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001話「断罪イベント」

[アルベルト]

「公爵令嬢ヒルデガルド・フォルマー! 君との婚約を今宵限りで破棄させてもらう!」


鋭い声が、王立ロズモンド学園のダンスホールに響き渡った。

金髪碧眼のこの青年は、ネアンデル王国のアルベルト・ロズモンド第一王子。


その言葉を、きらびやかなドレスを着飾った貴族令嬢が茫然とした顔で聞いている。


ダンスホールは一年に一度の謝恩祭を祝うため、貴族の子弟たちがほとんどを占める学園の生徒やその教師たち、その父兄らでごった返していた。


[ギュンター]

「ヒルデガルド嬢。貴方がこれまで【聖女】ルカ・ナスヴェッタに対して行ってきた数々の悪行は、全て明らかになっています。覚悟なさい」


眼鏡をくいっと上げながら、生徒会副会長でアルベルトの補佐を務めるギュンター・クレイグが横から割り込んできた。


[ヘルマン]

「取り巻きだったご令嬢たちはみんな白状したぞ。キミの命令でこれまで行ってきた嫌がらせをな」


次に現れた逞しい体つきをした青年は、アルベルト専属の近衛騎士ヘルマン・ヒューラー。


[ドミニク]

「そ、そうですよ。ぼくが育てた虹の薔薇(ファミレーゲン)を枯らして、ルカくんのせいにしたのはあなたですよね?」


七色に輝く薔薇の鉢を抱え、必死に声を挙げたのは庭師見習いのドミニク・ブラウンカルト。


[ゲオルク]

「暗殺者ギルドを使っての聖女殺害の依頼書。間違いなくアンタの署名入りだ」


血に汚れた紙切れを見せつけ登場したのは、ロズモンド王室諜報員のゲオルク。


[カール]

「僕のスイーツは人を幸せにするためにあるんだぜ。でも誰かを傷付けるために利用されたとあっちゃ、たとえレディ相手でも見逃すわけにはいかないな!」


桂皮(シナモン)を煙草のように咥え、ケーキを乗せた皿を片手にメンバーに加わったのは宮廷料理人のカール・マッケンゼン。


[ベルトルト]

「この私が開発した錬金器(アルケマシーナ)を使えばこの程度の毒、見分けは容易ですよぉ! クッハハハッ!」


ロズモンド学園が誇る若き天才錬金術師、ベルトルト・ホーエンハイムの片眼鏡(モノクル)がキラッと光り、癖のある高笑いをする。


[マグナス]

「…………」


ネアンデル王国の隣国、ウルガン帝国から留学に来たマグナス・ジグモンドが腕組みをしながら、このダンスホールで繰り広げられている寸劇を無言で、そして鋭い目つきで眺めている。

黒髪に黒目、真っ黒なマントを羽織り、まるで漆黒の鷹のようだ。


[ルカ]

「ヒルデガルド様……今ならまだ間に合います。罪をお認めになってください!」


アルベルトに寄り添うようにやって来たのは【聖女】の天職( クラス)を持つ、赤い癖っ毛の少年ルカ・ナスヴェッタ。華奢な身体つきではあるけれど、その目付きには強い意志が感じられる。


[アルベルト]

「証拠は全て揃った! さあ、なにか申し開きはあるか?」


ルカの肩を後ろから優しく抱きながら、貴族令嬢に強く言い放つ。


[ヒルデガルド]

「こ……こ」


[アルベルト]

「こ?」


[ヒルデガルド]

「これよ、これ! この構図! 『ロズキン』の全員集合スチルと完全一致じゃない!?」


わたしの大好きなBLゲーム『ローズ・キングダム』。

そのパッケージイラストには、プレイヤーキャラのルカ(デフォルトネーム)を取り囲むように七人のイケメン攻略キャラが配置されているのだ。


[ヒルデガルド]

「うはぁ〜、しかしめっちゃリアル! ハーレム! 萌えてきますねぇ!」


[アルベルト]

「……!?」


[ヘルマン]

「一体なにを言ってるんだ?」


[ギュンター]

「あまりの衝撃に錯乱してしまいましたか」


はて、ロズキンにこんな演出あったかな?

なんだかわたしにリアクションしてるっぽい感あるけど。

そんなわけないか。


しかしその瞬間、頭の中に大量の情報が流れ込み、ぐるぐると渦を巻いた。

続いて脳内にビシビシビシッと電流が走る。

その痛みに私は思わず両手で額を押さえてしまう。


(あれ、わたしの指ってこんなほっそりしてたっけ……?)


ややぽっちゃり気味だったはずのわたしの指は、まるで磁器製の西洋人形(ビスクドール)が持つそれのように透き通っていた。


段々と交差を始める、昔の思い出とこの身体の思い出。

その激しい記憶の奔流が鎮まると、全ては一体となった。


——そうだ、わたしの名前は丸山穂乃花(まるやまほのか)34歳。

中堅ビール会社で商品開発に携わるOLだった。



⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎



——ある日、私は都内のビール醸造所(ブルワリー )との打ち合わせの帰りにゲームショップに寄って、『ローズ・キングダムEX(エグゼ)』を購入した。


ローズ・キングダム、略してロズキンはボーイズラブ(BL)というジャンルのゲームで、男性同士の恋愛を描いた作品が好きな女性に絶大な支持を得ていた。

「BLゲーム」を一言で言うと、主人公の男性キャラを操作し、登場するイケメンキャラとの交流を深めて好感度を上げ、最終的にその相手と結ばれることを目指す恋愛シミュレーションものだ。


ロズキンでは過度な性描写を避け、家庭用ゲームで全年齢向けに販売されていた。

ライト層向けながら糖度の高いシナリオが評価されたり、攻略キャラクターのデザインを人気のイラストレーターが担当していたこともあって、BLゲーム史上最大の売り上げ本数を記録している。

わたしはゲーム自体あまりプレイしていなかったが、社会人になってからロズキンを知って、がっつりハマった。

ロズキンはただのBLゲームではなく、AVG(アドベンチャー)だけでなく、RPGロールプレイングゲームのシステムも取り入れて、少しだけだけどやりこみ要素もある。


その続篇として『ローズ・キングダム2』も制作されたけどセールス的には若干微妙で、根強いファンの声に応える形で、攻略キャラクターを追加したデラックス版『ローズ・キングダムEX(エグゼ)』が本日発売となったわけだ。

だから店舗で購入した場合のみついてくる、予約特典の設定資料集も抜かりなく確保した。


だけどウッキウキ気分で自宅に戻る途中で、わたしはビルから飛び降りた女性に巻き込まれてしまった……。

パッケージの封を一度も開けぬままに。



⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎



そして気がつくとわたしはロズキンの世界で、プレイヤーが操作するルカ・ナスヴェッタと攻略キャラの恋路を邪魔する、悪役令嬢ヒルデガルド・フォルマーとして転生を果たしていた。


フォルマー公爵家の長女として大切に育てられてきたが、10歳の頃に神勅の儀(ガテラス)でハズレ天職(クラス)【腐り姫】が与えられたショックでやけっぱちになり、我儘で傲慢な性格の貴族令嬢へと成長してしまったのだ。


そして彼女が切望していた超レアクラス【聖女】は、貧乏男爵の三男であるルカ・ナスヴェッタが得ていた。

かねてから王家との取り決めでアルベルトと婚約していたヒルデガルドは、貴族の子女が集うロズモンド学園にそのルカが入学してアルベルトを始めとする攻略キャラたちと仲良くなり始めたのを疎ましく思うようになった。

そして嫉妬に狂い、ルカを陥れるためにあの手この手を使うが、その企みはことごとく失敗する。

本来アルベルトの正式な結婚発表をする予定だった夜会は、ヒルデガルドの悪行を糾弾する場と化した。


その真っ最中に、突如わたしは穂乃花としての記憶を取り戻したのだった。


これって、最近なろう系のweb小説でよくあるヤツだよね!?

えーとえーと悪役令嬢に転生する作品は腐るほど見かけるけど、このパターンってどれくらいあったかな?

何故よりにもよってこのタイミングで?

というか、せめて半年前に目覚めていたら……破滅フラグを回避することが出来たかも知れないのに!


「……反省の色が見られないな。残念だが君にはこの学園からも去ってもらう」


頭を抱えるわたしに見切りをつけたアルベルトは溜め息混じりにそう告げた。



⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎



それから1ヶ月後、わたしは豊かな森と山に囲まれた小高い丘の中に建つトラヴァルト修道院にいた。


ネアンデル王国の西端に位置するフォルマー公領から、更に国境近くに設立されたエルバー教の修道女たちが共同生活を行う場所。


院内には聖堂や礼拝堂、修道女たちが暮らす寮だけでなく、厨房や食堂、巡礼者用の宿までもが完備されている。

それらを取り囲むように、小規模な庭園や菜園、巡礼者用の居宅などが建ち並び、さながらひとつの街を形成しているかのようだった。


そこへ修道女のひとりとして追放されたのだ。

ここでは貴族の夫と離縁したり、様々な事情で貴族社会から離れた女性を幅広く受け入れている。


さながらロズキン世界における駆け込み寺のようなものだろう。

そこでわたしは修道服を身にまとい、洗濯籠を両腕に抱えバタバタと駆け回っている。


ロズキンではプレイヤーがグッドエンドの条件を満たした場合、どの攻略キャラのルートでもヒルデガルドは聖女ルカを害をなそうとした罪で糾弾され、修道院送りの未来が待っている。

ただの一プレイヤーに過ぎなかった頃の穂乃花からすれば、その結末はただの自業自得だとしか思えなかっただろう。


しかし今ではわたしがヒルデガルドで、ヒルデガルドがわたしなのだ。

彼女が抱えていた苦悩、拭いきれない劣等感は、誰よりも自分自身が理解している。


シーツをロープにかけて広げて干す作業を終え、周囲を見渡すと突き抜けるような青空があった。

そしてその下には、風に吹かれてキラキラと翠玉(すいぎょく)のように輝く緑の麦畑が辺り一面に広がっている。


「ヒルダ、お洗濯は終わった? そろそろお食事の時間よ!」


先輩修道女として指導してくださるシスター・ハンナが昼食を摂るように呼び掛けてくれた。


「はいっ、今すぐ参ります!」


わたしはその声に応え、食堂に向かって駆けていった。


——ねぇ、ヒルダ。

こんな穏やかな暮らしも悪くないんじゃない?

一緒にわたしたちの居場所を探してみようよ。

ゆっくりとね。


でも丸山穂乃花として34年、ヒルデガルド・フォルマーとして17年、計51年の人生よりずっとダイナミックでドラマチックな展開がこの後待ち受けようとは、その時のわたしには知る由もなかったのです。

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