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012話「ビール完成!」

「院長、おはようございます!」


ヒルダが初めて作ったビールは、最後の〈④熟成〉過程の1ヶ月を終えた。

朝の礼拝と食事を済ませた後にビール工房のメンバーやお世話になっている先輩シスター、そしてラスボスであるリヒャルディス院長たちが熟成釜の前にやってきた。


「まあ、小娘が初めて作ったビールだ。たいして期待もしちゃいないけど、審査は審査だからね。出来栄えを確認させてもらうとするよ!」


と言いつつも院長は舌なめずりしながら、手には愛用の木樽ジョッキを握り締めてしてる。

実はめちゃくちゃ楽しみにしてくれてるんじゃございませんの? 叔母様。


「お嬢様が精魂込めてお作りになったビールが美味しくない訳がございません。私のこの舌でじっくり味わって、その素晴らしさを世に知らしめてみせます! (ポロッ)」


あ、また差し歯が取れたよエリーゼ。

釜の中に落とさないでね。


「ビールのお供といったら、やっぱりこれだな!」


シスター・カロリーネが茹でたてのソーセージをざるに山盛りにして持ってきてくれて、ドンとテーブルに載せた。

それはホカホカと湯気を立てて、燻された豚肉の香りがビールのものと混じり合い始めている。

もはやパブの中にいるような錯覚すらしてしまう。


ありがたいけど……まだ宴会する時間じゃないし、これから始めるのはビールの試飲だからね?


「あ、すまんヒルダ。肝心の粒マスタードを持ってくるのを忘れた」


カロリーネは私の視線をなにか勘違いしているらしい。


ミアたちビール工房のメンバーは、工房内に置いてある食器棚から皿をフォークを取り出し、カロリーネのソーセージを移して配り始めている。


「それではビールをお注ぎしますね」


ジュボボボボボ……


ヒルダは集まった面々のたえに、手ずから熟成釜のコックを捻り、ジョッキにビールを注ぎ始めた。

まずは一番最初に仕込んだ、キツネ色に浅く焙燥した麦芽を使ったビールから。


コックから酵母の妖精セルビィたちが勢いよく飛び出し、自由闊達に私の周りを飛び回り始めた。


〝わーい〟

〝待たせたな!〟

〝出てきた出てきた山オヤジ〟

〝キーン〟

〝是非もなし〟


あーうるさいうるさい。


「どうぞ、シスター・ハンナ」


やはり一番最初に手渡すのは、お世話になっている同室の先輩シスター・ハンナだ。


「ありがとうヒルダ。……とてもいい香りね。まるで果物みたい」


セルヴィがジョッキに顔を近づけたシスター・ハンナの鼻梁にしがみついているけど、彼女は気づいていない。


このコたちが元気なままってことは、大きな失敗はないはず。

いや、絶対に美味しいはずだって信じてる!


「それじゃ皆さん、ビールは廻りましたか? それでは……」


ヒルダはジョッキを高く掲げた。


「トラヴァルトビール工房の未来を祝して――」


乾杯(プロージット)!」


「「「「乾杯(プロージット)」」」」


皆が勢いよくジョッキを掲げ、ビールを飲み始めた。


みるみると舌に麦芽の香りと炭酸が広がっていく。

想定よりもヤチヤナギの苦みがあるが、泡立ちはふんわりと柔らかい。

後味にマスカットを思わせる芳醇さがあり、味わいのバランスが取れている上に飲みごたえが感じられる。


これは……大成功だ。


その瞬間、ヒルダのお腹……丹田(たんでん)の辺りが熱くなり、血液の奔流がぎゅんぎゅんと体中を駆け巡っていく。

それは首から喉、顔面を通って脳天まで。

腰から太もも、ふくらはぎを通って足先まで。

肩から上腕、前腕を通って指先まで。


パキッ


ビキビキッ!


ヒルダは音のする自分の手首を見た。


ひとたび触れたものをたちまち腐らせる【腐り姫】の天職(クラス)であるヒルダの能力(スキル)が発動しないように抑え込んでいた「封じの腕輪」。

それがひび割れを起こし、弾け飛ぼうとしていた。


バキン!


とうとう腕輪は砕け散ったが、ヒルダは謎の高揚感に包まれつつ落ち着いていた。


パラリラリラパッパッパ~!


突然ヒルダの頭上から、5秒ほどの短いファンファーレが鳴り響いた。

前世でローズ・キングダム』をプレイする度に何度も聞いた、ジングルと呼ばれるSE(サウンドエフェクト)


(これは……〝レベルアップ〟だ!)


誰にも説明されることなく、自分の能力(スキル)の制御が可能になったことを自覚できるようになった。


ヒルダは無意識のままに、掌を前にかざす。


/------------------------------------------------------/

ヒルデガルド・フォルマー(10→17歳)女


天職(クラス):【腐り姫】

レベル:1 → 2

経験値(エクスペリエンス):0→100

次のレベル:あと99→999


体力(ヒットポイント):16/16 → 24/24

魔力(マジックポイント):12/12 → 18/18

攻撃力(アタック):6 →12

防御力(デイフェンス):12 →24

素早さ(アジリティ):8 → 18

賢さ(インテリジェンス):10→ 36

幸運(ラック):24 → 42


能力(スキル):〈腐敗〉Lv.1→Lv.2、〈鬟溷刀邨碁ィ灘€、莉倅ク�〉Lv.1

/------------------------------------------------------/


10歳で神勅の儀(ガテラス)を受けて以来、初めて自分の意志でステータスボードを開いた。

表示を確認すると経験値が100を超えており、初めてのレベルアップを果たしてレベル2に到達している。

併せて他のパラメータも上昇しているようだが、これまで自分に与えられた天職(クラス)を見たくもなかったヒルダにとっては嫌悪の対象でしかなかった。


―〈腐敗〉のレベルも2になってる!?


しかし、ヒルダの日常生活を悩ませて続けてきた能力(スキル)だが、これまでとは違い封じの腕輪がなくても魔力を手首のところで留まらせるようになっているのを感じる。


そして新たに現れた謎の能力(スキル)〈鬟溷刀邨碁ィ灘€、莉倅ク�〉。

半分くらい読み方が分からない漢字ばかりで、どういう力があるのか検討もつかない。


(これがレベルアップの効果なの!?)


「あら、どうしたのヒルダ? 顔色が悪いようだけど」


とシスター・ハンナが訝しげに顔を覗き込む。


「いいえ、なんでもありませんわ。それよりもビールのお味はいかがですか?」


冷静さを取り戻したヒルダは味の感想を求める。


「これ……とっても美味しいわ。爽やかな匂いでさっぱりしてるし、変な酸味もなくて飲みやすいの」


うっとりとした表情で口元に手を当てて感想をくれた。

シスター・ハンナからの評価は上々のようだ。


「…………」


しかし、誰よりも早くビールを飲み干したリヒャルディス院長が、じっとジョッキを眺めているのに気づいた。


(おっと、いけない……。今は大事なビールの試飲中だ。能力(スキル)の問題については後でゆっくり考えよう)


「院長は……いかがでした?」


ヒルダは気を取り直して、リヒャルディスに感想を尋ねた。


「…………」


「……あ、あの」


「う~む……」


引き続き、難しい顔でジョッキの底を睨んでいる。


(え、なに、この反応。もしかして、物足りないとか……?)


「ゲッツ。ちょっといいかい?」


リヒャルディスはヒルダの存在に気づかないかのように、ゲッツの元に歩んでいき、なにやらひそひそ話を始めてしまった。


「――はい、これなら十分かと存じます」


ゲッツはいつの間にかジョッキを片手に持ち、リヒャルディスの話に耳を傾けて頷いていた。


「これ、シスター・ユッタが作ってたビールの味に似てるけど……それより美味しいかも」


ミアと三人の女修士たちも笑顔でジョッキを空にしていた。


「ああ、そうだね。ユッタの味よりもさらに洗練されている」


リヒャルディス院長がその言葉に同調してくれた!


「では……私がここでビール作りを続けるのを認めてくれるのですね!?」


「ああ、そういう約束だったね。構わないよ。アンタの好きにやりな」


や、やったぁ!


「ちょっ、ちょっとお待ちください! お嬢様はいずれご実家に戻られる方――」


貴婦人には似つかわしくないほど飛び跳ねて喜ぶヒルダを、エリーゼは慌てて静止しようとする。

しかしヒルダはすぐに真顔に戻り、エリーゼに向き合った。


「ううん、私は帰らないわ。私は……私は、トラヴァルト修道院のビールをこの国で一番のブランドにしたいの!」


「!? ですが、ルイトガルテ様になんとお話をすれば……」


「あきらめな、エリーゼ。この娘の頑固なところは母親そっくりだよ」


オロオロとするエリーゼに、ピシャリと院長が告げた。


ごめんねエリーゼ。

お母様から厳しい叱責を受けるかもしれないけど、今ここでせっかくのビール作りのチャンスを逃すわけにはいかないの。


「ありがとうございます、院長!」


「やったぁ!」


「トラヴァルト修道院のビールの復活ね!」


「めでたい!」


「よ~し、それじゃもう一丁、乾杯(プロージット)だ!!」


「「「「「乾杯(プロージット)」」」」」


再びビールを注いだジョッキを掲げ、喜びを爆発させる修道女仲間たち。

これまで体験したことのなかった達成感がヒルダの全身を包んだ。

嬉しい――

ようやく異世界でビールを完成させるという目的を達成できた。

しかもほぼ一からビールを作り上げるという、前世からの夢も叶った。

でも、まだまだ。


「それでは、もうひとつ仕込んでいたビールも披露しますわ!」


「なんだって? まだ他にもあるっていうのかい?」


「ええ、院長。ビールはちょっとした環境の変化で大きく変わってしまう水物――。これから本格的に生産を目指していくなら、様々な製造法に取り組んでおく必要があると思いましたので」


「へぇ、感心だねぇ」


リヒャルディスは軽口を叩きながらも、17歳の貴族令嬢とは思えないヒルダの思慮深さに舌を巻いていた。


ヒルダはもうひとつの熟成釜の前に立ち、タップを捻ってビールを注いだ。


〝キャア~~~!〟

〝ふう、ようやく出られた~〟

〝うおっ、まぶしっ〟


コックから再び、酵母の妖精たちが溢れ出てきた。

やっぱりこの子たちもやかましく、ちょこまかと空を飛び回っている。


この釜では、前のものより高温で焙燥ばいそうした深煎りの麦芽を1割ほど混ぜてビールを仕込んでいた。

麦芽は焙燥の時間が長いほど色濃く変化し、キツネ色からチョコレート色になっていく。

ヒルダはそのチョコレート麦芽を使うことによって、新しいビールを完成させていたのだった。


「さあ、皆様こちらを召し上がってください!」


ヒルダはジョッキに並々と注がれたビールをリヒャルディスに突き出した。


「はい、院長! これがトラヴァルト式黒ビールです」


「黒……ビール、だって?」


ヒルダの満面の笑みに釣られて、リヒャルディスは得体のしれない色をしたビールを受け取るのだった。

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