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016話「真の能力」

ヒルダの魔力を受けた二条大麦の実は、前世の穂乃花の時に取り扱っていた最高級の麦芽と比べても遜色がない。


――これなら、もっと美味しいビールが作れる!


「やったぁ!!!」


長年自分を苦しめてきた能力(スキル)の成長に加え、自分のビールを更に美味しく出来ると分かったヒルダは、元貴族令嬢とは思えないほどはしたなく飛び上がって喜びを爆発させた。


「おんやまあ、こんな不思議なこともあるのねぇ」


シスター・ノラが既に新しい麦穂と、既に刈り取ったものを見比べて驚いている。


「お嬢様ぁ!」


侍女のエリーゼが涙目で駆け寄り、ヒルダの手をぎゅっと握りしめた。


「ヒン…信じてましたぁ! いつかきっとヒルダ様が報われる日が来ると……!」


その涙は鼻水となり、垂れている。


(エリーゼにはいっぱい苦労をかけてきたな……ありがとう)


魔力のコントロールが未熟で、触れるものを腐らせてきたヒルダを献身的に支え続けていたエリーゼの感情が、こうして溢れてしまうのも無理はない。


「とっても嬉しいわ。貴女の想いが」


そっと、エリーゼの頭を胸元に引き寄せて抱きしめる。


「ヒルダ様。これが〈腐敗〉の真の能力に違いありません。レベルアップすることで、土に対してなにか特殊な働きを持つようになったのでしょう」


「でも、まだ断定は出来ないわ。更に検証する必要がありそうね」


感動の時間もそこそこに、ヒルダたちは肉体労働に戻った。

ノルマ的に、立派に実った新種の大麦を明後日までに全て刈り取ってまとめ、干して乾燥させねばならない。

他の大麦や小麦畑で収穫を行っている小班も、同じようなスケジュールで働いていることだろう。


「次レベルアップしたら、畑作業がもっと楽になるといいのだけど」


ヒルダはそう呟くのだった。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



ちょび髭ゲッツことゲオルク・バァルは、ロズモンド学園の敷地内のとある施設に向かった。

学園の広大な敷地内には、教育機関となる校舎の他に数々の研究機関が存在している。

中でも、王国内のエリート錬金術師らが集まるロズモンド王立錬金研究所は、無機質で平らな灰色の壁に覆われ異彩を放っている。

建築美の欠片もないその建物は、若くして研究所の所長に就任したベルトルト・ホーエンハイムの無関心によるものだった。


「邪魔するぜ」


ゲオルクは、建物の4階の窓から建物内部に潜入した。


「いやぁ~、本当に邪魔ですよ! なぁ~んで、いっつもアナタはまともに入口から入って来ないんですかねぇ!?」


窓際の本がうず高く積まれた机の前の椅子に座っていた人物は、くるりと椅子を回転させながら、突然の侵入者に対し不機嫌な顔で迎えた。


若くしてロズモンド王立錬金研究所の所長を務め、ネアンデル王国が誇る天才錬金術師のベルトルト・ホーエンハイム。

ヒルダが【聖女】ルカ暗殺未遂事件への関与を疑われた際、犯行に使用された矢尻の毒を錬金器(アルケマシーナ)で分析し、それがフォルマー家お抱えの医師が生成したものだと見抜いた。


つまりは、ゲオルグと同じ「悪役令嬢断罪イベント」の立役者である。


「んな事言ったって、お前んとこの警備ロボ(ゴーレム)を相手にすんのかったりーし」


「それで、何の用? 錬金窯(アレ)はちゃんと稼働してるかい?」


「ああ、問題ないどころか大好評だ」


「ほう?」


ベルトルトは片眼鏡(モノクル)をクイっと上げ、目をキラリと光らせた。


この数年間、ネアンデル王国では錬金コンロや冷蔵器などの錬金器(アルケマシーナ)が発明され、使われるようになっていた。

まだまだ高価で庶民へ普及するまでには至っていないものの、そのおかげで王国民の生活が徐々に豊かになっている。


その錬金器(アルケマシーナ)を開発しているのが錬金術師と言われる魔術使いたちで、その中でもトップクラスの人材が集まる場所がロズモンド王立錬金研究所であり、その頂点に立つのがベルトルトなのだった。


「それどころか追加の窯が欲しいそうだ。増産してやってくれ」


「よしきた! しっかしビール(あの)工房のお婆ちゃん、お歳の割には適応力が高いねぇ」


「いや、シスター・ユッタという修道女はとっくに死んでたぞ」


「へっ、死んだって? じゃあ一体誰がビール(あの)工房を引き継いでる? どうやって錬金窯を動かしてんのさ?」


「それが、あのヒルデガルド嬢だ」


「まっさかあ」


「誰にも教わるでもなく、ビールの作り方を知っていた。しかもろくにマニュアルを見ずに錬金窯を初見で使いこなした」


「ふぅ~~~ん。あの高慢で嫉妬深くて怠惰な悪役令嬢がねぇ。にわかには信じらんないけどー」


「無理もないな。ギュンターも完全には信じらんねーようだ」


「まあ、ボクはキミが言うんなら信じるけど。ボクはトラヴァルト修道院(あそこ)のビールの味が気に入ってたからね、また飲めるようになったんなら些事(さじ)に過ぎないよ」


――些事(さじ)、か。


ベルトルトにとっては研究の後に飲む美味いビールが全てで、美味いビールを作ってくれる職人のためなら協力を惜しまない奇特な人間であった。

自分の欲望に忠実で、所長の地位にあるにもかかわらず、研究所の予算を好きなことに使うことで、ギュンターに目を付けられている。


トラヴァルト修道院の院長であるリヒャルディスから、ビール製造を自動化させるための新型錬金窯の開発を依頼されたのは、ヒルダの断罪イベントの半年前ではあったが、リヒャルディスとヒルダの関係を知っても特に器にすることもなかった。

ただ、ヒルダがトラヴァルトへ去った後に、ギュンターがフォルマー公領との貿易の注視し始めたので、時を同じくしてヒルダを監視するためちょび髭ゲッツとして潜入したゲオルクに仲介役を依頼していたというわけだ。


「とりあえずヒルダ嬢(アイツ)の作ったビール、革袋(これ)に入れてきたから飲んでみろよ」


ゲオルグは肩に掛けていた2つの革袋を下ろし、ベルトルトの机に載せた。


「ありがとう! 楽しみだねぇ~。この仕事が終わったら、一杯やらせてもらうとするよ」


ベルトルトは机上に広げている図面の上で手を動かし始めた。


「これは……槍、か?」


「そーなんだよぉ! ルカくんに頼まれて開発してるんだ。蒸気の力を利用した新しい攻撃用錬金器(アルケマシーナ)ってなワケ!」


「【聖女】にそんな武器が必要か?」


「ボクも同感だけどさ、ルカくんは自分で自分の身を守れるようになりたいんだろうね」


ゲオルグは【聖女】ルカを抹殺しようとヒルダが放った暗殺者(アサシン)ギルドと戦い、致命傷を負ったことを思い出していた。

毒にも侵され、死の淵に居た自分をなんとかこの世に繋ぎ止めたのは、ぎりぎりの場面で成長したルカの能力(スキル)全治癒(フルヒール)によるものだったのだ。


あの時のことを想うと、ゲオルグの胸には温かいものが込み上げてくる。


――オレが目を覚ませば、ルカの膝枕。オレの面にはアイツの涙がボタボタとこぼれてきて、それがやたら熱かったのを感じた。

体温と変わりないはずなのに。


「……そうか。じゃあ錬金窯の増産よりそいつを優先してやってくれ」


「あ~それなら心配はいらないよ。試作機は成功したわけだし、それを量産するなら後は部下たちに任せればいいからね~!」


「……そうか。それじゃ後は任せた」


ゲオルクはベルトルトに背を向けて、窓枠に足を掛けて部屋から外に出ようとした。

夜空の月はすっかり最上部にまで登り、星の光を打ち消すほどに煌々(こうこう)と輝いている。


「あ、言い忘れてたけど」


「は?」


「ギュンターの部下がずっとこの部屋を監視してる。ボクが作ってあげた望遠鏡でね」


「……何故それが分かる?」


「だってボクが作った錬金器(アルケマシーナ)は起動中なら把握できるようにしてあるんだよ」


と、ベルトルトは自分の腕につけた時計の画面を指でトントンと叩く。


「新機能として耐闇属性の付与もしてるから、暗い夜でもバッチリ見えるってワケ!」


「それを早く言え!」


ゲオルグは青筋を立てて怒た。


「うひゃひゃひゃ~ゴッメ~ン!」


(この馬鹿! なんでわざわざ窓から侵入したと思ってやがる)


それはギュンターの目を盗んで、ベルトルトの発明品を売り捌くためであった。

それらはネアンデル王国の公的資金で運営されるロズモンド王立錬金研究所で開発されたものであるから、当然特許権(パテント)も王国が保有すべきものであったが、勝手に日々の糧とトラヴァルト修道院への潜入・工作資金として流用していたのだ。


――しかし慌てて身を隠しても、もはや遅い。


くそっ、オレがあそこ(トラヴァルト)に発明品を流していることに気づいてやがった、あの陰険メガネは。

やはりオレのこと信用してねーな。


ゲオルクは憤懣(ふんまん)やるかたなく窓から飛び降り、木々が作る闇に紛れて消えた。

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