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007話「ちょび髭ゲッツ」

「あ、あの、貴方(あなた)は……」


ヒルダは震える指先で眼の前の中年男性を指差す。


「はい、いかがなされましたでしょうか、お嬢様?」


ちょび髭の男はきょとんとした顔で見返している。


「い、いえ、なんでもないのです。お疲れ様でした」


「いえいえ、恐れ多きお言葉ありがたく存じます。それでは御用向きがございましたら、このゲッツめをお呼びくださいませ」


うやうやしく頭を下げたゲッツは、院長室から去っていった。


ノォオオオ~~~ッ!

わたしの不倶戴天(ふぐたいてん)の敵ぃっ!!


見た目はなんとか平静を装ってはいるが、心の中でヒルダは頭を抱えていた。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



『ローズ・キングダム』は今でこそ有名タイトルになってはいるが、PCから家庭用(コンシューマ)ゲーム市場に新規参入した開発会社からひっそり販売されたこともあり、当初は一般のユーザーはもちろんのこと、BL好きからも注目されていたわけではない。


しかし次世代型の家庭用ゲーム機のリリース直後にタイミング良く発売されたこともあり、幅広いユーザー層にBLゲームの魅力を広めた作品として人気を得た。


小規模なゲーム会社の開発費は大手に比べかなり低めに抑えられがちで、制作コスト削減のためにキャラクターのグラフィックを使い回しされることが多い。

特にロズキンの場合、モブキャラ(群衆や通りすがりなどの役割もない、名もなきキャラクターのこと)を描写する際にそれが顕著で、「モブおじさん」と呼ばれるかなり個性的なちょび髭の中年男性のグラフィックが使用されていた。

モブ村人やモブ兵士、モブ貴族にも同じ顔の男が使い回しされているのを見たユーザーから「せめてもう少し汎用性のあるモブキャラ絵はなかったのか」とツッコまれるくらい使用頻度は高かった。


そして使い回しは、攻略キャラであるゲオルグの変装したゲッツにも利用されており、ヒルダが聖女ルカに悪巧みを計画するシーンにもちょくちょく登場していたため、ロズキンについて語られているネット掲示板やSNS上では、次第にネタキャラとして扱われるようになっていた。

開発元がネット上で募集した人気投票では、他のキャラを押しのけてベスト3を獲得したこともあるが、これは一部のファンが悪ノリして投票を呼びかけた結果だ。


……とまあそんな余談はさておくとしてだ、どうしてここに?

やっぱりわたしがちゃんと心を入れ替えて、真面目に修道女をやってるか監視しに?

それとも、もしかしてさっきの話聞かれてた?

まず叔母様にあの男の正体がゲオルクだって伝えなきゃ。


いや、ちょっと待て。

あれがゲオルクだという根拠を聞かれたらどうしよう。

ここはゲームの世界だから、とか言っても正気を疑われるだけだ。

下手したらビールを作る前に、実家送りにされちゃうかもしれないし……。


「……ヒルダ」


「ひゃいっ!?」


頭の中をぐるぐるさせていたヒルダは、突然リヒャルディス院長に呼ばれ飛び上がった。


「どうしたんだい。ゲッツに新しい機材を工房に運ばせたからね。明日からはソイツを使ってみるといい」


「道具……?」


「やだね、人の話をちゃんと聞いてないのかい。王都(ミッダーリンゲン)で、最新式の錬金窯やらなんやら買い付けてきたのさ」


(たしかに今の設備のままだと、手作業の部分が多すぎて大変かも)


「買い付けはゲッツに任せていたから、マニュアルをもらって使い方を教えてもらいな」


「いぇええっ!?」


「とは言ってもアイツも技術者じゃないから、教えられることもそうないだろうけどね。あとはヒルダ自身で覚えていくしかない」


「そ、そうですか……」


「不安だろうけど、アンタが自分で選んだ道だよ。自分自身で切り拓いていくしかないんだ」


「大丈夫ですよ、ヒルダ様! 男性が側に居るのが不安なら、わたくしも必ずお側にいるようにいたしますから」


ヒルダの表情を見たふたりが、叱咤と激励の言葉をかけてくれたが、残念ながら見当違いだ。


色々と考えた結果、わたしが導き出した答えは「しばらく様子を見てみる」という結論を引き延ばすというものだった。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



朝の礼拝が終わり、急いで朝食をかきこむとヒルダはまっすぐ麦酒工房(ブルーイング)へと向かった。

既にゲッツだけがいて、修道女たちがやって来るのを待ち構えていた。

中には昨晩搬入されたばかりだというビール製造用の機材が並べられている。


「おはようございます。お嬢様様」


「お、おはようございます」


ゲッツとふたりきり……ものすごく緊張する。


「始業時間はまだのはずですが……だいぶ張り切られておられるご様子ですな」


「ええ、まあ……。新しい機材に早く触れてみたくて。使い方は貴方が教えてくださるのですよね?」


「左様でございます。ですが私は技術者から聞いた基本的な操作方法をお伝えすることしかできません」


「はい。そちらは院長から伺っております。……後は自分で試しながらなんとかやってみようと思います」


ヒルダは機材の一式を眺めながら答える。

最新式の麦汁の煮沸や仕込み用の釜は銅で出来ており、工房内に差し込んだ朝日によって赤褐色の反射光がキラキラと目に眩しい。


穂乃花がビール製造に関わっていた当時は、銅製の釜は熱が伝わりやすく耐久性も高い、ビールの雑味を消してくれるなど様々な効果があり、ステンレスが普及した後においても醸造設備の素材として最適な金属とされていた。


――これなら、きっといける!


「失礼を承知でお伺いしますが、お嬢様はこれまでビールの醸造について学ばれたことがございますか?」


「……本の知識だけなら」


もちろんゲッツに対しても、前世の記憶については話せない。


「ははぁ」


「でも、やるしかないんです。できなければ、ここを出ていかねばならないのですから」


院長と交わした、2ヶ月以内に質の高いビールを作れなければフォルマー家に出戻るというという約束も、スパイであるゲッツことゲオルクに漏らしてはならない内容だろう。

しかしヒルダは相手が何者であろうが、自分の決意を示すためあえて表明することを選んだ。


「……そうですか。そのお覚悟ならば微力ながらこのゲッツ、お嬢様をお助け申しますぞ」


「ありがとう。……でも、お嬢様と呼ぶのは止めてくださいますか。私はここでは一介の女修士に過ぎません。ヒルダ、で結構です」


「承知しました。ヒルダ様」


笑顔を見せているけど、その目はあまり笑っていないように感じるのは、わたしの気の所為だろうか。


「お嬢様、遅れて申し訳ございません!」


工房内に慌てて駆け込んできたのは、メイドのエリーゼ。


「あら、ごめんなさい。私が朝ご飯を食べたあと、声をかけずにここに来てしまったから」


「ですが……」


「いいのよ。貴方もお嬢様というのはやめて。これから私は、ただのヒルダ」


「……はい。ヒルダ様」


その内、ガヤガヤと外が騒がしくなってきた。


「おはようございま~す! おや、皆さんお揃いですね」


と会話中に元気よくやって来たのは、ミアを含む4人の女修士たち。



さあ、準備は整った。

これから異世界でのビール作りに挑戦だ!

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