017話「能力検証」
トラヴァルト修道院の農業担当者は、ある程度乾いた収穫済みの大麦を一度納屋の前まで運んだ。
その後、修道女たちはどの部門に属するかも関係なく、総出で脱穀を始めた。
労力的には収穫作業以上に忙しいかもしれない。
まずは櫛のような形をした千歯扱きを使って、歯と歯の隙間に麦穂の束を挟み引き、籾を剥がし落とす。
その後、籾を臼で搗いたり、木摺臼に麦穂を入れて回して脱穀する。
同じような動作の繰り返しで座って作業をしていても、慣れない人間なら30分もすれば、腕は筋肉痛でパンパンになってしまう。
脱穀を行った後も、実と残った籾殻を分離したり、天日干しで乾燥させたり、サイロに保管するため運ぶ作業も、修道女と小作人たちが上下の区別もなしに協力して行う。それがエルバー教の教義だからに他ならない。
そんなトラヴァルト修道院の一員であるヒルダは、朝の礼拝の一時間前に起床して畑に行き、能力の検証作業を開始した。
周囲はまだ暗いため、ヒルダの侍女であるエリーゼはナイトガウンを着て、明かりとなるランプを持っている。
「お嬢様、こんな夜中から始めるのですふぁ?」
大きなあくびをしながら尋ねた。
「礼拝の前に済ませておきたいから。ゲッツさんが向こうに行っている間にね。……そういえばゲッツさんから連絡はあったかしら?」
「はい、既に買い手が複数見つかってビールを卸し終えたそうです。今はその代金で新しい機材を購入するのだとか」
「思ったよりスムーズに進んでいるのね。新しい機材がくれば色々と効率がアップして、ビールの大量生産化も進められるわ」
(外の世界を何も知らない自分では、とてもここまでやれなかった。ゲオルグが居てくれたから……)
しかしエリーゼはそんなヒルダを不安げな目で見つめている。
エリーゼにはヒルダを一刻も早く、彼女の実家であるファルマー家に連れ戻すという使命があるのだ。
「それでは、能力の検証を始めることにしましょう」
「はい……」
「まずは……と」
ヒルダは修道院の納屋に保管されていた大根の種を手に取った。
そのままの状態で10秒。
特に変化はない。
「やっぱりなんともないわね。能力を抑えることが出来てる」
レベルアップする前までは、封じの腕輪なしでは能力を制御できずに、手に取った木のスプーンをも腐らせていた。
神勅の儀直後の幼少期は、銀のスプーンですら腐食してしまうため自分では食事が摂れず、エリーゼの食事介助を必要としていたのだ。
「〈腐敗〉!」
能力発動で大根の種はたちまちに萎れ、異臭を放って腐った。
次はエリーゼが畑に畝を作ってくれたので、ヒルダは指で1メール間隔で穴を10個空けた。
そしてそこに新しい種を落とし、土をざっとかける。
「それでは、いきます」
ヒルダは屈んで手を地面につけた。
「はあっ!」
両手が光って、地面がグツグツと煮立つような音を立てて振動を始める。
すると手前側の種から時間差で、ぴょこ・ぴょこ・ぴょこ……っと可愛らしい芽が出てきた。
これまで土を触ろうとする発想自体がなかったので気づかなかったが、〈腐敗〉の能力は作物の成長を促進する効果があるのだろう。
言われてみれば園芸にも使われる腐葉土は、落ち葉などを虫や微生物が分解した堆肥だ。
レベルアップしたからなのかは不明だが、土中の微生物を活性化させるのかもしれない。
「ステータスオープン!」
ヒルダはステータスボードを開いて、各パラメータを確認する。
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ヒルデガルド・フォルマー(17歳)女
天職:【腐り姫】
レベル: 2
経験値:100→102
次のレベル:あと999→997
体力: 24/24
魔力:18/18→15/18
攻撃力: 12
防御力:32
素早さ:18
賢さ: 36
幸運:42
能力:〈腐敗〉Lv.2、〈鬟溷刀邨碁ィ灘、莉倅ク�〉Lv.1
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能力:〈腐敗〉Lv.2の文字がピコンピコンと点滅し、使用直後の表示となっていた。
その他に変化があったのは「経験値」と「次のレベル」、そして「魔力」の3点。
経験値がわずかに2増えているのは何故だろうか。
魔力が18ポイントあったものが15に減っており、能力〈腐敗〉の一度の使用で3ポイント消費したのが分かる。
(となると、今の時点で一度に使えるのは6回までということになるかな?)
減った魔力は、どうしたら回復するのか。
エリーゼによると十分な休息を取るか、魔法薬を飲むことで回復するとのことだ。
やはりRPG要素を持つ『ローズ・キングダム』と同じシステムではないか、と考えた。
「ではもう一回! えいっ」
目が出た大根たちを更に成長させようと、再び土に手を当てた。
大根の芽から茎が上に向かって伸び、葉が広がった。
「お嬢様、大根がものすごいスピードで成長してます!」
(いい感じ! これなら……)
と言った矢先に、大根の花が咲いたところで成長がピタリと止まった。
開きっぱなしにしていたステータスボードを見ると
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魔力:15/18→9/18
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「あれ、これで終わり? しかも今度は魔力が6も減ってる!」
芽を出させた時は3ポイント、そこから成長させると6ポイント消費して、魔力残りが9ポイントとなっていた。
「更にもう一回! やあっ!」
しかし今度はヒルダの頭に、エラー音が鳴り響いた。
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魔力:9/18 [魔力が足りません]
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魔力の文字が赤く表示され、数字の隣には、[魔力が足りません]という初めて見るエラーウィンドウが点滅していた。
(えっ、どうして……? これ以上成長させるには、もっと魔力が必要ってこと!?)
これらの事象から、ヒルダは〈腐敗〉の能力が、魔力を使って植物を成長させる能力があることと、しかし段階的にしか成長させられないこと。
そして次の段階まで成長させるには必要な魔力が増えていくという法則性が見えてきた。
「う~ん……実はすごい能力かもしれないと思ったけど、それほど使い勝手は良くないかも……?」
「でもお嬢様、以前とは違って制御が効くようになってますし、能力の限界が分かるようになっただけでも大きな進歩ではありませんか!」
「それもそうよね……」
エリーゼによれば、この世界では戦闘で魔獣を倒したり、特殊イベントをクリアすることで経験値を貯めてレベルアップすると、他のステータスの数値や能力の効果も上がっていくとのことだった。
どう効率的に経験値を稼いでいくかは、引き続き検証していきたい。
新能力の〈鬟溷刀邨碁ィ灘、莉倅ク�〉については、引き続き調べていこう。
以上の検証が終わる頃には、夜が明けようとしていた。
遠くに見える山際から、じわじわと温かな光が籠もり始めている。
さあ、そろそろ朝の礼拝の鐘が鳴る時間だ。




