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ベッドで一人静かに眠る青に、音もなく天井から降りて来た人影が近づく。
人影は周りに何の気配もないことを確認してから、起きる気配のない対象に手を伸ばした。
「随分お粗末ね」
誰もいないことを確認した筈の背後から突然女の声が聞こえて、慌てて振り返ろうとしたが首元にヒヤリとしたものが宛がわれてそれは叶わなかった。
「ウチも随分舐められたもんっすね。それともアンタはただの様子見の捨て駒?」
「リト、余裕ぶっこいてヘマしたら殺すわよ」
「ひっ……! わ、分かってますよ中佐。アンタ、この人に手ぇ出そうとするとかとんだ命知らずっすね。それともただのアホっすか? 何にせよ、死んだ方がマシだと思うような目に遭いたくなければ大人しくした方がいいっすよ。これは俺からのせめてもの慈悲っす」
「リト、余計な事は言わなくていい」
「やー、けどコイツ今からあの狂信者たちの下行きでしょ? 流石に可哀想で」
「自業自得でしょう」
どこか気の抜けたような会話をしているが、その間も抜け出す隙は全く見当たらない。
そもそも気配すら話しかけられるまで全く感じ取ることが出来なかったのだ。奴隷として買われた時から隠密の技術を叩きこまれ、失敗は死だと言われ必死で生きてきた男にとって、こんなにも完全な敗北は初めてだった。
男はこうなってしまってはと自害しようとしたがそれすらも阻止され、敵にすら同情される恐怖の部屋へと連行された。
ウツミはぼんやりとした頭で今の状況を確認した。随分長いこと眠った気がする。
「お、やっと起きたな!」
「…………誰?」
「同期に対して酷くない!? ……えと、冗談だよな?」
「流石にそこまで薄情じゃないよ。久しぶり、リト」
「おー、元気そうだな」
「この状況でそんな言葉が出るなんてお前は相変わらずだな」
話しているうちに今の自分の状況を思い出したウツミは、普通の感覚の人間ならまず選ばないであろう言葉をかけられて思わず笑ってしまった。
ウツミの同期のリトという男は、良くも悪くも大雑把で感覚で生きているような人間だった。
「んで、実際のところ調子はどうだ?」
「んー、寝過ぎたせいで頭が痛い。何日寝てた?」
「今日で丁度一週間だな」
「思ったより長かったな。まあ許容範囲か」
「一週間の昏睡状態が許容範囲ってお前の感覚どうなってんだよ」
ウツミが何でもないようにそんなことをいうので、リトは呆れたようにため息をついた。
「ところで何でお前がここにいるんだ?」
「何でって、まあ見張り?」
「見張りって、流石に俺でも今回は勝手に帰ったりしないよ」
『見張り』の意味を勘違いしているウツミに対し、本当のことを伝えて良いものか判断しかねたリトは曖昧に笑うと「中佐呼んでくる」と言って部屋を出て行った。
「ウツミ!!」
遠慮なく騒がしく部屋に飛び込んできたカガミに、ウツミは顔を顰めた。
「先輩、病み上がりの人間なのでもう少し遠慮してください」
「何言ってるの。リトから寝過ぎた以外は元気って聞いてるのよ」
「皆俺に対して厳しすぎません? 俺今回は結構頑張ったと思うんですけど」
「それに関しては本当に感謝しているわ。元帥に代わって、軍を代表してお礼を言わせて。本当にありがとう」
深々と頭を下げるカガミに、そんな反応をされるとは思っていなかったウツミは居心地が悪そうにもぞりと身じろいだ。
「別に、あの人たちを助けることが出来たので俺としても呼んでもらえて良かったです」
ウツミの返事を聞いて顔を上げたカガミが微笑ましいものを見るような顔をするので、ウツミはますます居たたまれなくなった。
「ところで、その元帥は上手くやってくれたんですか?」
「まあ、概ね問題ないわ。今もその対応に追われて走り回ってるわよ」
「元帥自ら? ご苦労なことですね」
「下手な人間に頼むと余計ややこしくなるのよ。分かるでしょう?」
ため息交じりに言うカガミの言葉に、ウツミはカガミに連れられて入った会議室の様子を思い出して納得した。
それからカガミから寝ている間のことを教えてもらい、情報共有を終えたところで帰ると言うとあっさりと許可が下り、絶対に引き留められると思っていたウツミはそれを不審に思った。
カガミが引き留めなかった理由は例の侵入者だ。
尋問の結果、ウツミを手に入れようとしている貴族はカガミ達と同様ウツミの事を『青い髪、青い目の治癒術師』と認識しているらしいことが分かった為、ここに居ない方が安全だとヤツイチが判断した。
ウツミが狙われていることはヤツイチもカガミも特に本人に知らせる必要は無いという意見で一致している。
知らせることで対策が出来たり警戒してくれたりするならいいのだが、ウツミの性格上対策も警戒もするとは思えないし、更に言うと巻き込みたくないとシロたちとも距離を置いてしまう可能性も高い。
もしもウツミが『青い天使』の恰好をする可能性があるのなら知らせておかなければ危険だが、軍の人間から隠れている今自分からこの恰好をすることもないだろうから、知らせないデメリットよりメリットの方が大きい。
そんなことは知らないウツミだったが、引き留められないに越したことはないので違和感を感じながらもカガミの気が変わる前にと軍本部を後にした。




