020話「襲撃」
「ちょうど30年前のことだ。事情はよく知らんが、我らがフォルマーの貴族様とネアンデルの王侯共が揉めに揉めた時のことよ!」
酔って頭をグラグラに揺らしたオットーの独壇場が続いていた。
「その隙を狙って、ウルガンの連中がこの国に攻め込んできおってなぁ……」
「森のダンジョンにいた魔物をテイムして……ファルマー領にけしかけてきたのだ(ヒック)」
(30年前って、叔母様がネアンデル王国の正妃争いに敗れたことで起きた紛争のことよね?)
「そう、魔物のせいで首都のシュレルバインは大混乱に陥り、ティフェルの森からウルガン軍の兵士が侵入してきたわけよぉ~!」
「そ、それでその後はどうなったんです?」
エリーゼが尋ねる。
それまでオットーの話を酔っ払いの戯言だと聞き流していた一同であったが、初めて聞く自分たちが生まれる前の事件に俄然興味を持ち始めた。
「う、うむ。国境警備隊で一番最初に異変に気づいたのがこのワシなのだ。こそこそと木陰に潜む敵兵の存在を察知し~」
この頃にはオットーの頭には酒が回り切って、上半身がグワングワンと円を描くように回転するまでになっていた。
「察知し?」
「ワシは喝破してやったのだ――おい貴様ら! そこに居るのは分かっておるぞ! とっとと出てこい虫けら共めぇえええっ!?」
オットーはいきなり立ち上がり、ティフェルの森に向けて指を差した。
しかし泥酔状態のせいか立ち眩みを起こしてそのまま後ろに倒れ、腰掛けていた石に頭をぶつけてしまう。
カポ~ン、という角兜の間の抜けた音が暗闇に響く。
どうやら頭を打った衝撃で気を失ってしまったようだ。
あらら、とシスター・ノラがオットーに駆け寄ろうとするが、同時に森の茂みからガサコソと聞こえてくる。
「ちっ、気配を消していたはずだが……。何故バレた?」
フードを被り、口元をマスクで覆った目つきの悪い男が山刀を手にし一行の元へ現れた。
それに続いて次々と同じような服を着た男たちが斧や鉈を持って姿を見せる。
全部で7人ほどだろうか。
そのいかにもな出で立ちから、山賊だと思われた。
「あんたたち何者なのね?」
いつも穏やかな顔つきのシスター・ノラが真剣な面持ちになり、手元に置いていた大鎌を手に取った。
しかし男たちはその問いに答えずニヤニヤ笑っている。
最大の障害となりそうな、オットーが気絶して寝っ転がっているのを確認したからか、余裕を見せている。
「我々はトラヴァルト修道院にて神の教えを学ぶ者。それを知っての狼藉ですか?」
正確にはシスター・ノラ以外は修道女ではないが、エリーゼはそう|詰問《》きつもんする。
「ああ、もちろん。それにお姫さんがおわすことも知ってのことさ」
山賊のリーダーらしき男が答えた。
(何故、山賊がわたしがここに居るって知ったんだろ?)
まずそんな疑問がヒルダの頭に浮かんだが、今はそれどころではない。
(う~ん、この人にビールを飲ませるのはあの時止めておけばよかった!)
と悔いたが、もはや後の祭り。
エリーゼとシスター・ノラは幌馬車を背にして、ヒルダを守ろうとしている。
「おい、何度も言わねえぞ。お姫さんだけここに置いて、お前らは大人しくトラヴァルトに戻りな」
「は?」
エリーゼの目つきが険しくなる。
「お姫さんには手出ししねぇよ。それが依頼主の至上命令だからな」
「戯けたことを!」
山賊頭の言葉にエリーゼは激昂し、飛び上がって殴りかかろうとした。
その手にはいつの間にか戦鎚が握られている。
「なにィ!?」
エリーゼが振り下ろした戦鎚は空振りし、轟音を立てて地面に大穴を空けた。
「ちっ、この眼鏡メイドは戦闘系の能力持ちだったか」
山賊頭は顔をしかめた。
「これ以上お嬢様に近づくなら、頭をかち割って差し上げますよ?」
戦鎚を掲げるエリーゼの構えはかなり堂に入っていた。
エリーゼの天職は【僧侶】であり、ヒルダの能力【腐敗】の発動を抑えることができる【能力制限】の他に【戦鎚術】を保有しているのだった。
(うわぁ~エリーゼったら普段はあんなに運動が苦手そうなのに、こんなすごい能力があったんだ!?)
「えいっ、なのだわ!」
ヒュオン! スパッ スパスパッ
そのエリーゼの隣で私を守ってくれていたシスター・ノラが大鎌を回転させると、鎌鼬が縦横無尽に暴れまくるかのごとく風の刃が山賊たちの持つ武器の柄を両断し、次々と戦闘力を奪っていく。
――ふたりとも、強い……!
ヒルダにとって、エリーゼとシスター・ノラは癒し系のイメージだったのだが、リヒャルディス院長がこのふたりを護衛に付けた理由が分かった。
「ったく、こっちの修道女も能力持ちかよっ。ああ、面倒だな」
「面倒にお思いなら、お帰りになってもよろしいのですよ?」
エリーゼが山賊頭に手を引くように求めた。
「だがなぁ……このまま手ぶらで帰るわけにもいかないんでね」
そう告げると山賊頭は突撃してきた。
シスター・ノラが迎え撃つ。
「それっ!」
ピュン、ピュ、ピュオン
しかし斬撃が空を切る。
何度も繰り返し攻撃を重ねるものの、山賊頭はその全てを見切っているようだ。
「ま、所詮はシロートの技だな」
あっという間にシスター・ノラの懐まで間合いを詰めた山賊頭は、部下がやられた意趣返しのように大鎌の柄を両断した。
ドカッ
山賊頭はすかさず、シスター・ノラの腹に蹴りを加えた。
「がはっ!」
その衝撃でシスター・ノラの身体は宙を舞い、背後にあった幌馬車の荷台にまで吹き飛んだ。
「ノラさん!」
思わず叫んだヒルダであったが、気が付くと山賊頭がその背後に立っていた。
まるでテレポートをしたかのように。
「だからさ、アンタが大人しくついてくりゃ、全て丸く収まるって言ってんの」
山賊頭の手には、ヒルダが幼い頃から身に付けていたペンダントが握られていた。
これまでの人間離れした体術は、盗賊系の能力の持ち主であろう。
「お嬢様から、離れろぉ!」
「おっと」
ヒルダに当たらないよう戦鎚を山賊頭の顔面に向かって突き出すが、ヒラリと躱され、次の瞬間には腕を取られて一本背負いで投げられてしまった。
地面を転がった後に、木の幹に衝突するほどの勢いでだ。
「他の女も殺すなと言われたが……面倒くさいからやっちまうか」
山賊頭はエリーゼに近付いた。
そして山刀の刃をギラリ光らせ、振り下ろそうとする。
「やめてぇ!!!」
ヒルダが絶叫と共に、地面に手を付く。
すると、ビキビキッと地面が胎動を始める。
ボコッボコボコッ
地面から異常な音を上げ、植物のツルが飛び出し山賊頭の足に絡まった。
「くそっ、なんだこれは!?」
と、ヒルダを睨みつけながら山刀でツルを切り払おうとする。
ドコォン!
「がぁっ……!?」
しかしツルを切り始めた途端、その顔面にはエリーゼの戦鎚が叩き込まれていた。
勢いよく地面に倒れ込んだ山賊頭は、白目を剥いて失神している。
「お頭ぁ!?」
「山賊の皆さん、お引きなさい! 貴方がたもこうなりたいのですか!?」
ズレた眼鏡を直しつつ鬼の形相で睨みつけるエリーゼに、残された山賊たちは気圧された。
「ひいぃぃっ!」
山賊たちはその場を一目散に逃げていく。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「ヒルダさん、大丈夫なのね? ……あいつら、自分の親分を置いていっちゃったのだわ」
蹴られたお腹をさすりつつ、幌馬車の中に吹き飛ばされたシスター・ノラが起き上がっていた。
そして手早く、縄で山賊頭を後ろ手に縛り上げる。
「シスター・ノラ、エリーゼ……。ありがとう。貴方たちは命の恩人よ」
「ふふ。お礼なんていいのだわ」
「勿体なきお言葉。しかしこの山賊共の目的は、お嬢様のお命ではなく攫うのが目的だったようですね」
「そうね。この男が本気で殺す気なら、あたしたちとっくに死んでたと思うのだわ」
(言われてみれば……この男、わたしには手出ししない、とか言ってたような気がする。依頼主って誰なんだろ?)
戦いが終わり、静寂の闇の中、ツィーと虫の鳴き声が響いた。
「ん……んおぉぉ」
地面の石に頭を打ち、気絶していたオットーがむくりと身体を起こした。
「む、どうしたお嬢ちゃんたち。――うおっ、なんだこの男は!?」
オットーは自分の隣に横たわっている山賊頭を見て飛び上がった。
「山賊です! 追手が来るかもしれないから、今すぐここから逃げましょう!」
エリーゼが状況をよく出来ていないオットーを急かそうとする。
シスター・ノラは荷物を手早く幌馬車に戻し、ヒルダはコップに水を汲んだ。
「オットーさん、詳しい話は後で。ひとまずこの水を飲んで酔いを冷ましてください」
まだ酔いが残っているオットーに馬車を任せるのは不安だったので、不慣れなシスター・ノラが馭者となり、山賊たちの追撃を恐れて縛り上げた山賊頭をそのままに首都シュレルバインへ向かって離脱するのだった。




