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「うん、大丈夫そうだ」
今日も朝から患者が絶えない。
近頃は大分慣れてきたマオとミアにも軽傷の患者の簡単な対処は任せられるようになってきた。それだけここ数週間で経験を積めたということだ。まあミアの体質は相変わらずなので必ず2人1組での対応を厳命されてはいるが。
ウツミはいつものように患者の様子を見ながら相変わらず原因が分からないことへの気持ち悪さを感じていた。目の前のおじいさんは確かによく診療所に訪れるが、それは持病の薬を定期的に取りに来るだけであって今回のように怪我で訪れたことはこれまで一度も無かった筈だ。
「通院は今日まででいいが、渡した薬は全部飲み切って暫く無理はしないこと」
ウツミがそう告げると、喜ぶと思っていたおじいさんは困った顔をした。これも最近よくあることだ。
「心配しなくてももうほとんど治ってるし、何かあればいつでも診るから」
「あ、いや、そうじゃない。ウツミくんのことは信用しておるよ。ただ……」
「?」
「ウツミくん、辞めるなんて言わないでおくれ。この診療所にはウツミくんが必要なんだから」
「は?」
ウツミは何を言われたか分からなくて一瞬言葉に詰まったが、直ぐに今の言葉がここ最近の異変の原因だと確信した。
「シロ先生は良い先生だけど、ちょっとぽやっとしているだろう? ウツミくんはしっかりしているから、ウツミくんがいてくれたらわしらも安心なんだが」
「トウカさん、俺が辞めるって誰が言ったんだ?」
「辞めると聞いた訳じゃないんだが、シロ先生がえらい心配してたからのう」
それを聞いてウツミは納得した。
ここ最近患者が増えたのも、その患者達が軒並み軽傷なのも、きっとカガミの発言を聞いて落ち込んだシロから何らかの話を聞いた彼らがウツミを何とか引き留めようとした結果だったのだ。
つまりカガミが悪い。
一瞬でその結論を弾き出したウツミはひとつため息を吐いて、苦笑しながら口を開いた。
「俺を引き留めたいなら皆の行動は逆効果だな。俺は冬以外は閑古鳥が鳴いている診療所の方が好みなんだ」
「! はは! ウツミくんならそうだな! なら皆にそう伝えて元の閑古鳥の状態に戻すとするか」
「そうしてくれ。そうしたらいつまででもここに居てやるよ」
ウツミの言葉におじいさんはホッとした顔をして、「次はいつもの薬を取りにくるから」と言って帰って行った。
原因が判明してからも治療中の患者がいた為数日は忙しい状態が続いたが、それがいなくなればすっかり元通りになった。
「一体何だったんだろうな?」
「ねー? 神様が私たちに『経験値を増やせ!』って言って患者さんを増やしたとか?」
「そんなピンポイントな神様いてたまるか」
「神様かぁ。どんな人なんだろうねぇ」
再開した午後のお茶を楽しみながら3人がそんな話をするのをウツミは黙って眺めていた。
今回の騒動の原因についてウツミは彼らに教える気はない。
別に知る必要のないことだし、シロに関しては自分のせいで街の人たちに無理をさせてしまったと落ち込みかねないからだ。
マオとミアには話してもいいが、ミアに話せばうっかりシロに話しかねないし、だからと言ってマオにだけ話すと今度はマオがミアに秘密にしなければならないということに罪悪感を感じるだろう。
その為ウツミは3人平等に教えないという選択をした。
しかし今回の騒動でウツミにも良い事があった。カガミが来なくなったのだ。
患者が一杯で話も出来ない状態が3回連続で続いてから、それ以来診療所には来ていない。カガミを良く知るウツミは彼女がそんなに簡単に諦めるとは思っていないが、きっともうしばらくは平穏な生活が送れるだろうと思い小さく笑みを浮かべた。