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021話「シュレルバイン城」

朝靄(あさもや)の中、疲れをまとったかのように(ほろ)馬車は鈍重な音を立ててひたすら北に向かって狭い林道を進んでいる。

トラヴァルト修道院とフォルマー公領の首都シュレルバインの間に横たわるティフェルの森からは既に抜け出し、鬱蒼(うっそう)とした木々は(まば)らになりつつあった。


馭者(ぎょしゃ)は先輩修道女のシスター・ノラから、本来その役割を請け負っていたオットーに戻っていた。

レベルは低いものの、エリーゼが状態異常解除(アンチ・アブノーマル)能力(スキル)を駆使してオットーを酩酊状態から復活させている。


――なんて素晴らしい能力(スキル)なんでしょう!

この能力があれば、いつでも酔っ払い放題なのでは?(←ダメ人間まっしぐら)


雀や鳩の朝鳴き声が聞こえる頃には、道は一国を支えるのに相応しい街道へと変わり、遠くには都市をぐるりと囲う市壁(しへき)と、その奥の小高い丘の上に鎮座するシュレルバイン城を眺めることができた。

城は近隣の山から切り出した砂岩で作られたため全体的に赤みを帯びており、フォルマー公国時代からの長い歴史を象徴するかのような威容を放っている。


(ネアンデルのいかにもキラキラなお城よりも、こっちの方が風情があって好きかも)


12歳でネアンデル王国のアルベルト第一王子と婚約を行うため、その時初めてフォルマー公領を出て王都ミッダーリンゲンを訪れた際にロズモンド家の王城に招かれる機会があった。

その時のヒルダはまだ丸山穂乃花だった時代の記憶が戻っていなかったため、いずれロズモンド王城に正妃として生きていく自分の未来を信じて疑ったことなどなかった。

ロズモンド学園に入学し、【聖女】ルカという少年が自分とアルベルトの前に現れるまでは。

そのことはヒルダの心にしこりとして未だ残り続けている。


(とっくに吹っ切れたと思っていたのに)


ヒルダがそんなことを考えていると、馬車はとうとうシュレルバインの城郭の手前にまで到達した。


眼の前には巨大な中央市門(しもん)(そび)え立ち、シュレルバインの防御のため流れる川は堀として広がっている。

シュレルバインを出入りする人々のための跳ね橋は堀の上に降ろされており、その手前に建てられた簡素な小屋の中から門番を兼ねた兵士たちが入場料を徴収していた。

革製の簡素な手甲と胸当てを装着してはいるが、兜までは被っていない。

そんな彼らを尻目に、オットーは馬車を駆っていく。


「トラヴァルトの修道女様だ。通らせてもらうぜ」


聖職者からは通行料を取らないのが、この世界の一般的なルール。

幌馬車にはトラヴァルト修道院の幟を掲げてあったので、オットーは門番にひと声だけかけて跳ね橋を渡ろうとした。


「オイッ、そこの馬車! 止まれ!」


「おっ、一体なんだぁ……?」


門番の兵士が鋭い声を挙げ、オットーは怪訝な顔で馬車を急停止させた。


「荷を調べさせてもらうぞ」


するとズカズカと3人の兵士がいつのまにか兜を被り、内ひとりは抜刀までして馬車の荷台に乗り込んできた。


「城からの命令で、今から臨検を行う!」


そう言いやいなや、兵士たちは荷台にあったヒルダたちの荷物や樽を乱暴にひっくり返し始める。


ドタン。バタン!

ゴロゴロゴロ……


「なにすんの!? ビールが零れちゃったらどうするのよ!」


思わず、素のヒルダの言葉が飛び出した。

転がった衝撃で栓が抜けるのを恐れ、ビール樽に飛びついて守ろうとする。


「なんだお前。邪魔立てするな!」


兵士のひとりが乱暴に怒鳴りつけた。


その様を見たエリーゼが立ち上がって荷台の床をダン、と踏みしめる。


「無礼者! お控えなさい! ここに御座(おわ)御方(おかた)何方(どなた)心得(こころえ)ますか!?」


そう叫びながらエリーゼが胸元に手を入れ、首にかけていた薬籠(やくろう)を取り出し、兵士に向かってズオッと突き出す。

それには、双頭の狼と斧、盾をモチーフにした紋章が描かれていた。


「えっ?」


「これってもしかして……」


「フォルマー家の紋章!?」


兵士たちの動きがピタリと止まった。


「その通りです! こちらに御座(おわ)す方こそ、53代目フォルマー王、フランツ・フォルマー公爵が長女。ヒルデガルド・フォルマー様であらせられまする!」


ヒルダはどこかで聞いたような口上(こうじょう)だな、と思いつつも、そういや私ってお姫様だったわ、と自分の立場を久々に思い出した。


「まさか姫様がこんな汚い馬車に居られるなんて……!」


「ひえっ、俺たちもしかして(しょ)される……!?」


「いや、もしかしたら姫様の名を語る不届き者……?」


兵士たちは顔を見合わせてパニック状態になり始めた。


「そんなワケありますか! 守備隊長のボルトンさんを呼んでください!」


「ひ、ひえぇぇぇぇっっっ!?」


怒ったエリーゼが再び足を踏みつけると、兵士たちは転げ落ちるように荷台から飛び出して行った。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



「姫様に対し不敬仕りました! 申し訳ござりませぬ!」


シュレルバインの防衛にあたる守備隊は担当区画によっていくつかに分かれているが、中央市門(しもん)隊はそれらの中核を(にな)っている。

兵士の中から精鋭たちを選りすぐったこの隊をまとめあげているボルトンは、己の屈強な肉体を包む鉄鎧を縮こませ、(ひざまず)いて敬礼してみせた。

部下のやったこととはいえ、護るべき祖国の姫君に危害を与えようとしたのだ。


「城には予め、姫様がトラヴァルト修道院の馬車でご帰還されることはお伝えしていたはずです。どうしてこのようなことが起こるのですか?」


「申し訳ございません。しかしながら皆様がティフェルの森を抜けるまでの警護を担当していた守備隊からの連絡もなく、いつこちらに到着されるか分からなかったのです」


エリーゼからの詰問に、ボルトン守備隊長が汗を流しつつ答えた。


「何をおっしゃいます! 私たちはその道中で山賊に襲われて、命からがら逃げ延びてきたのですよ!?」


「な、なんですと……!?」


「幸い姫様にお怪我はありませんでしたが、かなり危機的な状況でした」


「!?」


「これらのことはフォルマー陛下に余すところなくお伝えします」


「ほっ、ほわあぁぁぁぁっ!?」


ボルトンの立派な口ひげがプルプルと震え、まるでチワワのようだ。


「もういいでしょうエリーゼ。過度な警護は止めてくれ、とお願いしていたのはこっちだもの」


「はっ、たしかに。そのせいで連絡に齟齬が生まれた可能性もございますね」


「ええ。みんなも疲れているし、早く城に向かいましょう」


実際、昨夜の山賊襲撃で一睡も出来なかったので、全員が今すぐ横になりたいくらい疲労困憊(ひろうこんぱい)している。


「ヒルダ様がそう仰るのなら……。ボルトン隊長、貴方がたの行状は一旦は不問としましょう。我々はこれより登城します!」


「おおっ……寛大なご処置、感謝申し上げます!」


表情を晴らせたボルトンはがばと立ち上がり、叫んだ。


「さあ、者共(ものども)よ喜べ! 我が祖国の誇る蒼玉姫、ヒルドガルデ様のご帰還だ!」

「楽隊よ出ませい! ファンファーレだ!」


さっきまで畏まっていた様子はどこへやら、ボルトンの大音声が響き渡った。

市門近くの詰め所から次々と楽器を携えた兵士が現れ、瞬く間にシュレルバインの民たちがガヤガヤと集まり始めた。


「うわー姫様だ~!」

「お帰りなさーい!」

「あの御方がヒルデガルド様なのね、初めて見るけど美人~!」

「おや、修道服をお召しだぞ?」

「それじゃ修道院に入られたという噂は本当だったのか~!?」


音楽隊によるトランペットの演奏の中、ヒルダたちの(ほろ)馬車は粛々と中央道を進んでいく。


(こういうのが恥ずかしいから、警護を控えるようにお願いしてたのに)


10歳の時に神勅の儀(ガテラス)を受けるまでは城を抜け出して城下町を散策するのが好きだったヒルダだったが、望まぬ天職(クラス)を与えられたショックと、それを(わら)う人がいるかもしれないという怖れから、城に引き篭もるようになっていた。


なのでこうした形でシュレルバイン市民の前に姿を見せるのは、感謝祭(エルデンフェスト)を除けば弟のマクシミリアンの生誕パレード以来だから、15年くらいぶりか。


こうした歓迎を受けて修道服のフードを被り続けるわけにもいかないので、オットーの隣で恐る恐る馭者台(ぎょしゃだい)に立って、民に手を振る羽目になった。


「いやぁ驚いた。まさか貴女が、ウチのお姫様だったとは……」


「いいのよ、気になさらなくて。トラヴァルトじゃ私はシスターですらない、ただのヒルダだもの。これまで通りヒルダでいいわ」


「へ、へぇ、かたじけねぇです」


市門を抜け、中央道を走ってシュレルバイン城に到着したが、ボルトンが連絡していたせいか既に城門の扉は放たれていた。


――ああ、久しぶりの実家だ。


ヒルダは前世で北海道の片田舎に帰省した時と同じ感情を味わっていた。

胸の奥がうずうずするようなあの気持ちは、異世界であろうと変わりないようだ。

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