第一章4
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ヤス目線
子供の頃の俺はテレビで活躍する戦隊ヒーローに強く憧れを抱いていた。
大人になった今思えば、あんなの毎回似たり寄ったりのストーリーで何が面白いのか分からないが、とにかくねだりにねだって変身アイテムを買って貰った時は春樹と一緒に夕方まで泥まみれになるまで遊んでいたように思う。
そのまま帰ったら母さんにこっぴどく叱られたっけ。
「全くー…。
こんなに汚して。
お父さんとお風呂入っちゃいなさい。」
「はーい。」
「おう、入るぞー!」
父さんと一緒に入る風呂も好きだった。
仕事で疲れて帰る日も多かった父だが、その時にはよく俺の話を聞いてくれた。
当時の俺にとってはそれが楽しく、とても幸せな時間だったと記憶している。
「そうかー。
ヤスはヒーローになりたいのか。」
「うん。
ヒーローになりたい!」
「じゃあヤス、お父さんと約束だ。」
「え?」
「ヒーローはな。
ただ世界の平和を守るだけじゃ駄目なんだぞ?
ヒロインを守るのだって重要な役目だ。」
「あ、うん!」
「ヤスは強い男になって母さんを守るヒーローになるんだぞ?」
「うん!
絶対になる!」
「よし、約束だ!」
父さんは俺の頭を撫でながらそう言った。
それからの俺は積極的に体の弱い母さんの手伝いをするようになった。
そうする事で、憧れていたヒーローになれているんだと幼心に思い込んでいたのだ。
その度に母さんが喜んでくれる事もまた嬉しかった。
そんな母さんが入院したのは小四の春。
その日からは母さんはどんどん弱っていった。
「ごめんね…。
ヤス君。」
「別に…。」
ベッドに寝転がる母さんに、なんて声をかけたら良いか分からなかった。
「お母さん、しっかりしなきゃだね。」
「そんな事ない、母さんはいつもしっかりしてんじゃん。」
「しっかり…か。」
その時の母さんは、なんだか寂しそうな顔をしていた。
「ヤス君は本当に良い子ね。
お母さんが居なくても大丈夫そう。」
「な、何言ってんだよ!?」
「ごめんね、こんなお母さんで。」
「…!」
「ごめんね…。」
泣き出す母さん。
でも俺は泣かなかった。
「母さんは俺が守るから!
だからそんな事言うなよ!」
「うん、ありがとう…。
もう立派なヒーローね。」
「うん、俺はヒーローだ!」
病院から帰る時、父さんの前で俺は泣いた。
ヒーローは大切な人の前では泣かないんだ。
主人公が言ってた台詞。
俺は母さんの前で精一杯強がるぐらいしか出来なかった。
だから母さんが居ない所ではこうして涙が零れる。
そんな俺の頭を、父さんはいつも優しく撫でてくれたっけ。
そこで目が覚める。
「最近、どうもあの日の夢を見る。」
それはまるで忘れる事を許さない罪の十字架のよう。
俺は結局ヒーローに憧れを抱いているだけの少年でしかなく、大切な人一人すら守れなかった自分がヒーローになんてなれる筈ないとあんなに憧れていたヒーローその物を嫌いになった。
そんな俺に涙を流す資格なんて無い。