お前の端末だ。 来年からお前も学院に通う人間になるからな。 端末ぐらいは持っておかねぇと」
「えっ? なんで急に」
「そ、そりゃあオメェ。 獣の旅団五人みんなで話し合って買ったに決まってんじゃねぇかよ」
そう言って愉快そうにジーグは笑った。
「ありがとう!」
「それとほれ」
「……鍔のない剣と白い杖と何これ? ペンダント?」
「剣はダルウィン。 杖はシャリン。 ペンダントはサウィナからだ。 大事にしろよ?」
「ありがとう! ジーグ!」
「それと! 俺とリズリードの旦那からこれだ!」
「……ナイフとマフラー?」
「まぁな。 俺達二人は北のスノルドの出身だからどうしても贈り物がこんなのになっちまうからな。 …….いらなかったか?」
「いや嬉しいよ。 ジードじゃあ俺洞窟に行ってくるよ」
そう言ってレルガは一人洞窟に向かって歩き始めた。
「お、見つけたぜ!」
レルガは洞窟を見つけるとそのまま入って行った。
「さてと……来たな!」
レルガは一人歩いているとムカデの大群が来たので腰の剣を抜いてそのまま一刀両断し、そのまま歩いて行った。
「……ここはあんまいいのいないな」
すると背後に気配を感じて振り返った。
「なっ!」
すると何故か背後にシャリンがいた。
「……なんだシャリンかおかえり」
レルガはため息を吐いて安堵した。
「うん。 ただいま」
「帰ってくるの早かったね」
「まぁ。 アタシに掛かれば楽勝よ」
「もう少し洞窟にいたかったけど、帰ろうか?」
「ええそうね。 さよならレルガ」
「なっ!?」
すると何故かシャリンが右手に持った短杖でレルガの右腕を飛ばした。
「う、うぁぁぁぁ!? し、シャリン! 何するんだ!?」
「ふふふ。 く、薬を! 薬が欲しいの! その為にレルガを殺さないと薬が貰えない!」
「……どうしたんだよ。 ……シャリンおかしいよ」
「はぁはぁ。 薬が! マテリアの粉が欲しい!!」
「……シャリン……どうしたんだよ」
レルガは目の前で起きている事が分からなかった。
あの勝気で優しいシャリンが発狂しながら髪を掻きむしっている。
「はぁはぁく、くす……り」
急に発狂が止まるとシャリンはそのまま膝をついて倒れてしまった。
「し、シャリンなぁ……シャリン」
急な事が起きて、レルガの思考はパニックになっていたがそれでも大切な姉代わりの人のそばに行き、その体を抱きしめた。
胸に耳を当てたが心臓の音は全く聞こえなかった。
「そんな……シャリン」
レルガは急に目の前で薬物中毒で死んだシャリンの名前を呟く他なかった。
急な姉とも言える人物の死にレルガは戸惑いを隠せなかった。
「……帰ろう。 シャリン」
そう言ってからレルガはシャリンを背負って歩き始めた。
「……必ず埋葬してやるからな」
シャリンに声を掛けてから歩くと人の影が見えた。
「よかった! レルガ!」
「ジーグ! ど、どうしたんだよ!」
その影の正体がジーグでレルガは驚いた。
レルガの元へ走ってきたジーグの両腕はなくなっていた。
「……逃げろ遠くへ! 今すぐに!」
「な、なんで! なんでだよ!」
「後、これを!」
「えっ?」
「皆の端末だ。 決して無くすんじゃないぞ! お前が信頼する人にしかこれを見せるな!」
するとジーグが五つの端末をレルガで渡してきた。
「まっ、待ってよジーグ! 何が起きているんだ! ダルファスは? サウィナは? リノやリズリードだって! 帰って来てるんでしょ!」
「時間がない! ビュム!」
「う、嫌だ! なんで説明してくれないんだ! 話してよ! ジーグ!」
「すまないレルガ。 生きてくれ」
ジーグはレルガを風魔法で空へ吹き飛ばすとそのまま火事が起きている方向へと走った。
するとガラの悪い連中がジーグの目の前におり、ジーグの命を情け容赦なく奪った。
「ジーグぅぅぅぅぅ」
レルガは空の上で泣き叫ぶ事しか出来なかった。
「がはぁ。 ゲボゲボ。 ここどこだ?」
レルガは地面に着地すると辺りを見回した。
何もない平原と言うべき場所であった。
「う、臭い」
腐臭がして辺りを見回すと、シャリンから匂いが発生しており、もう体が腐り始めているのだと悟った。
「……シャリンごめん。 これ以上腐る所見たくない」
レルガは埋葬しようと思ったが魔獣がシャリンの遺体を食べてはいけないと思い、レルガは炎の魔法でシャリンを埋葬した。
「う、うぅぅぅシャリン。 みんな、みんなぁぁぁぁぁぁぁ」
レルガは急な仲間の死に慟哭する他なかった。
「……歩こう」
レルガは一人歩いた。
「……はぁはぁレルガどこですか? どこにいるのです?」
「っ!? リノ!」
レルガは空から降ってきたリノに駆け寄り、走った。
「ああ、レルガどこ? どこなのですか? 何も感じません。 何も聞こえ泣いのですあぁ誰か手を手を握って」
「リノ! 俺はここだ! ここにいるぞ!」
「あぁ。 温かな声がします。 これはレルガですね。 よかった。 最後があなたの腕の中で死ねるとは神はや……はり見てくれている……ごふ」
「……リノ?」
リノがレルガの胸元で血を吐いた。
よく見てみると腹には大きな穴が空いており、既に虫の息である事に気がついた。
「リノ?」
「神……よ」
そう言ってリノの体は光の粒子となって霧散し、レルガの手には羽のようなものと縦笛だけが残った。
「あ……あぁぁぁぁぁぁ!!」
最後の家族の死にレルガは慟哭する他なかった。
そして歩きながら五つの端末について調べた。
内容は闇取引を行う連中についてのリストと、レルガに向けたビデオメッセージだった。
『あーえっとレルガ? やっほー』
『ちょっとサティナ。 もう少しいい挨拶ないの?』
『えー? だってレルガが入学した時に部屋で見る初めての映像だよ? 少しでも可愛くしたいなって思うもん』
『うんうん。 分かる。 分かるぞ!』
するとふと出てきたダルウィンが大きく頷く。
『レルガ。 お前は俺達の勧めでフィルノ学院に入ったが、嫌だったら退学してもいいんだぞ? 俺らお前の決断を尊重するし、応援する。 後、学園のハーレムを目指すんだったら慎重にな! ゼロライド帝国は多重婚や同性婚も出来るけど癖の強い奴らばっかりだからな!』
『……レルガ。 アタシが魔法教えたんだから頑張りなさいよね! 絶対魔法科の連中とかに負けるんじゃないわよ!』
『ジーグとリズリードはなんか喋らないのか?』
『……別に? 俺らは祈るだけさ。 あいつの学院での頑張りを』
『そうですね。 リズリードの旦那』
『はい。 レルガ、神は見ておられます。 あなたの言葉と行動をだからこそあなたは誠実に生きなければならないのです!』
そう言ってリノが演説のように声を出して
「……みんな」
温かいビデオメッセージだった。
心細くなるレルガを思ってのメッセージだった。
「うっ、ぐすん。 えっ?」
すると一つの端末が音を立てて鳴った。
レルガは手を震わせて電話に出た。
「……もしもし」
『やぁ。 レルガ君こんにちは。 これはダルウィン君の端末で合っているかな?』
「誰だ?」
とても優しい口調だが冷酷な声だった。
その声を聞いて声を震わせながらレルガは耳を傾けた。
『最後に君にダルファス君とサウィナが連絡を入れたいとの事でね』
「おい待て! いきなりなんだ?」
レルガは端末に声を掛けるが向こうの景色がどうなっているのか分からず不安になった。
『……レルガ無事か?』
「ダルファス!」
声の主はダルファスだった。
とても掠れた声だったが確かにダルファスだとレルガは感じた。
「ダルファス! 今どこだ! 助けに行く! 場所はどこだ!」
『はぁ……はぁ。 レルガ。 俺達はもう時期死ぬ。 そしてこの言葉を残すマクリオンの目だ。 いいか? まく』
ダルウィンがそう言うと向こうでグシャと音が響いた。
「おい。 ダルファス? ダルファス!」
すると音がぷつんと音を立てて切れると一つの写真が送られてきた。
「……何これ」
レルガが見てみると体がボロボロになったダルウィンにリズリード。
そして美しい顔がボロボロになったサウィナだった。
「……みんな」
レルガはダルウィンの端末を燃やし、そして闇組織のデータとビデオメッセージだけを自身の端末に入れた。
「……ジーグのポイントすごい。 えっ?」
するとジーグのポイントがものすごい数字であったなんと十億ポイント入っていた。
「な、なんで? こんなに!」
よく見てみるとジーグは几帳面だったらしく、食事のほとんどを狩りと薬草でやりくりし、さらに冒険で貰ったり会得し金品は全てポイントに課金したらしい。
「えっ? メモがある」
ポイントに添付されたメモには全てレルガ専用の金であると書いてあった。
「……ありがとうジーグ。 大切に使うよ」
レルガは死んだジーグに対して礼を言った後、ジーグの端末から十億ポイントを自身の端末に入れてからジーグの端末を燃やした。
「……俺は生きるよ」
そしてレルガは一人ゼロライド帝国の王都付近にある学院フィルノ学院を目指して旅をした。