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マオが落ち着いた頃、シロも帰ってきたので4人は話をすべく待合室のソファに座った。
「ミア、もう大丈夫なの?」
「うん! もうすっかり元気だよ!」
「そっか、よかった」
にこにこと嬉しそうに笑うミアにマオも嬉しそうに笑いかけた後、ウツミの方を向いた。
その顔は隠そうとしてはいるものの隠しきれていない不満が見え隠れしている。
「ミアを助けてくれてありがとうございました」
「何か言いたいことがありそうだな?」
「そりゃあまあ」
「何かあったか?」
わかっているだろうにしらばっくれるウツミに、マオは不満を隠すのをやめて思い切り顔をしかめた。
「じゃあ言わせてもらいますけど! ウツミさんは薬草が足りないから採って来いって言ってましたよね!? なのになんで薬草を持ってくる前にミアが治ってるんですか!? 時間制限までつけて!! 間に合わないかもって本気で焦ったんですよ!?」
マオの渾身の訴えにその話を知らなかったミアは目を丸くし、シロはどうしてよいか分からずオロオロとしているが、当のウツミは特に表情も変えずにお茶を飲みながら聞いている。
「ふむ、何か誤解があるみたいだから訂正しよう」
「誤解?」
「まず、1時間というリミットを設けたのは日が落ちるからだ。夜はオオカミも出るし、それ以外にも危険が多い。その前に帰ってこいという意味で言ったんだ。ここはいいか?」
そう言われてみれば、ウツミは1時間を過ぎたら手遅れになるというようなことは言っていなかったことに気づいた。
マオはそれならそうときちんと伝えてほしかったと思いつつ、とりあえずその部分については納得して頷いた。
「次に、俺はこの薬草が足りないと言っただけで、彼女の治療に使うとは一言も言ってはいない」
「はぁ!?」
ウツミの言葉にマオは思わず叫んで立ち上がった。
そんな屁理屈みたいなことを言われて当然納得などできるわけがない。
「じゃあ何のために行かせたんだよ!?」
「そんなの対価に決まってるだろ?」
「対価ってなんのだよ!」
「治療のだよ」
「治療の対価って……え?」
思いもよらない答えに、マオは先ほどまでの勢いがピタリと止んで固まった。
そして言われた内容を理解すると、戸惑ったような顔をしてゆっくりソファに座りなおした。
「お前は頼んだ薬草を注文通り持って帰った。その薬草は貴重だからな。助かった。治療費としては十分だ」
「そんな、採ってきたって言っても先生も一緒にです。オレだけで採ってきたわけじゃないので、そんなわけにはいきません」
「いや、先生を一緒に行かせたのは引率としてだ。探して見つけて持ち帰ったのはお前だろ?」
「……」
マオは答えなかったが、そういうことかと納得してしまい何とも言えない顔になった。
引率というのはつまり、最初からシロには期待していなかったということに気づいたのだ。
「というわけだから、治療費も不要だ」
「あの!」
マオが納得しかけたところで、今度は隣に座っていたミアが声を上げた。
「私たちのために言ってくれてるのはわかるんですけど、やっぱり治療費を払わせてください! いつまでかかるかわからないですけど、それでもちゃんと返したいんです。だって私を治療するのに使ったのって『治癒術』ですよね?」
「……はぁ?!」
やっと落ち着いてきたマオが再び立ち上がった。
治癒術とは、生命の精霊に選ばれた者にのみ使えるとされている力で、あらゆる病気やケガを癒やすことができると言われている。
昔は誰でもというわけではないが使える者が多くいたらしいが、現在その力を使える者はほとんどおらず、城の軍医にいるらしいとか、心のきれいな人の前に現れるだとか真偽不明の噂のみで、治癒術の存在自体が作り話と思っている人も多い。
「すごくあったかい感じがして、一瞬で苦痛がなくなりました。私はあの現象が治癒術以外に思いつきません」
「寝てなかったのか」
「苦しくて寝られなかったんです」
「そうか、どうりですぐ目を覚ましたわけだ」
ウツミはそう言ってため息をついた。
治癒術を使ったのはミアが咳きこんだ後、もう一度寝るように言って一見眠りについたと見えた時だ。
ウツミは治癒術を使ったことを教えるつもりはなく、寝ている間に注射なり吸引なりで薬を投与したことにするつもりだった。
「悪いが治癒術のことは内緒にしてもらえると助かる」
「先生が内緒にしたいということならもちろんです!」
「ありがとう。あと、悪かったな」
ミアは何に謝られたか分からず首を傾げた。
「すぐに治せたらよかったんだが、治癒術も実は万能じゃない。ある程度病原体を弱らせる必要があった。その間、だいぶ苦しかっただろう」
一般的には知られていないが、治癒術には術者の体力を対価として使用する。大きな病気やケガを治療しようとするほど大きな対価が必要となり、過ぎる力を使おうとすると術者の命を失うこともある。
ウツミならやろうと思えばミアが診療所に来た時の状態でも治療が可能だったが、そうした場合代償として最低丸1日は眠り続けることになっただろうことからその選択肢は却下した。
「そんな! 十分助けていただきました! それで治療費ですが、治癒術師様の治療を受けたということはやはりマオのしたこと程度じゃ全然足りないと思います。治癒術師様の治療費は1回で城が建つ程の金額のはずです」
ミアの話にウツミは苦笑した。それは昔、国のお抱えとなったとある治癒術師があまりに自分を酷使する王族に辟易として、治療の対価として自らの命を削っているのだからとふっかけた話が間違って広まっただけの話だ。
「そういう奴もいるかもしれないが、そもそもこの治療には道具も薬草も使わないんだから材料費が発生しない。せいぜい労働費くらいだからそれも数秒の話だな。だからそいつの採ってきた薬草で十分プラスになる……」
そこまで言ったところで、ウツミはふと言葉を止めてミアからマオへと視線を移した。
ウツミの脳裏には頼んだ薬草を頼んだ時間通りに頼んだ量を採ってきたマオの姿が浮かんでいた。
「ちなみにお前は馬鹿みたいな治療費を払えと言われたらどうする?」
「提示された金額を払います。……すぐには無理なんで、少しずつにはなると思いますが」
「今でさえ薬ひとつ買えないのに?」
「ぐっ……なんとかします」
ウツミに痛いところをつかれ、目をそらしながらだがはっきりとマオが答えた。
「ふむ、なら払ってもらおうか」
「はい、えと、いくらでしょうか?」
マオは一瞬動揺して瞳を揺らしはしたが、すぐにまっすぐとウツミに聞き返した。
その様子をみてウツミはにやりと口角を上げた。
「ああ、現物支給でいいぞ」
「は?」
「明日から2人まとめてうちで働いてくれ」
「え? え?」
「住み込みな。物置部屋が空いてるからそこを使ってくれ」
マオとミアが混乱しているうちに勝手に話は進められて、気づけば2人は診療所の従業員となっていた。




