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024話「国際政治学」

母ルイトガルテの口から飛び出したマグナスなる人物。


(あ、思い出した!)


――マグナス・バートリ。


ヒルダの脳裏に真っ先に浮かんだのは『ローズ・キングダムEX(エグゼ)』のパッケージ絵だ。

『ローズ・キングダムEX(エグゼ)』は『ローズ・キングダム』に攻略キャラ7人に、マグナスを含む3人の新規キャラを追加したエクスパンデッドエディション(EX版などと呼ばれる)で、前世の穂乃花がとうとう一度もプレイすることが出来なかったゲームだった。

新作のパッケージでは前作の7人の攻略キャラと共に描かれ、アルベルト第一王子の隣で腕組みをして不敵な笑みを浮かべて立つ、いかにも俺様系キャラだ。


マグナスが皇太子を務めるウルガン帝国は、一言でいえばネアンデル王国の仮想敵国で、ネアンデル王国やかつてのフォルマー王国の北西部に位置する巨大な存在であった。

強大な兵力を持つも、寒冷地が多く農作物に恵まれないウルガンは、古来より両国の豊かな領土を奪うべく度々侵攻を繰り返している。

しかし百年前、その圧力に対抗すべくフォルマー家は高祖を同じくするネアンデル王国に(くみ)し、ネアンデル王国の公爵となった。

それ以降、ウルガン帝国の侵攻は鳴りを潜めたが、国境の緊張関係は今もなお続いている。


そんな国の第一皇子が留学と称し、ネアンデル王国のロズモンド学園に入学したのだから、最初の登校日からかなりの話題となった。


しかしヒルダが将来、アルベルトと結婚してネアンデル王国の王妃となるのであれば、学生の内にマグナスと交流と何らかの交流を持っておくべきだったが――


(だけどヒルダってアルベルトにしか興味なかったし、政治のことなんてどうでもいい!なんて思ってたし)


とうとうマグナスとは一度も話をすることもなく、ヒルダはロズモンド学園から追放されることとなった。


だからマグナスの人となりも知るはずもなかったが、穂乃花が発売前のゲーム雑誌で『ローズ・キングダムEX(エグゼ)』の記事では、イベントスチルの紹介によってマグナスが主人公ルカの腰を強引に引き寄せてキスしようとしたり、ルカを巡ってアルベルトと対峙するシーンがあるのは知っていた。

でも覚えている情報はそこまで。

穂乃花はゲームを新鮮な気持ちでプレイするために、ゲーム雑誌どころかSNSの投稿もシャットアウトするほどのガチ勢だったのだ。


(でもゲオルクだけじゃなくて、新キャラまで追放後のヒルダ(わたし)に干渉してくるなんて……!)


すると突然、ガタンと音を立ててマクシミリアンが椅子から立ち上がった。

見ると心なしか青ざめた顔をしている。


「父上、母上! 何故そのような重要なことを私に(あらかじ)めお教えいただけなかったのですか!?」


「……済まなかった。マグナス皇子にも色々と事情があるとのことで、伏せておった。それにロズモンドの王族にもヒルダと引き合わせたと知られれば、なにかと都合が悪い」


(んん? どうして都合が悪いんだろう?)


会話の意味するところを理解できなかったヒルダはエリーゼを見るが、こくこくと(うなづ)くばかり。


(いや、説明してってば!)


「恐れながらお尋ねします。そのことは我が父は存じておりますでしょうか?」


マクシミリアンの婚約者、リンゲン侯爵の長女ソフィアも緊張した面持ちでフランツに尋ねた。


それにルイトガルテが代わりに答えた。


「いえ、このことは極秘事項です。貴女はいずれフォルマーの一員となるのですから、実家とはいえ他言は無用です」


「は、はい」


ソフィアの顔も、未来の夫と共に青ざめている。


「では私も明日の準備をするので、先に部屋へ戻ります」


話は終わったとばかりに、ルイトガルテは夫に声をかけテーブルから離れた。


「母上、話はまだ終わってな――」


「夕食は後で摂るから、料理は部屋に運んでもらえるかしら」


給仕にそう告げると、ヒルダの制止も聞かず食堂を出たのだった。


(結局ビールは一口も飲んでくれなかったな……)



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



気まずい食事の終わったヒルダとエリーゼは客間棟の自室に戻り、ソファの前で向かい合って座った。

別の部屋で待機していたオットーや、隣の間仕切り部屋にいるシスター・ノラは夕食の後、すぐに就寝したようだ。


「ねえ、エリーゼ。もっとちゃんと説明してくれないかしら?」


「申し訳ございません。ルイトガルテ様から、城に戻るまでは全て伏せておくように、というお達しがございました」


「それは分かるけど、そもそもどうして私がマグナス皇子と会う必要があるの? それにマックスたちがあんなに焦ってたのは何故?」


「全ては――ルイトガルテ様がお嬢様を想うが(ゆえ)です」


「私の?」


「お嬢様はこのフォルマー公国の成り立ちや、ネアンデル王国やウルガン帝国との歴史についてはご存じですね?」


「ええ」


ご存じも何も、それをヒルダに教えてくれたのは他でもない、幼少期に家庭教師を務めていたエリーゼなのだ。


「ルイトガルテ様はヒルダ様がアルベルト王子から婚約破棄されたことを大いに悲しまれてました。(いわ)れなき汚名まで着せられ、修道院に追い払われたことも」


「それはそうよね」


「そして衆目環視の中でお嬢様を貶めたロズモンド家に対しても、大層お怒りでした。それはもうフランツ陛下が引くほどに」


「お母様がそこまで……」


「公共の場であそこまで辱められては、この国で新たにお嬢様の嫁ぎ先を見つけることは困難……そうお考えになられたのでしょう」


(おや? これってもしかして……)


「フォルマー家の姫君を嫁がせるに相応しい格式の家柄で、ネアンデルの連中を目にものを見せつけられるような格式高きお相手――」

「かつての宿命の相手、ウルガン帝国の第一皇子。マグナス・バートリ様を他においていないでしょう!」


「いやー、それは普通にダメでしょ!」


「!? どうしたのですお嬢様。ダメとは一体……?」


ヒルダのツッコミに、エリーゼはきょとんとした顔をしている。


「我がフォルマー公国はネアンデル王国の領邦(りょうほう)国家として、百年の歴史があるわ。どうしてそうなったのかは、貴女が授業で教えてくれたことよ」


「はい、かつてのウルガン帝国は我らの故郷を蹂躙しようと何度も攻め入ってきました。ですが、もはやそれは遠い昔の話。現在のバートリ家は理性的な皇帝を輩出しておりますし、安全保障の観点からも友好関係を結んでおけば――」


「友好関係は結構なことよ。でも歴史に学ぶなら、ウルガンは容易に信用すべき国家ではないわ」


ヒルダは食事会の場でマクシミリアンとその婚約者のソフィアが戸惑っていた理由をようやく理解した。

まだ15歳になったばかりのふたりが、ヒルダとマグナスが会うことの意味を即座に理解していたのだ。


「それに仮に私がウルガン帝国の王妃になるなんてことがあったら、それはネアンデル王国という連邦国家から離脱して、ウルガン側に(くみ)するようなもの」


「お言葉ですが……たとえお嬢様がウルガンに嫁いだとしてもフォルマー家を継いで国家を率いるのはマクシミリアン様。あの方がネアンデルとの距離感を適切に保つように努力すれば、双方とも牽制することができるはずです」


「私にはこの二国とも等距離を保つという考え方は、非現実的だわ。ネアンデルとの交易や軍の連携を考えてもね」


立て板に水を流すようなヒルダの言葉に、エリーゼはタジタジとなった。


(一体お嬢様は、どこでそのような政治学を学ばれたのかしら……?)


(な~んてエリーゼは思っているでしょうけど、実はこれ大学の教授が言ってたことの受け売りなんだよね)


大学では醸造学を学んでいた穂乃花だったが、リベラルアーツをカリキュラムに取り入れていたので、何気なく国際政治学の講義を受講していたのだ。

リベラルアーツとは専門外の分野の学問を学ぶことで、学生の幅広い視点を持つことを目指す目的で導入されていたものだった。


「ですが、そもそもお嬢様との婚約を破棄し、学園から追放したネアンデル側に落ち度があるのではないでしょうか……?」


「たしかにアレは納得いかないことだらけだったわ。でも国家の対立にまで発展するのを食い止めるための落としどころが、私のトラヴァルト修道院送りでしょう」


「うっ……」


しかし実のところ、ヒルダが気にしているのはビールの販路を開拓する際にネアンデル王国との紛争によって、交易網が閉ざされる危険性がないかということのみであった。


「私は……私怨や、ただの意趣返しのために民を巻き込むつもりはありません」


私はテーブルを叩いて、勢い良く立ち上がって宣言した。


「それにね。ずっとビールを作っていきたい私にとっては、お相手が皇子様だろうとなんだろうと、まだ結婚する気がありません。なので明日、トラヴァルト修道院に戻ります!」

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