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018話「放課後の修練」

ネアンデル王国のロズモンド学園。

その一角にある修練所では、放課後に夕日を浴びながら、槍の練習を行っている少年がいた。

修練所の床は石畳で、分厚いレンガを幾重にも重ねて作られていた壁に囲まれている。


「ハアッ!」


【聖女】ルカ・ナスヴェッタは、裂帛(れっぱく)の気合で突きを繰り出す。

すると槍の穂先がズンっ!と修練所の中央に置かれた黒鋼の鎧人形に吸い込まれる瞬間、水蒸気爆発を起こし鎧を貫通した。

その箇所から弾けるように鎧人形は爆散し、槍の柄からは白い煙はシューシューと吹き出し続けている。

これが国家錬金術師ベルトルトが新しく発明した錬金器(アルケマシーナ)蒸気槍(スチームランス)」であった。


鎧があった場所と、ルカが踏み込んだ場所の石畳は、圧力で激しく砕けている。


「ふう……やっと、掴めた!」


ルカは額にかいた汗を袖で拭いながら、息を整えた。

すると音もなくルカの背後から忍び寄り、お尻をむぎゅっと鷲掴みにする者が現れる。


「いよぅ、ルカくん。見事な踏み込みだ!」


ニカっと笑いながら、ロズモンド学園の食堂料理人カール・マッケンゼンが現れた。

トレードマークともいえる桂皮(シナモン)をタバコのように咥えている。

しかしルカを褒めつつも、その手は尻を鷲掴みにしたままだ。


「か、カールさん!?」


「いくら強力な錬金器(アルケマシーナ)でも、それを扱う人間の力がなければ、その効果を十分には発揮できない――」


「……ええ、そうですね」


「しかし君はこの鍛え抜いた下半身で、錬金器(アルケマシーナ)の力を引き出している。日頃の鍛錬の賜物だな」


「ありがとうございます。……というかいつまで触ってるんですか!?」


あ、思い出した!という顔つきで、ようやく手を離したカールは肩に掛けていた籐製のバスケットを取り出した。


「さぁ、お弁当だ!」


あと2時間もすれば夕食の時間にもなるが、まだまだ食べ盛りのルカにとってはとてもありがたい差し入れだった。


「いつもありがとうございます。お昼のホットドッグも最高に美味しかったですよ」


「そうだろ~! ピクルスの代わりにザワークラウトを入れるのは我ながらいいアイディアだった」


「アルベルト様もとてもお喜びでした!」


「そりゃあよかった。で、今回は表面がカリカリ、中はバターたっぷりでふわふわのプレッツェルだ」


「ん、香ばしい匂いがしますね!」


「そうだろう? じゃ、ベンチでゆっくり食べるとするか」


「はいっ」


他の生徒が居残っているのなら、修練所内で食事をするのは控えるところだが、この時間まで熱心に訓練をしているのはルカだけだった。


ふたりがベンチに座ると、カールはバスケットから水筒とジョッキを取り出し始めた。


「その槍はベルトルトの新作だな」


「そうなんです。まだ試作品なのでテストを頼まれまして」


「実はこの"黒ビール”というヤツも、ベルトルトのヤツからツケ代わりにもらったのさ」


カールは、トトトと水筒の中身をジョッキに注ぐ。


「これが黒ビール、ですか。初めて見ました」


「僕も最初はなんだこりゃ、と思ったよ。でも飲んでみたら結構イケるし、色んな料理にも合うんだ」


「なるほど……でも、こんな時間から飲んじゃってもいいのかな?」


「大丈夫、大丈夫。訓練は終わったんだろ? もうそろそろ晩飯の時間だし、王国の法律的にも問題なし!」


「……それじゃ、遠慮なく」


ルカはまだ焼き立てで温かいプレッツェルにかぶりついた。

表面にまぶされたゴマの旨味と脂がぷちぷちと口の中に広がっていく。

お次にその隣に添えられていた生ハムを摘んで食べる。

そしてすぐさまジョッキをぐいっと傾けると――


美味い!

黒ビールの深く甘いコクが、塩っ気の強いプレッツェルと生ハムの味をまろやかに包み込んで中和し、引き立ててくれる。


「これ、めちゃくちゃ美味しいですよ! これがビールなんですか?」


「ベルトルトから聞いたところによると、どこかの修道院が作り始めた新商品らしい。でもまだ試作段階のものだとかで、それ以上の詳しい話は聞けなかったんだけどな」


「それは気になりますよね」


「ああ。【料理人】としちゃあ、コイツの出処(でどころ)を一刻も早く知りたいね」


カール・ミュラーは本来ならロズモンド王宮で宮廷料理人を務められるほどの腕前を持つが、現在あえて出仕はせずにロズモンド学園のカフェで働いている。

かなり砕けた性格で可愛い少年には目がないが、実はかつて伯爵家の長男だったという設定の持ち主だ。


BLゲーム『ローズ・キングダム』で「カール」ルートを攻略していくと、プレイヤーは伯爵家の内部で発生した様々な揉め事や、カールのお菓子作りに関するイベントを主人公キャラであるルカと共に体験していくことになる。


「カールさんの料理とこの黒ビールがあれば、どんなダンジョンでも怖いものなしですよ!」


ルカは自分のスタータスボードを見て、興奮気味に話す。


「やっぱり、そのビールの効果を感じるかい?」


「最初は気のせいかと思ったんですが……。実際に経験値(エクスペリエンス)がほんの1だけですが増えてます」


「そうか。実は僕もなんだ」


「なんですって……これを作ったのは一体何者なんでしょうか?」


「僕のような【料理人】は料理へ一時的に強化付与が出来る能力(スキル)を得られることがあるけど、経験値(エクスペリエンス)を増加できる天職(クラス)なんて聞いたことがない」


カールが真顔になった。


「……そんな能力(スキル)持ちが本当にいるのなら、世紀の大発見ですね」


「国が引っ繰り返るほどの騒ぎになるかもね?」


ふたりの間に沈黙の時間が流れた。


「まあ、その話はもういいか。プレッツェルは温かい内に食べるのが一番だから、早く片付けてやってくれよ?」


「あ……そうですね。いただきます」


ルカは慌てて、カールの差し入れを平らげた。


「それはそうと、明日からダンジョンの探索に出かけるんだって?」


「はい、ご存じでしたか。僕のレベルアップをヘルマンさんが手伝ってくれるんです!」


「へぇ、ヘルマンがねぇ。それなら安心だ」


「僕は未熟だからすごく心強いです!」


と言いつつも、ルカはカールの表情に複雑なものを見て取った。


『ローズ・キングダム』の攻略キャラのひとり、ヘルマン・ヒューラーはネアンデル王国第一騎士団団長のアウグスト・ヒューラー伯爵の次男であった。

幼少の頃、神勅の儀(ガテラス)によって天職(クラス)【聖騎士】を得て、周囲から王国を護る軍人として将来を嘱望されている。


しかしこの家の不幸は、2歳年上の長男であるカールが騎士として類まれなる才能を持っていたにも関わらず、神勅の儀(ガテラス)では天職(クラス)が【料理人】とされたことにより、不遇の身となったことだ。

それに伴って発生したお家騒動から逃れるため、最終的にお取り潰し寸前だったマッケンゼン男爵家の養子となって今に至る。


「それなら、ヘルマン(あいつ)の分のお弁当も作ってやらないとな。えらい大食いだから3人前は必要だろ?」


後継者争いに巻き込まれるカールとヘルマンの兄弟の間を取り持ち、ヒューラー家の混乱を沈めたのは他でもない、ルカだった。


そのルカを安心させるために、カールはウインクをしながら微笑むのだった。

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