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「元気そうだな」
「ええ、ヤツイチさんも」
「馬鹿言え。心労が酷くて毎分辞めてやろうかと思うぐらいには参ってるわ」
「お疲れ様です」
「可哀想だろう? お前がいれば俺の心労も少しはマシになるんだがな」
「お断りします」
「相変わらずつれねーな。親父の方はあんなに軍に尽くしてたってのに」
「そのバカ親父を追い出したのは貴方たちでしょう?」
「違いねぇ」
そう言って困ったように笑うヤツイチにバツが悪くなったウツミはふいと視線を逸らした。
ウツミの父は、治癒術師であり軍医であった。治癒術の腕も医者としての腕も一流で、ウツミが医者になったのも父に憧れたからだ。
ただ父は優しすぎ、同時に頑固だった。
ある時戦場に軍医として駆り出されたのだが、彼は敵味方関係なく全ての怪我人を治療した。
当然上は怒り治療は味方だけにしろと命令したが、彼はそれを無視して治療を続けた。
その結果父は犯罪者の烙印を押され、捕まる前に他国へと逃亡した。
ウツミが軍医になったのは父が逃亡した後だ。
母はウツミが幼いころに死亡しており、ウツミは父に男手ひとつで育てられた。
親戚にも会ったことがなく、父から国外に逃げなければいけなくなったと言われた時も当然一緒に行くつもりであった。
しかしその話をした翌日、簡単な置き手紙だけを残して父はいなくなってしまった。
その手紙にはウツミへの謝罪と、ヤツイチという男が訪ねてくるから頼るようにという内容が書かれていた。
ウツミは父は馬鹿だと思っているし、軍は国の為に正しい判断をしたと思っているし、ヤツイチはお人好しが過ぎると思っている。
しかし同時に父の事は今でも尊敬しているし、軍は馬鹿だと思っているし、ヤツイチには感謝している。
「軍に戻る気はありませんが、ヤツイチさんの個人的な頼みならいくらでも協力しますよ」
「……おう。ありがとな」
気恥ずかしくて目を逸らしたままウツミがそう言うと、ヤツイチは少し驚いた顔をした後、嬉しそうに目を細めてお礼を言った。
「しかし頼み事をしようにも俺はお前が今どこに住んでるかも知らねぇんだが」
「それは教えることは出来ないので、何かあれば先輩に言ってください」
ウツミがそう言うと、カガミが勝ち誇ったような顔でヤツイチを見た。
「何でカガミには教えて俺には教えないんだよ?」
「信頼の差でしょう?」
「違います。先輩には好きで教えたんじゃなくてやむを得ない事情があって仕方なく教えたんです」
「何だよやむを得ない事情って」
「それを話すとヤツイチさんなら居場所を特定してきそうなので内緒です」
「つまり信頼の差ってことですよ」
「違います」
そんな話をしながらも早足で廊下を歩いていた3人は、とある扉の前で足を止めた。
そこはウツミの記憶では演習用の結構な広さの部屋だった筈だ。
「ここだ」
そう言って先を行くヤツイチに続いて部屋に入ると、そこは正に地獄絵図だった。
襤褸切れの上に寝かされた怪我人が部屋を埋め尽くしている。そこかしこから彼らの呻き声が聞こえ、部屋には血の匂いが充満している。
「ヤツイチさん、今回の件での負傷者はここにいる人たちで全部ですか?」
「いや、軽傷者は自室で療養してもらってる。ここにいるのは重傷者だけだ」
「ならその方達もここに連れてきてください。どんなに小さな怪我でも、今回の事件に関連するのであれば全員」
「……一応聞くが、どうするつもりだ?」
「『怪我人など無かった』ことにします。なのでヤツイチさん、上層部の対応や被害者方のケアはよろしくお願いしますね」
「俺はその力のことはアイツから聞いてるが、その……大丈夫なのか? 軽傷者の奴らまでとなると今いる倍の人数になるぞ?」
「大丈夫ですよ。だから上層部の言いくるめ、頑張ってくださいね」
「あー、任せろ……って言いたいとこだが、設備の件もあるからごねそうなんだよなぁ……」
「ああ、その点は大丈夫ですよ。設備の老朽化による更新の申請をずっと前からしていて、先日やっと決済が下りたところだったんです。取り壊す手間が省けたでしょうって言ってやったら良いですよ」
「簡単に言ってくれる……! わぁーったよ! カガミ、お前も怪我人連れてくるの手伝え!」
「勿論です」
「ウツミは今は部外者だ。ここで待ってろ」
「今後もずっと部外者ですよ。出来るだけ早くお願いしますね」
2人が足早に去って行った後、ウツミは改めて部屋の惨状を見渡した。身体の一部を欠損したもの、酷い火傷を負ったもの、全身に血の滲んだ包帯を巻いたもの。
軍医として働いていた頃によく見ていた光景だが、見慣れることなどあるわけもなく、この光景を生み出した相手に怒りを覚える。
更に今回に至ってはこの光景を作り出した直接の犯人はきっと自身も今苦しんでいるのだろう。そのことを考えるとウツミは遣る瀬無い気持ちになった。
暫く待っていると、ヤツイチとカガミが大量の人々を引き連れて戻って来た。
連れてきてもらった人々にも部屋に入ってもらう。少し窮屈だろうがちょっとの間だけだ。
「これで全員ですね?」
「ああ」
ヤツイチが頷いたのを確認して、ウツミは力を解放した。
ウツミの周りにふわりと風が舞い、その青い髪を揺らす。まるで発光しているかのように淡い光がその身体を包み、その風と光が次第に部屋全体に広がっていった。
徐々に光が強くなっていき、目を焼く程に一際眩しく光ってからまた光が収束していくと、そこにはもう怪我人など居なかった。
「奇跡だ……」
「俺は、夢でも見ているのか……?」
「あの方が、青い天使様が……!」
人々が騒めくのをどこか遠くに聞きながら、ウツミは力を目の当たりにして呆然とした様子のヤツイチとカガミに声をかける。
「ヤツイチさん、お願いに『主犯者への報復と牽制』忘れてたんで追加でお願いしますね」
「あ、ああ」
「先輩、俺が戻るまでにうちの従業員たちにちゃんとした説明しておいてくださいね」
「どういう意味?」
「暫く……寝ます……」
「は? ちょっとウツミ!?」
それぞれに伝えることを伝えたウツミは安心して、そこで意識を手放した。




