022話「再会」
シュレルバイン城の中に入ったヒルダは、かつて生活していた自分の部屋ではなく、まず城内の礼拝堂に向かった。
女修士のひとりとして、女神エルバーに旅の無事の感謝の祈りを捧げるためだ。
その後、礼拝堂の横に併設された宿泊の客間棟に荷物を降ろした。
馭者として連れてきたオリバーは別の個室に泊まってもらい、ヒルダとエリーゼ、シスター・ノラは皆で一番広く華美な部屋に泊まることにした。
実家なのだから、自分自身の部屋に泊まるのが自然だろうが、ヒルダはフォルマー家の長女ではなく、単なる訪問客としてのポーズを示す必要があったからだ。
また、先輩修道女のシスター・ノラをここに独りきりにするのも忍びないと気遣ったというのもある。
そして荷解きを終え、ベッドの上に座ると……猛烈な眠気が3人を襲った。
「――様……。お嬢様」
エリーゼが呼ぶ声で目を覚ました。
部屋に差し込む日光は朱く染まり、日は沈み始めている。
(しまった)
ヒルダが柱時計を見ると、自分が4時間以上も眠りこけていたことに気づいた。
しかし睡眠はまだまだ足りておらず、思わず欠伸が出てしまう。
「陛下が夕食会にお招きくださいました。準備をしましょう」
両親と食事をするというのにわざわざ夕食会という形を取るのも不自然ではあるが、貴族とはこうしたものだ。
一足先に起きたエリーゼが湯を張ってくれていた風呂に急いで入り、用意した簡素ではあるが上質なシルク製のドレスを身にまとう。
修道服のベールは脱いだものの、御髪は昔のように、金髪縦ロールにすることはなく、髪留めを付けてストレートにするだけに留めた。
「それとお嬢様。料理長がご希望のメニューを尋ねております」
「……そうね。久しぶりにブレゼが食べたいな。お願いしてもらえるかしら」
「かしこまりました。お伝えしておきます」
「あ、そうだわエリーゼ。せっかくだから、アレを使ってもらいましょう!」
「はい。それでは厨房に運んでおきますね」
食事会に一抹の不安を抱きつつも、ヒルダは久々の故郷の味に心を踊らせていた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「お久しゅうございます。陛下。……皇后陛下」
ヒルダは城本棟の二階にある食堂へ先に行き、両親の到着を待っていた。
父、フランツ・フォルマー42歳。
第53代目フォルマー家当主で、ネアンデル王国の公爵でもある。
温和な性格だがストレスも多く、そのせいか髪の毛も薄くなりつつある。
母、ルイトガルテ・フォルマー38歳。
元ヴェッセル辺境伯爵令嬢でトラヴァルト修道院長のリヒャルディスの妹。
姉と同じ美しい蒼の瞳を持ち、ヒルダにも受け継がれている。
フォルマー公爵夫妻が現れるとドレスのスカートの裾を両手で持ち上げ、片足を斜め後ろの内側に引いて挨拶をする屈膝礼をした。
久しぶりに愛娘の姿を認めた夫妻はヒルダの元に駆け寄って抱きしめ――
「おお……ヒルダ……やっと帰ってきたのだね。会いたかったよ」
「ああ、私たちのヒルダ。こんなにやつれてしまって……!」
――などいう、感動の再会シーンは特にない。
「ヒルダよ。こうして久方ぶりに顔を見れたこと嬉しく思うぞ。……昨夜は旅路の途中で野盗の襲撃から逃れたと聞いたが、さぞ辛い思いをしたであろう。身に障りはないか?」
ヒルダにつられて、フランツも妙に格式張った物言いになってしまった。
ちょっとあなた――とフランツをたしなめて、ルイトガルテがヒルダに向き合った。
「もうヒルダったら。父上、でいいでしょう。ここは貴女の家なのよ」
従者たちが椅子を引き、ルイトガルテとフランツがテーブルについた。
今度はエリーゼがヒルダの椅子を引く。
「あら? エリーゼも一緒に食べましょう」
「いえ、私は部屋に戻ってからいただきます」
と目を伏せたまま小声で返した。
「ティフェルの森の件は――調査中です。幸いヒルダに怪我がなくて良かったけど、万が一のことがあれば……。とにかく責任の所在は明確にするつもりです」
(うわ、お母様はかなり怒ってるぞ)
「エリーゼ。クロイはなんと申しておる。山賊の跋扈は、かの家の名誉にも関わることだが……」
「ハッ、陛下。もともとお嬢様の警護はクロイ家の方から申し出があったもの。しかし先方からは“友軍内での連絡に齟齬があり、警護に不備があった”と繰り返すのみ。未だ誠意のある謝罪はございません」
父とエリーゼの会話を聞いて、ヒルダもようやく問題の大きさに気付いた。
――そうだ。ティフェルの森は隣国のウルガン帝国と、クロイ辺境伯の領地の間に広がっている。
「クロイ……マルガレーテ・クロイ。彼女は今、どうしてるのかしら?」
ヒルダはロズモンド学園に居た時に、自分の取り巻きのひとりだった貴族令嬢のことを思い出した。
彼女はかつてフォルマー公国が存在していた頃に、国境を接するウルガン帝国からの侵攻を防ぐための領地を持つ、クロイ辺境伯の長女であった。
鳶色の瞳を持ち、艷やかな黒髪をツーサイドアップにして、顔にはまだそばかすが残っていた。
やや癇の強いところはあるものの、ヒルダにはよく懐いていた。
ヒルダが【聖女】ルカの存在に反感を抱くようになると、その意を(勝手に)汲んでルカに対し攻撃的な態度を取るようになってしまう。
それが次第にエスカレートしていき、ヒルダも彼女を持て余すようになっていたが、自分を「お姉様」と慕う娘を制止することは最後までできなかった。
(今更なことだけど……私がルカにしたことって、半分くらいはマギーの仕業だったような気がする)
そんなことを思い出していると、エリーゼが両親のために補足してくれる。
「陛下、マルガレーテ様とはクロイ家の長女でお嬢様のとても仲の良いご学友です。ただ、敬愛の情が深すぎるが故に暴走することも多く――」
「なるほど、概ね理解した。その娘は、辺境伯の髪と気質を存分に受け継いでいるのかもしれぬな」
フランツは幼いからの知己であるアウグスト・クロイ辺境伯の激しやすい性格を思い出して答えた。
「だが、誰の指揮かは知らぬが、クロイ家の者が職務を怠ってヒルダを危険に晒したとは考えにくいが……」
するとフランツの従者が近寄ってきて、耳打ちをする。
「うむ。そうか」
フランツはくるりと振り返ってヒルダに告げた。
「今、マクシミリアンが戻った。婚約者を連れてな」
(婚約者!? あのマックスが!)
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
マクシミリアン・ファルマー。
ヒルダの2歳下の弟で、次期ファルマー家当主。
幼い頃はいつもオドオドして気性の荒い(穂乃花の意識が目覚める前だ)姉に怯えていたものだが、ヒルダがロズモンド学園に入学して離れている間にその身長は彼女を見下ろすくらいまでに伸びている。
母譲りの青い瞳と引き締まった顔つき、見るからに堂々たる偉丈夫へと成長し、もはや美少年ではなく美青年だと言ってもいいだろう。
(マックスに婚約者がいるなんて初耳……。エリーゼからは何も聞いてないんだけど……)
その弟が上品で大人しそうな貴族令嬢と腕を組んで、眼の前に立っている。
リア充イケメンオーラが眩しい。
「お久しゅうございます。マリシミリアン殿下。この度の御婚約おめでとうございます」
と弟ではあるが、公爵家の次期当主を相手に相応しい、流れるような屈膝礼。
「あ、姉上。そのような堅苦しい挨拶など……! 昔のようにマックス、とお呼びください」
その慌てふためく様子を見ると、まだ年相応の少年のように見える。
マックスの紹介によれば、令嬢の名はソフィア。
亜麻色の髪を三つ編みに束ね、頭の後ろで巻いてピンで固定した貴族令嬢としてはシンプルな髪型。
彼女はリンデン侯爵家の次女で、リンデン家はフォルマー家と祖を同じとする歴史ある貴族で遠戚にあたるとのことだった。
「はじめましてお姉様。ソフィア・リンデンでございます。マクシミリアン様からお噂はかねがね伺っております」
「噂……って、いい方かしら? それとも悪い方かな?」
と思わず令嬢らしからぬ口調で喋ってしまう。
「あ、ああ……申し訳……」
途端にしまった、とばかりにソフィアが青ざめてしまう。
「あ~ちょっと待って待って! これは変な意味じゃないの。単純にどういう噂なのかが気になっちゃって」
「す、すみません! ソフィアには姉上が大変ご苦労をされているということを話しただけでして……彼女に他意はないのです!」
慌ててマクシミリアンがフォローに入る。
(あれ、いつの間にかわたしが激詰めした感じになっちゃってる……?)
(もしかしたら、まだ悪役令嬢だった頃の威圧感が残ってるのかなぁ)
そう考えたヒルダは、
「いーのよいーのよ、気にしないで。それに私はもう貴族じゃなくてただの修道女に過ぎません。謙る必要なんかこれっぽっちもないんです!」
バン!
その瞬間、大きな音が食堂に鳴り響いた。
母ルイトガルテがヒルダの言葉を聞いてテーブルを叩いて立ち上がる。
「貴女はヒルドガルド・フォルマー。誇り高きフォルマー王の長子なのです。それを忘れるようなことがあってはなりません!」
ヒルダにとって初めて見る、母が真剣に怒る顔だった。




